いかにして身体を暑さに慣らしていくかが重要になってきている(写真:yamasan/Getty Images Plus)

炎天下の運動や仕事に、熱中症リスクが伴うのはすでに広く知られたこと。しかし、最新のスポーツ科学の世界でどのような「暑さ対策」や「暑さを味方につける戦略」がとられているかは、あまり知られていません。

中村大輔氏の著書『暑さを味方につける[HEAT]トレーニング』より一部抜粋・再構成してお届けします。

「暑熱順化」という言葉を知っていますか?

暑熱順化とは、暑さに身体が慣れることを言いますが、具体的には、汗をたくさんかけるようになったり、血液の量(血漿量)が増加したりすることなどによって、体温が上昇しにくい状態に身体が適応することを言います。

また、汗の中に含まれるナトリウム(塩分)の量なども減少します。

このことは、たくさん汗をかいても、身体の中から塩分が失われる量が多くならないことにつながります。従って、暑熱順化は、実際の運動時に行う水分補給や身体冷却とは時間軸が異なります。下のグラフは、暑熱順化によって起こる生理的指標の変化をまとめたものです。


出典:『暑さを味方につける[HEAT]トレーニング』

暑熱順化による身体の適応は、どれも体温が上がりにくくなるための変化です。例えば血漿量(血液量)の増加は、体温が上がりづらい状態の維持につながりますし、汗をかける量が増えることは蒸発による熱放散量を増加させることにつながります。

さらに、これらの変化は、同一運動強度での心拍数低下や最大酸素摂取量・筋発揮パワー増加、疲労困憊に至るまでの時間延長などパフォーマンス発揮の改善にもつながります。

では、どうすれば適切に暑熱順化できるのでしょうか?

暑熱順化を獲得するためには、体温を上昇させることが必要となります。

実験では人工的にコントロールされた暑い環境の中で運動を行い、体温が高くなる状況を1週間程度継続させます。


出典:『暑さを味方につける[HEAT]トレーニング』

しかし、実験室がなければ暑熱順化が獲得できないわけではありません。通常は、私たちは、気温が徐々に高くなるにつれて少しずつ暑熱順化を獲得していくことになります。

初夏に熱中症による搬送件数が増える理由

人工的であれ、自然に獲得される順化であれ、汗をかいたり体温が高くなったりすることによって、順化の効果が獲得されますが、真夏と比較して気温があまり高くない初夏に熱中症による搬送件数が増えることは、この暑熱順化の獲得と関係があると考えられます。

ただ、自分がいま順化しているか否かを確認できる方法はないのかと考える方も多いのではないでしょうか? しかし、残念ながら、実験室で行う場合以外、つまり季節の変化によって順化する場合は、順化の効果を的確に知ることは難しいのが現状です。

ちなみに、これまでの研究では、持久力が高い人のほうが順化の獲得が早いことや、子どもや高齢者では順化で得られる効果が低い可能性が指摘されています。

これまでご説明したように、人は暑熱順化すると、暑さに対して強い身体、つまり暑さに対する耐性ができるようになります。

前掲した暑熱順化によって獲得できる生理学的な指標がどの程度の時間で獲得できるかを示したグラフを見ると、順化トレーニングを開始すると時間の経過とともに血漿量が増加することがわかります(ちなみに、この増加をより効果的にするための戦略としてミルクプロテインの摂取が効果的です)。ほかにも深部体温が低下したり、汗をたくさんかけるようになったりします。

一般に、暑熱環境下でのパフォーマンス発揮が通常環境下と比較してネガティブな影響を受けるのは、運動時間が長い種目であると考えられます。その理由は、体温の過度な上昇がパフォーマンス発揮に影響を与えるからです。運動時間が短時間の場合には、発汗による過度の脱水や筋活動による熱産生も少なく済みますので、体温が過度に上昇するリスクもそれほど高くありません。従って、暑熱環境下では長時間に及ぶパフォーマンス発揮が求められる種目、つまり持久的な能力が関係する種目が影響を受けることになります。

順化トレーニングによる生理学的な変化がもたらす効果

しかし、順化トレーニングによる生理学的な変化は、暑熱環境下でなくても、パフォーマンス発揮にポジティブに働くことが指摘されているのです。

暑熱順化によって得られる血漿量の増加や心拍数の低下などの効果は、心臓循環系に関する指標の変化です。このような変化が通常環境下でのパフォーマンス発揮にも効果があるかどうかは興味深いところです。なぜなら、暑熱環境下でのトレーニングが通常環境下でのパフォーマンス発揮に役立つことになるからです。


出典:『暑さを味方につける[HEAT]トレーニング』

上の表は暑熱順化による生理学的な変化と通常環境下でのパフォーマンス発揮への影響をまとめたものです。この表を見ると、順化で得られた生理学的な指標に対する効果の多くは、通常環境下でのパフォーマンス発揮にポジティブに働く可能性があることを示しています。


一方、持久力に限らず、間欠的な能力を評価するテスト(Yo-Yo intermittent recovery test Level 1:10秒間の休息を挟んでのランニングを繰り返し行い、何m走れたかを評価するテスト。

ランニングの速度は段階的に速くなる)のパフォーマンス発揮に対して、暑熱環境下での数日間のトレーニングの継続が、通常環境下での同テストのパフォーマンス発揮にポジティブな影響を与えたことも報告されています。

その一方で、認知機能に関しては、順化によってポジティブな効果が得られるとは言えない報告もあります。ただし、実験における認知機能を評価するテストが、実際のスポーツ活動時の認知機能をどこまで評価できるかは判断が難しいところです。

(中村 大輔 : 博士(スポーツ医学))