動画流出後に記者会見するフィンランドのサンナ・マリン首相(写真:Lehtikuva/時事通信フォト)

先日、フィンランドのサンナ・マリン首相(36)が友人たちと踊る動画(下に掲載※音声にご注意ください)が流出、激しい批判が沸き起こりました。はしゃぐ様子からフィンランドの野党勢力は「薬物の使用」を疑う声が上がり、本人は自費で早々と薬物検査を受診。結果は陰性でした。にもかかわらず、その後も、踊っている姿などをめぐって「一国の首相として、ふさわしくない」など批判の声が相次ぎました。

Finland’s Prime Minister @MarinSanna is in the headlines after a video of her partying was leaked today.

She has previously been criticized for attending too many music festivals & spending too much on partying instead of ruling.

The critics say it’s not fitting for a PM. pic.twitter.com/FbOhdTeEGw

- Visegrád 24 (@visegrad24) August 17, 2022

女性から擁護の声も上がる

一方、バッシングが始まって数日後、欧州では多くの女性が自らのダンス動画をSNSに投稿し、首相に連帯を示しています。たとえばドイツでは緑の党の政治家であるHannah Neumann氏が「数年前の緑の党の党大会で自身がAnnalena Baerbock(現在の外務大臣)等とともにダンスを踊る動画」をアップし「従順な女の子は天国へ行き、ロックな女の子はどこにでも行ける」(Brave Mädchen kommen in den Himmel, rockende überall hin)「マリン首相に愛と連携の気持ちを送る」と投稿しました。

Brave Mädchen kommen in den Himmel, rockende überall hin.

Viel Liebe und Solidarität gehen raus an @MarinSanna. Und für alle, die es nicht erkennen, das sind @ABaerbock @fbrantner, @DEonHumanRights und ich auf der BDK2018, rocking the crowd pic.twitter.com/jHlCjUr1Dp

- Hannah Neumann (@HNeumannMEP) August 19, 2022

SNSで時に#SolidaritywithSannaというハッシュタグも用いながら、女性たちが首相を支持するその背景には、「女性同士の連携」があります。その根底には「違法なことをしているわけではないのに、ダンスごときでサンナ・マリン首相が叩かれているのは、女性蔑視が理由である」という共通認識があります。

たとえばドイツのメディアの『t-online』は「サンナ・マリン氏がダンスをすることは決してスキャンダラスなことではない。もしこれが男性であったならば、こういった批判にはさらされないだろう」としています。

踊ることだけではなく、首相がアルコールを摂取していたことも批判の対象となっています。しかし、『t-online』の記事によると、第2次世界大戦時に連合国の戦争指導にあたった当時のイギリスの首相ウインストン・チャーチルは朝食の際にウイスキーを飲み、寝る前にもアルコールを摂取したアルコール依存症でしたがナチスとの闘いという面において今日にいたるまで評価されています。

サンナ・マリン首相に関しても「戦時下であるウクライナの首都キーウを訪問しウクライナに連携を示したこと」「フィンランドをNATO加盟へと導きヨーロッパをロシアの攻撃から守るために全力を尽くしていること」といった「マリン首相の政治」に目を向けるべきではないでしょうか。

そもそもマリン氏が首相になってから税金をごまかしたという話もなければ職権乱用にまつわるスキャンダルもなく、ドイツのメディアは同氏の「クリーンさ」に言及しています。

トランプ元アメリカ大統領の女性問題は許容された

筆者の知り合いのスイス人女性は今回の騒動について「社会はどこの国でも男性の政治家に甘い。たとえばイギリスのジョンソン首相には婚外関係で生まれた子供も含めて、計3人の女性と6人の子供がいる。アメリカの元大統領のドナルド・トランプも婚姻中にポルノ女優と関係を持ち暴露本まで出されているのに、サンナ・マリンが知人のリビングルームでダンスをしているだけでスキャンダルとして扱われるのは女性として本当に悔しい」と話しました。

日本でも海外でも政治の世界ではまだ男性のほうが女性よりも数が多いのが現状です。そういった中で、政治家自身も国民も「男性の遊びのしかた」に慣れてしまったため、女性であるフィンランドの首相が「若者に流行りのキレキレのダンスを踊ったこと」に違和感を持ったのだと想像します。たとえば日本では男性の政治家が銀座で「クラブ遊び」をしても、その遊び自体を叩く人はあまりいません。昔から「男性の政治家がクラブ遊びをすること」は特に珍しいことではなかったからです。

欧州の政治家についても、サンナ・マリン氏のような若い世代の政治家は稀です。だから欧州の世間もまた「政治家の趣味が落ち着いた感じのものであること」に慣れてしまっているところがあるのです。たとえばドイツの元首相であるアンゲラ・メルケルの趣味はクロスカントリー・スキーでした。しかしフィンランドの首相は若い女性なのですから「今風の若者が踊るようなダンスが好き」であることは自然だといえます。

首相といえども、「個人」によって、そして「年代によって」趣味が違うのは当たり前……そんなふうに見ることはできないのでしょうか。

マリン首相は政治家なのですから「生き方が女性として常識的か」という観点で評価されるべきではなく、「仕事人」として評価されるべきでしょう。

(サンドラ・ヘフェリン : コラムニスト)