メディアミックス作品「ウマ娘 プリティーダービー」において、登場するキャラクターのモデルとなった馬の多くがGI級の勝ち馬であるが、現役時代にGIに手が届かなかったキャラクターも登場する。そうした馬のほとんどがGI制覇まであと一歩まで迫った成績の持ち主だが、そんななかでも極めて異端的存在であり、現役時代から馬券の魅力とは離れたところで超個性派として人気を集めていたのが、今回取り上げるツインターボだ。


1993年のオールカマーでは5馬身差をつけて圧勝したツインターボ

 作中、アニメ版シーズン2では、トウカイテイオーを一方的にライバル視し、何度も挑戦状を叩きつけ、最終的には自身がオールカマーを勝つことで、トウカイテイオーの引退を踏みとどまらせたというエピソードが描かれている。

 ツインターボといえば、なんといっても玉砕的な大逃げである。気性面が災いし、トウカイテイオーと同世代でありながら、デビューは旧4歳(現3歳。以下同)の3月と遅かった。他馬を怖がる気性のため、スタートからエンジン全開と、まさに名は体を表すような走り。自身がガス欠になるのが早いか、他馬が音を上げるのが早いか、というレーススタイルで、デビューしていきなり連勝したように、早くから能力の一端を見せた。

 ダービー出走こそ叶わなかったが、5戦目となった当時「残念ダービー(ダービー出走・勝利が果たせなかった馬が集まることから)」とも呼ばれていたGIIIラジオたんぱ賞(現・ラジオNIKKEI賞 福島競馬場・芝1800m)で重賞初勝利。そのあとも、GIIセントライト記念(中山競馬場・芝2200m)、GIII福島記念(福島競馬場・芝2000m)と続けて2着に好走し、中距離重賞路線での活躍も期待されるようになった。

 旧5歳時は休養もあってわずか1戦にとどまったが、旧6歳を迎えて大きな輝きを放つ。

 アニメでは大スランプのように描かれていたが、1993年、年明け初戦のGIII日刊スポーツ賞金杯(現・中山金杯)では勝ち馬のセキテイリュウオーから0秒4差、好メンバーが集まった次戦のGII中山記念ではムービースターから0秒5差と、決して悲観するレース内容ではなかった。

ツインターボの独演会

 そうして迎えた7月、GIII七夕賞で、翌年のGI宝塚記念で2着となるアイルトンシンボリ以下を完封し、重賞初勝利を飾った福島競馬場で2年ぶりの勝利を挙げると、ツインターボを象徴するレースとなるGIIIオールカマーへと向かうことになる。

 当時、オールカマーの格付けは現在とは異なりGIIIで、レース名が示すように、地方所属馬にも門戸が開かれた数少ないレースであった。そうしたレースの性質から、斤量は成績に左右されない馬齢重量で、GI実績馬には有利なものとなっていた。この年の主な出走馬と、その重賞勝ちは以下のとおり。

 ライスシャワー(92年GI菊花賞1着、93年GI天皇賞・春1着)
 シスタートウショウ(91年GI桜花賞1着)
 イクノディクタス(93年GI安田記念2着、93年GI宝塚記念2着)
 ムービースター(93年GII中山記念1着、92年GI天皇賞・秋2着)
 ホワイトストーン(93年GII AJC杯1着、90年GI菊花賞2着)
 (地)ハシルショウグン(93年帝王賞1着)
 
 全13頭中、中央馬9頭はいずれも重賞勝ち馬。もはやGIIIレベルどころか、GIでも遜色ないレベルだ。

 しかし、そんなメンバーも霞むかのようなツインターボの独演会となる。

 いつものように先手を取ると、1コーナーの入口ではすでに後続に5馬身以上のリードをつくり、後続をグングンと引き離していく。3コーナーでは後続に3秒もの差をつけると、ツインターボの自滅を待っていた後続もさすがに痺れを切らす。が、時すでに遅し。懸命に追いかけるも、逆に脚を使わせることとなり、追撃は鈍い。対するツインターボも完全にガス欠だったが、道中に蓄えた貯金は十分で、最後は5馬身差の圧勝となった。

 余談であるが、ツインターボの勝った重賞の上がり3ハロンは良馬場でありながらいずれも37秒台。それでも追いつかせない逃げっぷりだったことが数字からも読み取ることができる。

 結果的に、このオールカマーがツインターボにとって中央競馬での最後の勝利となる。それでもこのレースのインパクトはあまりにも強烈で、そのあとのレースでも「何かやってくれるんじゃないか」という期待を抱かせる競走生活を送り、こうして約30年を経ても多くの人を魅了している。