コンサドーレ札幌で活躍した内村圭宏さんはITエンジニアとして第二の人生を歩んでいる【写真:コラボスタイル社提供】

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コンサドーレ札幌で活躍した内村圭宏さん、インタビュー前編

 現役時代はチームのエースとして活躍し、現在はIT企業で開発に携わっている異色の元Jリーガーがいる。J1コンサドーレ札幌などでFWとして活躍し、2020年に引退を発表した内村圭宏さん。「ワークスタイルの未来を切り拓く」を理念にする名古屋のIT企業「コラボスタイル」に入社し、開発チームの一員として業務に勤しんでいる。

 元Jリーガーが、セカンドキャリアにITエンジニア職を選択するのは珍しい。指導者としてサッカー界に残る選択肢もあった中で、なぜ前例のない道を選んだのか。前後編でお届けする前編では、引退後の転職活動、現職で奮闘する今に迫る。(取材・文=THE ANSWER編集部・宮内 宏哉)

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 2016年11月、コンサドーレファンに“フクアリの奇跡”として語り継がれる試合で、内村さんは主役になった。

「あのゴールは一番覚えています。追い詰められていて、かなりヒリヒリする展開。でも、いい雰囲気でめちゃくちゃ燃えていたし、凄く点を取れそうな予感がしていました。それで、本当に取れて……という感じです」

 千葉・フクダ電子アリーナで行われたJ2第41節のジェフ千葉戦。札幌は首位でこの試合を迎えていたが、負ければJ1自動昇格圏外の3位に転落する可能性もあった。アウェーの地に3000人のサポーターが集まるほど緊張感ある大一番。1点先取されるも追いつき、1-1のまま後半アディショナルタイムに突入した。

 終了時間の目安となるまで残り1分を切ったところだった。自陣からのロングフィードに内村さんが抜け出し、ペナルティエリア内でダイレクトシュート。右足から放たれたボールはGKが伸ばした手をかすめるようにしてゴールに吸い込まれた。土壇場の逆転ゴール。選手、サポーターは皆、我を忘れて歓喜した。

 2-1で勝利した札幌はJ2優勝に王手をかけ、そのまま戴冠。以来、J1で戦い続けている。内村さんは2011年J2最終節のFC東京戦でも2ゴールを挙げてJ1昇格に導くなど、大一番で輝く選手だった。

「(大一番では)体は良い感じで盛り上がっていて、頭はビックリするくらい冷静。そういうシチュエーションが好きなだけかもしれないです。凄くワクワクして燃えますし、結果はたまたまかも知れないけれど、小さい頃から大一番で結果を出してきたので『また来たか』と(笑)」

 札幌では236試合に出場し、59ゴールをマーク。2019年にFC今治で1年を過ごした後、翌20年2月に現役引退が発表された。コーチのオファーもあり、決断すればサッカー界に残れる状況だったが、内村さんが引退後に足を運んだのはなんとハローワークだった。

選んだ人はゼロ、「逆に面白い」と思ったIT企業への転職

 セカンドキャリアについては「デビュー時から考えていた」と明かす。怪我と隣り合わせの職業。選手としていつ終わりが来てもおかしくないからだ。晩年は両足首の慢性的な痛みをごまかしきれなくなっていた。

 2019年11月に戦力外通告を受け、将来を考えてチャレンジを決めたのがIT業界だった。しかもエンジニア職。Jリーガーでは前例がないに等しい。なぜ、異例の道を選んだのだろうか。

「引退すると、やはりサッカー界に残る人が多いですし、『サッカーしかないよね』に近い雰囲気が確かにあります。自分としては住む場所も決められて、お金も稼げて、スキルも上げられることが希望。やりたいこともたくさんあって、コーチよりIT業界に進んだほうが、叶えられる可能性は高いかなと判断しました」

 FC今治でプレーした最終年、内村さんは家族と離れて単身赴任していた。引退後は家族と一緒に暮らしながらサッカーにも携わりたかったが、サッカー界に“転勤”はつきもの。理想を実現するには、一度サッカー界から離れたほうがいいと考えた。

「周囲にはそういう道(IT業界)に進んだ人がゼロで、逆に面白いなと。もしなんとか形になれば、他の人にもかなりいい道になり得ますし『やってやろう』という感じでかなりモチベーションになりました」

 引退後に本格的な勉強を開始し、20年2月から転職活動も開始。最初はハローワークで求人を探し、応募した。当時35歳で、経験もない。分かってはいたが、面接官からは「どうしたんですか?」などと言われることもしばしば。全滅の可能性もあると考え、職業訓練校に通うことも想定していた。

 ただ、転職活動は1か月ほどで無事に終了。現職とは別のIT企業で2年ほど勤務した。レンタカーなどを手掛ける企業の基幹システムをバージョンアップさせるプロジェクト等に携わった後、更なる成長を求めて22年に「コラボスタイル」に入社。現在は主に福岡の自宅からリモート勤務し、月に1度程度、名古屋の本社に出社している。

アスリートとは違った充実感「毎日すごく賢くなっている感じ」

 同社は「ワークスタイルの未来を切り拓く」が理念。申請・承認など、社内の各種申請・決裁などの手続きをいつでもどこでも行えるようにするワークフローシステムを提供している。内村さんの入社後に、コンサドーレ札幌のスポンサー企業にもなった。

 内村さんは開発チームに所属し、ITマネジメントを担当。社会人経験が乏しかったこともあり、苦労も多いが「毎日すごく賢くなっている感じがする。話し方とか細かいところまで、いろんな知識がつくので。それが凄く嬉しい」と充実感を漂わせる。

「スポーツの世界なら『いけー!』『頑張ります!』で終わることもあると思うのですが、ちゃんと考えて、言葉にして伝えることも大事だなと感じています。一方で、決めたことはやるとか、時間をちゃんと守るとかはアスリートとして身につけたことですが、意外と当たり前のことを当たり前にやることって大事だし、できない人もいるなかで重要だなと感じました。

 それと、サッカーをやる中で気付いたのが、一流と言われる人たちは人間性が素晴らしく、気配りとか、周りのことを考えている。凄く衝撃的でした。スターって天狗なんだろうなと思っていたけれど、本当に凄い人は中身から違う。まず人間性を磨くことが仕事にも絶対に繋がるというのは、今にも活きている人生で大きな気付きです」

 これからの人生で、内村さんが実現したいことは大きく2つある。1つは仕事で結果を出し、それを後進のためにも発信すること。もう1つは、自宅がある福岡でサッカースクールを立ち上げて、育成にも携わることだ。

「将来的には開発部分を始めとするIT業界に関すること全てを理解して、プロジェクトを興してサービスを立ち上げられるような人材になりたい。自分のスキルをあげて、お金や時間にゆとりのある生活を送ることが目標です。

 バリバリ働きながら、好きなサッカーも子供たちに教えたい。IT業界で働いていると、いろいろとアイデア、気付きが浮かんできます。サッカーを通じて、貴重な経験をさせてもらった。自分なりに還元できると思うので、何かしらいいコンテンツを作れたらいいなと考えています」

(THE ANSWER編集部・宮内 宏哉 / Hiroya Miyauchi)