コンビニのペットボトル飲料は「つめたい」か「あたたかい」の二択でいいのか。セブン&アイ・ホールディングス名誉顧問の鈴木敏文さんは「たとえばペットボトル飲料では『常温帯』というニーズがあることが、次第にわかってきた。商品(モノ)自体を売るのではなく、それを通して得られる体験(コト)に着目する発想が重要だ」という――。

※本稿は、鈴木敏文『鈴木敏文のCX入門』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。

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■トイレの展示会が“コト発想”の店づくりにつながった

モノ発想からコト発想へ転換し、お客様が商品やサービスをとおしてどのような体験を求めているかに着目する。そして、選択する理由や買うべき価値があると納得できる理由を提供する。

この発想転換が、セブン‐イレブンの実験店舗を成功に導いた例を紹介しましょう。

コンビニのあり方も、社会や市場の変化に対応して変わっていかなければなりません。そこで、わたしは、「10年後、20年後、セブン‐イレブンはどうあるべきなのか。過去の経験をすべて否定し、いままでにない新しいことに挑戦してみなさい」と指示し、近未来のセブン‐イレブン像を模索させる「ストア・イノベーション・プロジェクト」を発足させたことがありました。2012年のことです。

少数精鋭の特命チームは、メーカーの展示会、各種フォーラムを回り、コンサルタントや研究者、IT関係者などさまざまなジャンルの専門家から情報収集に努めました。

なかでも、特に参考になったのが、トイレやキッチン設備の展示会でした。トイレであれば、掃除がしやすいようにする。キッチンであれば、主婦がいちいちしゃがんだり、無駄な動きをしないでもすむようにする。

便器やキッチン自体を売るのではなく、お客様も気づかなかった不便や不満を探し出し、あるいは想像し、そこに価値を提供する。つまり、商品をとおして体験価値を提供する。

それは、コンビニの売り場における商品についても同じであることに気づいたことから、チームは発想を大きく転換します。

■「買う価値がある」と納得できる体験をつくる

その気づきについて、チームのリーダーは、こう語っています。「商品についても、モノ軸ではなく、その商品がどんなコトが理由で買われるのかというコト軸でとらえる。モノ発想からコト発想への転換でした」

商品をモノ軸ではなく、コト軸でとらえる。コト的な価値はそのモノが買い手にとって、そのとき、その場で、どのような意味をもつのかという関係性の中で生まれます。

ある商品について、どこか共感したり、共鳴したり、共振するところがあるとコトの関係性が生まれ、それが消費者にとって、選択する理由や買うべき価値があると納得できる理由になる。コトの体験価値は主観的な価値なので数値などで示すことはできない。

消費者のニーズはモノからコトへ変わっていく。その変化に対応するには、売り手もモノ発想からコト発想に転換しなければならない。セブン‐イレブンのストア・イノベーション・プロジェクトは、メンバーたちのこの気づきから始まりました。

■ある店舗ではじまった実証実験の中身

モノ発想ではなく、コト発想で考えたとき、どんな店づくりができるのか、実証実験を開始したのが、川崎登戸駅前店でした。

チームのメンバーは、商圏の特性を把握することから始めました。商圏には女性が多いことや、高齢化により団塊世代以上が多いことなども判明します。また、1日の乗降客数が20万人を数えながら、駅前に大手居酒屋チェーンは一軒しかありませんでした。

そこで、いわゆる「女子会」のニーズが高いのではないか、「家飲み」の需要も高いのではないかと仮説を立て、女子会や家飲みというコト的なニーズに対応する売り場づくりに挑戦しました。

お客様の行動を予測し、どんな体験を望むかを予想して、仮説を立て、売り場づくりの実験を開始したのです。

品揃えでは、女性が好むフルーツ系のリキュールを大幅に増やし、お酒コーナーの周辺には、従来のような珍味や豆菓子だけでなく、チーズ、生ハム、ピクルス、レバーペイスト、クラッカー、ドライフルーツなどを並べて酒類と一緒に目に入るように陳列し、「お酒のある楽しい食卓」をイメージしてもらえるような、家飲みエリアを設けました。

