MMTに対する注目度が高まっている今、MMTを学ぶ意義とは何か(写真:ELUTAS/PIXTA)

MMT(現代貨幣理論)は、ケインズ理論などをルーツとする、比較的新しいマクロ経済理論です。貨幣や財政に関するその独特の主張から、経済学界では「異端の中の異端」といった扱いを受けています。

ところが、2007年に勃発した世界金融危機をきっかけに、経済政策のあり方を大きく見直す機運が世界的に生じる中で、MMTに対する注目度が高まっています。こうした流れは決して一過性ではなく、新型コロナ禍や米中対立をはじめとした国際情勢の緊迫化にも後押しされ、長期的、不可逆的なものになると思われます。

当然、日本もその例外ではありません。MMT派の学者によって、MMTの正しさを示す「非常に良い事例」と名指しされたこともあり、最も注目度の高い国の1つと言っても過言ではないでしょう。

MMTを学ぶ意義とは何か

とはいえ、異端扱いされているせいか、MMTを的確に理解している国内の経済学者や評論家はごく限られているのが現状です。

このような状況の中で、筆者はこのたび、『MMT講義ノート:貨幣の起源、主権国家の原点とは何か』(以下、本書)を上梓しました。本書は、2021年10月から12月にわたり、早稲田大学エクステンションセンターの公開講座で、MMTこと現代貨幣理論について講義した内容を、その後アップデートされた情報も加えながら、書籍という形で出版したものです。2019年にMMTの入門書である『MMT現代貨幣理論入門』を監訳し、そして解説書である『MMTとは何か』を上梓していたとはいえ、一民間エコノミストの筆者にこのような講師の依頼があったのも、上述した状況のゆえではないかと思われます。

大学側からの当初の依頼は、拙著『MMTとは何か』に即した講義を想定したものでした。

しかしながら、『MMTとは何か』の出版からその時点で2年近くが経過し、MMTや関連分野についての筆者自身の研究もある程度アップデートされていました。そこで、そうした研究成果を可能な限り盛り込みつつ、テーマによってはMMTとは異なる経済理論や政策論も取り入れることで、単なるMMTの解説にとどまらない、筆者なりのいわば「MMTバージョンアップ試案」も合わせて提示してみたいと考えました。


2022年7月から島倉原さんの『MMT講義ノート:貨幣の起源、主権国家の原点とは何か』に関する講義が始まります。詳しくはこちら(写真:渡辺智顕)

こうして実現したのが今回の講義であり、そして本書です。全体の構成は『MMTとは何か』を概ね踏襲しているものの、「バージョンアップ試案」ということで、説明が少なからず変わっているところも存在します。章で言えば、MMTの貨幣論を説明した第2章や、今後の経済政策を提言した第6章がそれに当たります。

一方で、全体的なバランスの関係上、『MMTとは何か』よりも説明を簡略化したところもあります。政策オペレーションを説明した第3章や、MMTの経済政策論を説明した第4章がそれに当たります。

したがって、『MMTとは何か』を適宜参照しながらお読みいただくことで、本書の理解がより深まるのではないかと思います。そのうえで、『MMT現代貨幣理論入門』をはじめとしたMMTオリジナルの文献に当たっていただければ、MMTに対する理解が一段と深まるだけではなく、読者なりの新たな発見も生まれるかもしれません。

経済や社会が停滞した状況を変えるために

日本は1990年代後半以降、非現実的な主流派経済学にとらわれた誤った政策を続けることで、失われた20年とも30年とも言われる経済や社会の停滞を招いています。その根本的な要因は、主流派経済学にとらわれた言説がマスメディアなどで氾濫して世論が形成され、有権者である国民の多くがそれを疑わず、誤った政策を主張する政治家や政党を選択し、あるいはそうした状況を放置していることです。

こうした状況を変えるためには、1人でも多くの国民が主流派経済学に代わる適切な世界観を共有し、政策の是非を見極める目を持つことが欠かせません。MMTを学ぶとはそうした世界観の基礎を固めることであり、本書がその一助となることを願っています。

私たちの常識にも根強く影響している主流派経済学があまりに非現実的な前提に基づいていることもあり、「政府に対する債権証書であることが、通貨の価値の裏付けである」というMMTの貨幣観は、現実の経済や経済政策を見る目を一新してくれます。それは、日本が財政危機ではないこと、そして長期停滞の原因である緊縮財政から脱却すべきであることを、明快に説明してくれます。

さらに、MMTの貨幣観は、主権国家のルーツを浮き彫りにすることで、緊縮財政に固執して経済政策や安全保障政策で迷走している今の日本政府が、「公益実現という政府本来の債務を履行する」という自らの役割を放棄することによって、財政破綻どころか己れの存在意義を自ら失わせていることを強く示唆しています。同時にそれは、何千年にもわたって人間社会にとって重要な存在であり続けてきた貨幣に対する見方を変えることで、経済学のみならず、(本書第2章でも述べているように)歴史学をはじめとする他の人文社会科学にも見直しを迫るものかもしれません。

経済学のパラダイム転換はまだまだ続く

一方で、現在のMMTの説明や主張がすべて正しいわけではなく、理論として改善・発展の余地があることも、本書の中で指摘したとおりです。本書では、経済の長期循環の観点から、ケインズが唱えた「投資の社会化」を「総需要のコントロール」という従来のケインズ経済学の枠組みを超えた政策論として定義し直し、MMT派が唱える就業保証プログラムよりも有意義な処方箋として提示しました。それは、まだMMTの存在すら知らなかった2015年の著書『積極財政宣言』で掲げた「ケインズとシュンペーターのビジョンの復権」というテーマに、まだまだ不十分ながらも筆者なりに磨きをかけた結果でもあります。


もっとも、そうした方向性は、どうやら筆者独自のものというわけではなさそうです。例えば、本書第6章でも紹介した新シュンペーター学派のカルロタ・ペレスの弟子に当たるマリアナ・マッツカートはその近著『ミッション・エコノミー』で、自身が提唱するイノベーションを目的とした政府の積極的な支出を正当化する理論としてMMTに言及するとともに、自らのアイデアに影響を与えた人物の1人としてMMT派のステファニー・ケルトンを挙げています。

かたや、本書第4章でも述べたように、理論上は財政の自動安定装置を重視するMMTの主唱者たちも、大きな課題の解決に向けた裁量的財政政策を主張するようになっています。いずれも主流派の殻を打ち破った20世紀経済学の二大巨頭であるケインズとシュンペーターの融合が、本書第6章で詳述したコンドラチェフ・サイクル1周期分の時を経て起きつつあるのかもしれません。

いずれにせよ、MMTの不完全さは、決してその存在意義を否定するものではありません。むしろ不完全であることで、主流派経済学に代わる将来のパラダイムの基礎として、MMTを研究する意義をより一層高めているのではないでしょうか。

筆者は、第1章で「日本の現実に根差してMMTを研究あるいは応用することは、経済学の発展への少なからぬ貢献となるのかも」と述べました。それは、決して自分に言い聞かせたわけではなく、そうした意義を感じてMMTを真剣に研究しようという人が増えることへの期待を込めたものです。本書がそうした方々の一助となれば、著者として喜びに堪えません。

(島倉 原 : 経済評論家、株式会社クレディセゾン主席研究員)