特に子育てにおいて公的支援か自助努力かのボーダーラインとなる「年収1000万円の壁」とは?(写真:freeangle/PIXTA)

目指したい収入の代名詞としてよく挙げられる、「年収1000万円」。一見リッチな生活を送れるとイメージされがちですが、とりわけ子育て世帯ではそれほど裕福には暮らせないのが実情です。それは単身や夫婦2人のみの世帯に比べて人数が多いため生活費が多く必要になったり、子どもに教育費がかかったりするということだけではなく、年収1000万円を超えると「所得制限」のため、あらゆる子育て支援策からたちまち除外されるためです。

今年10月からは年収1200万円相当以上の家庭で児童手当が廃止され、子育て支援における所得制限への反発の声が、最近強まってきています。

所得制限は児童手当だけでなく、0歳から22歳までの子どもが受けられるさまざまな支援策にもかかわります。親の年収が1000万円以上なら、子どもが生まれてから大学を卒業するまで、公的な支援をいっさい受けることなく子育てをしなければならないケースも考えられます。子育てには、支援の有無を左右する、いわば「年収1000万円の壁」があるのです。

児童手当は最大100万円ダウン

まず子どもの誕生直後からハードルになるのが児童手当です。3歳まで月1万5000円、中学生まで月1万円(第3子以降は3歳〜小学校修了まで月1万5000円)が支給されるものですが、親の所得が高いと支給額は月5000円になります。

減額になる所得の基準額は扶養親族の人数によって異なります。子ども2人と専業主婦がいる会社員家庭の場合は、年収960万円が目安です。子どもが3人なら年収1002万円です。収入がこの水準を上回ると、児童手当の金額が少なくなります。子どもの中学卒業まで約15年間の総額でみると、合計約200万円から約100万円へダウンすることになります。

100万円でももらえるだけありがたいと言いたいところですが、これが今年10月から変わります。同じ家族構成で年収1200万円(子ども3人なら1238万円)を超えると、児童手当の支給対象から外れることになったのです。今までは所得の上限なく月5000円の児童手当はもらえましたが、これがゼロになります。

つまり今後は、児童手当をフルでもらうための年収は960万円まで、月5000円をもらうための年収は1200万円までになるわけです。

なお児童手当の所得基準は夫婦どちらか収入の高いほうで判定します。共働きの場合は妻(または夫)が相手の扶養に入っていなければ、家族構成が同じでも専業主婦家庭とは所得基準が異なります。フルタイムの会社員世帯で子ども2人の場合は、夫または妻の年収が約917万円までなら満額、1162万円までなら月5000円の手当を受け取れます。

幼稚園代・保育園代は無償化されているが…

児童手当以外にも、高年収世帯に高負担となる子育て制度はいくつもあります。そのひとつは0歳から2歳までの間にかかる保育園の保育料です。無償化されている低所得層を除き、認可保育園の保育料は国の基準をベースに各市町村が設定していますが、基本的に所得が高いほど月額保育料は高くなっています。

国の基準では年収ベースでおよそ1000万〜1200万円(住民税の所得割が39万7000円以上)になると保育料の区分が最上位になります。その月額は約10万円(第1子の場合)。保育料の区分は世帯合計の所得で判定されるので、夫婦共働きの会社員なら年収が夫600万円・妻500万円でも区分が最上位になる可能性があります。

実際の保育料は市区町村が定めるため、高所得でも保育料がそれほど高くならないことはあります。地域によっては年収2000万円や3000万円などの高年収世帯に対してさらに細かい区分を設けるなど、年収1000万円を超えたからといって、ひとくくりに保育料が高くなるわけではありません。

また所得にかかわらず、第2子の保育料は半額、第3子以降は無料、そして3歳児以降の保育料や幼稚園代は無償化されています。これらは高年収でも現在は自己負担がかなり抑えられていますが、近年の子育て支援策の動向をみるにつけ、いずれ所得制限が設けられるのではとの懸念もたびたび聞かれます。