■家飲みの楽しさ、家事の時間短縮を求めていた

また、セブンプレミアムのデリカ惣菜(モノ)について、なぜ売れているのか、お客様にとってのコト的な理由を探ったところ、「個食」「小分けできる」「保存が効く」といった要因が浮かび上がりました。

そこで、共通した要因をもつチルド惣菜と冷凍食品が同時に目に入る場所に陳列し、展開したところ、冷凍食品はセブン‐イレブン全体の平均の5倍の売り上げを記録するまでになりました。

同じようにフリーズドライのみそ汁やスープ類も並列して並べると、1日500円程度だった売り上げが3000円に変化しました。

お客様が望む体験を予想するコト発想が地域のお客様に、家飲みの楽しさや家事の時間短縮といった新たなコト的な需要を生み出し、売り上げアップに大きく貢献したのです。

■目に見えないニーズを発掘する“ワイガヤ”という手法

コト発想の店づくりを行ううえで、プロジェクトチームが重視したのは、女性の声でした。

各種データをもとに商圏を調査するのに定量調査があります。定量調査では、すでに顕在化したニーズはわかりますが、お客様の潜在的なニーズは把握できません。顕在化したニーズにもとづいて、モノ(商品)を品揃えしても、お客様に新しい価値を感じていただけません。

お客様も気づいていないニーズにこそ、新しい体験というコトの価値が生まれる。その「目に見えないコト」を調べるために、プロジェクトチームが注力したのが、「ワイガヤ」をとおした定性調査でした。

ワイガヤとは、参加メンバーが肩書や立場の違いを超えて、自由に意見を出し合うなかで新しいアイデアを生み出す場のことをいいます。自動車メーカーのホンダで生み出されたミーティングの方法で、ホンダでは新商品開発の際、合宿形式で行われるようです。

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特命チームのリーダーが、セブン&アイグループの幹部候補育成を目的とした研修に参加した際、講師として招聘された元ホンダ幹部から講義を受けたことが、ワイガヤの採用のきっかけとなりました。

■男性目線だけでは「理解できていない価値観」があった

セブン‐イレブンは創業以来、男性社員を中心として運営されてきた面が強く、そこには男性を中心とした価値観が強く反映されていました。来店客も以前は男性が中心であったため、それでも成り立ちました。

しかし、2009年の秋に、「いまの時代に求められる『近くて便利』」をコンセプトに、それまでの弁当・おにぎりなどの即食性の商品中心から、惣菜類など、コンビニで食事の仕度ができるような品揃えへと、店づくりを大きく転換して以降、女性客の占める比率が年々高まってきていました。

そこで、プロジェクトチームは、男性中心の価値観では「理解できていない価値観」を自覚することを目的に、「VOICE」と題したミーティングを開催しました。

全国に展開するセブン‐イレブンでは、一定範囲の地域ごとにディストリクト・オフィス(DO)と呼ばれる拠点が設定されています。DOのオフィスには加盟店の会計処理を行う会計担当スタッフがいて、それぞれの地域での現地採用の若い女性が多く占めます。

そこで、DOの女性スタッフや本部の女性にそれぞれ集まってもらい、「いま困っていること」「不満に思うこと」「不便に感じていること」といったコト的なテーマでワイガヤで自由に対話してもらい、潜在的なニーズを掘り起こそうとしました。

ワイガヤは、定量的なアンケート調査と異なり、たとえ一人の意見であっても、その意見への周囲の賛同の度合いで、不便さや不満を浮き上がらせることができました。

■登戸駅前店がトイレに着替え台を設置した理由

こうして収集した定量データや定性情報をコト発想で整理し、どのようにして新しい店をつくるか。ストア・イノベーション・プロジェクトとして、店舗スタッフも一緒にワイガヤ・ミーティングでディスカッションを重ねるなかで、仮説を導き出していく。

