ロケット打上げ失敗→“スグ爆破”なぜ?「指令破壊」巡る誤解 実は究極の安全対策
2022年10月12日、打ち上げに失敗したイプシロン6号機は遠隔操作で破壊されました。なぜ、このようなことが必要だったのか、「指令破壊」に至るプロセスと、そのやり方について解説します。
19年ぶりとなった「イプシロン」6号機の指令破壊
JAXA(宇宙航空研究開発機構)が、2022年10月12日に鹿児島県の内之浦宇宙空間観測所から打ち上げたイプシロンロケット6号機は、発射から6分28秒後に「成功の見込みなし」として地上から破壊信号が送られ、空中で爆破されました。
これは、日本国内の人工衛星打ち上げ失敗事例としては2017(平成29)年1月27日の「SS-520-4」、指令破壊としては2003(平成15)年11月29日のH-IIAロケット6号機以来、19年ぶりの出来事です。
鹿児島県の内之浦宇宙空間観測所から打ち上げられる「イプシロン」ロケット(画像:東京とびもの学会)。
当初、一部報道などでは「打上失敗」「多額の費用が無駄に」といった論調が先行し、失敗=悪のようなイメージがあったことは否めません。しかし、これはロケットの打ち上げには必ず必要なプロセスです。そこで聞きなれない「指令破壊」という言葉とともに、なぜそのような措置が必要なのか、そして、どのようなときに、どのような手順で行われるのかを見てみましょう。
そもそも「指令破壊」は、ロケット発射に関して成功の見込みがなくなった際に、地上からの電波による「指令」で、機体を「破壊」し、安全確実に落とすための仕組みです。
ロケットは大きく分類すると液体燃料式と固体燃料式の2種類に分かれますが、いずれも大きく重い物体を大量の燃料を燃やして飛ばしている、という点では同じです。飛行中、故障などで機体が制御不能になって万一地上に落ちてしまうと、落下地点によっては大きな被害が出ることが予想されます。
これを防ぐため、あらかじめ設定した安全区域の中に落とそうと、飛行を強制的に終わらせるための措置になります。ロケット本体や積荷の人工衛星などと引き替えに地上の安全を確保する、ひいては日本国民の生命と財産を守るための、究極の安全対策だと言えるでしょう。
指令破壊の判断に至る3ステップ
とはいえ、指令破壊の判断を下すまでは、3つのステップがあります。
・ステップ1:飛行中のロケットが予定外の動きをする
・ステップ2:これ以上飛行しても成功の見込みがないと判断される
・ステップ3:指令破壊コマンドを送信する
JAXAの場合、一連の流れは全て専門の訓練を積んだ職員が担っています。飛行コースが安全限界を超えた場合、あるいは決められた時点で計画通りの姿勢にならなかった場合など、飛行を続けるのが危険な状態となった際に指令破壊コマンドを送信します。なお、具体的なコマンドの中身や周波数は、高度な機密性から公開されていません。
総合司令棟の外観(画像:JAXA)。
こうした、飛んでいる際の安全確保の仕組みを「飛行安全」といいます。これを司る施設は、かつては種子島宇宙センター、内之浦宇宙空間観測所、それぞれに置かれていましたが、現在は種子島宇宙センター内の総合指令棟(RCC)に統合されています。
指令破壊コマンドがロケットに届くと、機体に搭載された指令破壊装置が起動します。ただ、この過程、まるで自爆スイッチを押して燃料に火を点けて爆破するかのように語られがちですが、実際はかなり違います。
指令破壊の目的は、ロケットを安全に落とすため、飛行を強制中断させる点にあります。そのために必要なのは、推力を断つこと。具体的には、火薬で燃料タンクを割るのです。これは日本のロケットに共通する仕組みです。
火薬は使いますが、燃料タンクを割るためであって、搭載された燃料に火をつけ爆破するのが目的ではありません。
炭酸入りペットボトルをロケットに見立てると…
「H-IIAロケット」などの液体燃料ロケットでは、タンクを割れば推進剤の供給がなくなってエンジンが止まり、飛行も終了します。一方、「イプシロン」などの固体燃料ロケットの場合は、燃料タンクがエンジンの燃焼室も兼ねていることから、そこを割れば心臓部を破壊したことになるので、やはり飛行は終わります。
イプシロンの指令破壊用火工品(火薬)搭載位置。2013年(平成25年)の図なので現在の構成とは異なる部分も(宇宙開発利用部会第9回報告資料『イプシロンロケット飛行安全システムについて』より)。
「イプシロン」の1段目と2段目には、縦方向に、紐のように細長く形を整えた火薬が取り付けられています。断面がV字に見えるよう形を整えているので、正式名称を「V型成形爆破線」といいます。なお、確実に作動させるため、2系統がそれぞれ180度離れた位置に置かれています。
地上から指令破壊コマンドが届くと、ただちにこの火薬が起爆し、竹を割るように機体を縦に割ります。中の圧力を一気に逃し、推進力を断って機体を落下させるのです。
身近なもので例えるなら、よく振った炭酸飲料入りのペットボトルにカッターで切り込みを入れると、炭酸の圧力で中の飲み物が吹き出す、というのに近いといえるでしょう。ペットボトルをタンク、カッターを成形爆破線、炭酸を燃焼ガス、飲み物を燃料、と置き換えると、指令破壊の仕組みになります。
指令破壊後のロケットはどうなるのか
指令破壊後のロケットは、地球上に落下します。この際、安全な場所に落ちるように事前に計画が立てられています。
ロケットの飛行コースは、人工衛星の目的とする軌道によって事前に決まります。また、ロケット各段を分離するタイミングも事前に計画が立てられています。
すると、分離した各段が落ちる場所が計算でわかります。イプシロン6号機の場合、1段目の落下予想区域が沖縄東方沖、2段目の落下予想区域がフィリピンのミンダナオ島東方沖で、打ち上げ時はこの中に船などが立ち入らないように調整されています。空中も同じように安全区域が設定され、飛行機などはその区域を避けて飛ぶことになっています。
機体は落下中に空気抵抗である程度バラバラになりますが、宇宙空間から再突入するわけではないため、燃え尽きることはありません。海面衝突時のショックで更に細かく破壊されたロケットの破片は、そのまま太平洋に沈みます。
イプシロン6号機の落下予想域。左下のエリア内に落下したと考えられる(『令和4年度ロケット打上げ計画書 革新的衛星技術実証3号機』より)。
ちなみに、海底に沈んだ残骸の引き上げの可能性についてJAXAに話を聞いたところ、2000(平成12)年には事故原因究明のために「H-IIロケット」の第1段エンジンを海底から引き揚げたことがあったものの、今回の「イプシロン」6号機については回収することは考えていないとの回答でした。
2022年11月3日現在、「イプシロン」6号機の打ち上げ失敗について、原因は第2段の姿勢制御装置の一部がうまく働かなかったため、というところまで絞り込まれています。
なお、「イプシロン」シリーズは次号機から「イプシロンS」と呼ばれる能力増強型になりますが、これに影響する部分なのかが気になるところです。
衛星打ち上げロケットの成功率は、世界的に見て90〜95%が標準です。失敗は残念ですが、決して珍しいことではありません。ですが、積荷である衛星の関係者にとっては、貴重な実験や事業機会が失われることになりますから、より打ち上げ成功率の高いロケットが求められるのは言うまでもありません。
筆者(東京とびもの学会)としては、イプシロンには今回の失敗を糧としてさらなる改良を行い、信頼性の高い機体に育って欲しいと願っています。また、打ち上げに失敗してしまった衛星にも、再打ち上げの機会が早く訪れるように祈ります。