子どもが高校生になると、授業料の補助にも影響します。高校授業料の実質無償化制度では、全日制の公立高校なら授業料と同額の年11万8000円、私立では最大で年39万6000円が支給されます。しかしこちらも所得制限があります。専業主婦と高校生2人の会社員家庭では、年収950万円まででないと支給されません。私立に通っている場合は公立向けよりも支給額が上乗せされますが、そのための親の年収水準は640万円までと低くなっています。

注意したいのは共働き世帯です。上記と同じく高校生2人の家庭で両親がともに会社員なら、無償化の対象になる年収は上限約1070万円です。これは専業主婦家庭の基準より高いのですが、所得水準は夫婦の収入を合算して判定することに注意が必要です。

無償化になる年収のボーダーラインは、このように親の働き方のほか、家族構成やきょうだいの年齢などによっても前後します。しかしいずれのケースでも世帯年収で1000万円を超えてくると、足切りになる可能性が高くなってきます。

年収1000万円前後からは大学の奨学金も厳しい

そして大学進学でも、高年収がネックになることがあります。国(日本学生支援機構)の奨学金にも親の収入による選考基準があり、おおむね年収1000万〜1500万円がボーダーラインになるのです。高校在学中に大学進学後の奨学金を申し込む「予約採用」の場合は、3人家族の会社員世帯で年収1009万円、4人家族で1100万円が上限の目安です。

審査対象になるのは夫婦両方の収入ですが、世帯収入の合算額だけで一律に審査される訳ではありません。共働きなら夫800万円、妻400万円で世帯年収1200万円でも、家族の人数や子どもの年齢ほか諸条件によっては基準を満たすケースもあります。また大学進学後に申し込む場合には、進学先が国立か私立か、自宅から通うか自宅外かによっても、上限が変わってきます。

ですから世帯年収1000万円ちょうどなら、ぎりぎり収入基準内として奨学金を借りられるかもしれません。しかしこれを超えてくると、家族構成や進学先しだいでは期待が薄れてきてしまいます。

また、これは返還が必要な貸与型、かつ有利子の奨学金の基準です。貸与型でも無利子タイプの奨学金はより収入基準が低くなっていますし、返還が不要な給付型奨学金には低所得者向けしかありません。政府は現在、給付型奨学金の対象拡大を検討していますが、想定されているのは年収600万円程度の家庭までで、年収1000万円レベルの家庭はまだまだ圏外でしょう。


おもな子育て支援制度と親の年収の関係を図にまとめてみました。

(外部配信先では図などの画像を全部閲覧できない場合があります。その際は東洋経済オンライン内でお読みください)

こうしてみると、年収1000万円前後の家庭では、子どもが生まれてから大学を卒業するまでずっと、公的な子育て支援を受けられないリスクと隣り合わせで子育てをしていかねばならないことがわかります。

もちろん年収は長いキャリアの中で変動する可能性があり、子どもが生まれたときには高収入であっても途中で年収が下がることもあれば、逆もありえます。長らく上がらない日本の賃金推移から察すると、約20年間ずっと安定的に年収1000万円以上をキープしていく家庭は、ほんの一握りなのかもしれません。

しかし、仮に年収1000万円を維持し続けていたとしても、家計をやりくりしながら子育てをしていくのは決して楽ではない。そんな本音を抱える家庭は、現実として少なくありません。

年収1000万円でも楽じゃない

特に、子どもの大学進学は大きな負担です。国立大学でも4年間で約400万円の教育費がかかりますし、私立理系なら学費だけで平均800万円に上ります。理系の場合はその後に大学院へ進学するケースも多く、すべてを親だけで準備するのは、年収1000万円あってもとてもゆとりはないはずです。

さらにいえば、親自身の老後資金の問題もあります。少子高齢化と公的年金の先行きを思えば計画的に老後資金を貯めておく必要がありますが、子育て中は教育費と住宅ローンの返済に追われ、年収が高くても自身の老後資金をほとんど貯められないケースが少なくないのです。

教育費だけでなく、親の生涯にわたるお金についても自助努力で戦略を立てなければならない。子育て世帯の年収1000万円は、その観点でも公的支援か自助努力かのボーダーラインなのです。

※本文中で挙げている年収基準は会社員などで収入が給与所得のみの場合の目安です。自営業など所得の種類により、基準が異なります。

(加藤 梨里 : FP、マネーステップオフィス代表取締役)