こうしたプロセスにより、川崎登戸駅前店では従来のセブン‐イレブンにはない売り場が誕生していきました。

たとえば、トイレです。室内を拡張して設置した女性用のチェンジングボード(着替え台)は、顧客体験を想定したコト発想の典型でした。

女性のお客様がセブン‐イレブンでストッキングをお買い求めになるのは、ファッションのためではなく、伝線するなど緊急対応のケースが多い。つまり、単にストッキングというモノ(商品)がほしいのではなく、穿き替えるコト(体験)を求めている。

これも女性の声を聴くなかで発見した、男性には「理解できていない価値観」でした。

そこで、チェンジングボードをトイレに設置し、お店の入り口のドアに、着替え台があることを示すピクトグラム(絵文字)を張ったところ、ストッキングの売り上げは3倍以上に伸びました。

■男性中心では発掘できなかった“常温”ニーズ

また、女性用の栄養ドリンクも従来は、主に男性をターゲットとした栄養剤や強壮剤と一緒に並んでいたため、女性は手に取りにくい面がありました。

そこで、「女性の癒やし」というコト的なニーズに応えるため、一つの棚に女性用栄養ドリンク、カモミールなどのハーブティ、入浴剤、疲れを取るホットアイマスク、女性向け書籍を並べ、その隣にはストッキングや女性雑誌を配置し、女性に向けたエリアを設けました。

クロスマーチャンダイジング(異なる種類の商品を組み合わせて、同じ売り場で売ること)により、どのような体験ができるかというコト的な意味をもった売り場をつくった結果、女性用栄養ドリンクは売り上げが1.2倍に増加しました。

鈴木敏文『鈴木敏文のCX(顧客体験)入門』(プレジデント社)

また、VOICEのワイガヤでは、ソフトドリンク類についても、「セブン‐イレブンはなぜ、ホットかすごく冷えたのかと、どちらかしかないのでしょうか」という声があがりました。

男性中心の価値観では、しっかり加熱されているか、冷却されているか、ニーズはどちらかしかありませんでしたが、女性の価値観ではもう1つ、常温帯のニーズがありました。

女性の場合、冷えた飲料は体が冷えるという理由に加え、飲み残した冷えたボトルを鞄にそのまま入れると、ボトルが汗をかいてまわりがぬれてしまうのを避けたいという不満があり、それも「理解できていない価値観」であり、潜在的なニーズでした。

そこで、常温帯のドリンクも品揃えしたところ、売り上げは1.5倍に伸びました。

■企業幹部に店舗訪問を禁止したワケ

実証実験を進める過程で、まわりから既存の考え方や雑音が入り込まないよう、わたしはセブン‐イレブンの社長をはじめ、幹部社員全員に、「何かいいたいことがあっても、絶対いってはいけない」「店がつぶれてもいいから、一切のアドバイスや指導は行わないように」と厳命し、店舗を見に行くことも禁止しました。

川崎登戸駅前店はワイガヤであがってきたさまざまな声を売り場に活かすことに専念し、2013年2月に実証実験を開始する前は40万円程度だった平均日販は、2015年度には100万円近くにまで急伸しました。

お客様の行動を予測し、どんな体験を望むかを予想して、仮説を立て、過去の経験に縛られない新しい発想の店づくりに挑戦する。そして、お客様に商品やサービスをとおして新しい体験価値を提供すれば、売り上げを大きく伸ばせることが、ストア・イノベーション・プロジェクトの実験により、実証されたのです。

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鈴木 敏文(すずき・としふみ)
セブン&アイ・ホールディングス名誉顧問
1932年長野県生まれ。中央大学経済学部卒業後、東京出版販売(現トーハン)を経て63年イトーヨーカ堂入社。73年セブン-イレブン・ジャパンを創設し78年社長に就任。92年イトーヨーカ堂社長、2003年イトーヨーカ堂およびセブン-イレブン・ジャパン会長兼CEOに就任。05年セブン&アイ・ホールディングスを設立し、会長兼CEOに就任。16年から現職。著書『わがセブン秘録』『挑戦 我がロマン』など多数。
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(セブン&アイ・ホールディングス名誉顧問 鈴木 敏文)