※この記事は2021年03月13日にBLOGOSで公開されたものです

「ドヤ街」と聞いて、日本人はどの街のことを思い浮かべるだろう。やはり、日本最大のドヤ街と呼ばれる大阪市西成区あいりん地区だろうか。もしくは西日本に馴染みがない人であれば、東京の山谷かもしれない。いや、ほとんどの人は「ドヤ街」に興味など持っておらず、考えたことすらないのかもしれない。

暇を持て余した大学時代、私は山谷によく足を運んだ。都庁の周りに住むホームレスたちに密着し、その取材をもとに卒業論文を執筆した。卒業後はあいりん地区で3ヶ月生活をし、日雇い労働やドヤの清掃の仕事をしながら『ルポ西成』という本を出版した。

おそらく、人並み以上にはドヤ街に興味を持っているだろう私であるが、日本3大ドヤ街のひとつ「横浜・寿町」には、あまり馴染みがなかった。ドヤ街に泊まるとなると、あいりん地区になるし、ホームレスの取材をするとなれば新宿や山谷や代々木公園になる。そこで最近は意識的に寿町に通うようにしているのだが、馴染みのあるあいりん地区とは違った性格を持つ街だと感じるようになった。

住人に聞いた「寿町はどんな街か？」

あいりんセンター、三角公園、四角公園などあいりん地区には自然と住人が集まるような場所がいくつかある。しかし寿町を歩いてみると、そのような場所はエリアの南端地にある「横浜市寿町健康福祉交流センター」くらいしかない。

一方、「寿労働センター」の周りには住人の溜まり場が形成されていないあたり、ほかのドヤ街同様、労働者の街から福祉の街へと変わったことが伝わってくる。寿町にはどんな人々が暮らしているのか、緊急事態宣言が発出される前の某日、溜まり場で何人かに聞いてみた。はじめに声を掛けたのは70代後半の男性だ。

刑務所からやっと出れたと思ったらコロナでこの有り様だよ。仕事もねえし、親族には散々迷惑かけてきたから俺は無縁仏。すぐに生活保護を受けるようになったよ。ドヤ代抜いて残るのは月に7万円。これじゃ炊き出しに行くしかない。俺はプータローさ。この街はどうしようもない奴の集まりだよ。

ベンチに腰掛けながらストロング系チューハイを飲む60代くらいの男性も、生活保護を受給しているという。

部屋にいてもブツブツ独り言言っている奴らばかりで楽しくねえからよ、毎日ここをビアガーデンにしてんだ。昔は街に元気があったけどよ、今は誰も相手にしてくれやしねえ。楽しみなんて200円のストロングゼロだけなんだ。

同じく60代の男性は、いつも公衆便所の横で通りを眺めているという。今は、「なんだよオラ、金返せよ。今日中に3万な。裏切ったらどうなるかな？」と40代くらいの男性が高齢者をまくし立てている様子を眺めている。

人のこと言えないけどさ、ここにいる奴らみんなカスだよ。おれも早くここを出たいけどさ、仕事なんてないからね。生活保護で飲む酒よりさ、やっぱり自分の金で飲む酒のほうが美味いんだよね。今は携帯電話がないと、日雇いでもなかなか採用されないんだよ。まずは金貯めて携帯電話を買わなくちゃな。

ひとりひとりの言葉が、みな重く暗い。「昔あんなに綺麗な女を抱いたんや」「あの店美味いから行ってみい」など、あいりん地区でいつも耳にするような話がない。これは単純に、関東と関西の違いなのだろうか。

仕事をするにはスマホがないといけない

携帯電話がないと仕事の採用率が下がるということだが、聞き込みを続けてみると料金の滞納が積み重なった末に携帯電話の契約ができなくなってしまったという人が多かった。昼間、街を歩いているとプリペイド携帯の業者が路上でよく販売営業をしている光景が目に付く。

免許証とキャッシュカードがあれば申し込むことができます。でも免許証だと、過去の滞納実績がすぐに辿られてしまうので勧めていません。マイナンバーカードであれば辿られることはあまりないです。でも、もし障害者手帳を持っていれば、一発で契約できますね。（プリペイド携帯の業者）

プリペイド携帯であれば月額の基本料金のことは考えずに申し込むことができる。とりあえず1台携帯電話を持っておき、一切使わなければいいだけだ。しかし、携帯電話を手に入れたとしても、肝心の仕事はあるのだろうか。私は「寿労働センター」に向かい、「日雇いの仕事がほしい」と10月某日の早朝、窓口に頼み込んだ。

「今日からでも寿町で働きたいのだが……」

今から2年半前の話になるが、私があいりん地区で解体の仕事に就いた際は、「あいりんセンター」の周りにいれば手配師と呼ばれる人間に声を掛けられ、すぐにでも飯場（日雇い労働者の寮）に入ることができた。コロナ禍のいまでも、あいりん地区には多数の手配師がいる。昨年も同地区を訪れたが、「日給1万円」の紙をフロントガラスに張った車があいりんセンターの前に数台停まっていた。私くらいの年齢（28）であれば、間違いなくその日から仕事にありつけるだろう。しかし、「寿労働センター」の職員に、「仕事がほしい」と窓口で頼み込むとこんな答えが返ってきた。

仕事？ 今日は1件もないよ。明日は仕事があるか？ そんなこと聞かれてもわからないよ。

やはりコロナ禍の影響はあるのだろうか。

そんなこと知らないよ。とにかく今日は、仕事は1件も入っていないんだよ。ほかに用件は？ ないならもういいかい？

相手を突き放すような態度と見下すような目線だった。もしも、本当に仕事を探さなければいけない事態になれば、私は迷うことなくあいりん地区に向かうだろう。「寿労働センター」を後にし街を歩いていると、街中にも求人の張り紙がしてあることに気が付く。朝8時頃、「日雇い労働者募集」と入り口に書いてあるドヤに入り、受付のおばあさんに「仕事を探している」と聞いてみた。

なんだいアンタ。仕事がほしいって言ったってこんな時間に来てもどうにもならないよ。どこから来たんだい？ 東京ならこんなところに来なくてもいくらでも仕事はあるだろうよ。

また、港湾関係の事業所前に出発前の労働者たちがいたので、「私もここで働けるか」と思い切って聞いてみた。

ここはもういっぱいだから無理だと思う。港で船に積む荷物を固定する仕事だよ。センター（寿労働センター）に行って、空きがあるなら入れるかも。いまからいきなりっていうのは難しいな。

しかし、センターに行っても「仕事はない、知らない」の1点張りだ。

じゃあ無理なんじゃないかな。というか兄ちゃん、手帳とか持ってるの？ いまは手帳がないとまず働かせてもらえないと思うけど。

手帳とは、「日雇労働被保険者手帳」のことだ。手帳を持っていれば、一定の条件を満たす期間、日雇いの仕事に就けなかった場合に、「アブレ手当」という給付金を受け取ることができる。あいりん地区ではセンターなど通さずとも、昼からでも夕方からでも飯場に入れる。その日の分の寮費は飯場の利益になるので当然だ。手帳のことなど聞かれた試しもないので、あってないようなものだと思っていたが、寿町では必須のようだ。

仕事もないので、とりあえず今日の宿を探そうとドヤを回るも、「1日単位の宿泊は赤字になるからもうやっていない」とどこも月単位、よくても週単位での宿泊しか受け付けてもらえなかった。結局、インバウンド向けのゲストハウスしか泊まらせてくれず、1泊3000円以上の部屋で眠りについた。あいりん地区であれば、1泊500円の宿でも飛び込みOKなのだが……。