※この記事は2020年12月10日にBLOGOSで公開されたものです

新型コロナウイルスが拡大する現在でも、アフリカのスタートアップ企業は世界中の投資家たちからの注目を浴び続けている。

日本でもビジネス誌を中心に「アフリカ×スタートアップ」をテーマにした報道は急増している。だが、そういった記事は大きな成長を継続できるポテンシャルの高いスタートアップやその企業を取り巻くエコシステム（※）といったきらびやかな部分に焦点を当てるのみで、アフリカが抱える課題やその課題の解決に取り組む起業家たちの情報を伝えることはほとんどない。

アフリカに4年住む筆者が目にした、この国の光と影、そして日本の国際協力機構（JICA）が挑戦している起業家の育成や、それを通した社会課題の解決・産業の底上げを目指す活動を紹介する。

※スタートアップ・エコシステム…起業家、起業支援者、企業、大学、金融機関、公的機関等が結びつき、スタートアップを次々と生み出し、それがまた優れた人材・技術・資金を呼び込み、発展を続けることを生態系になぞらえ、「スタートアップ・エコシステム」と呼ぶ。

年間投資額2,100億円のアフリカに横たわる深刻な社会課題

アフリカの人口は2020年現在、約13億人。30年後の2050年には25億人に達し、地球上の約4人に1人がアフリカ人になる世界が迫っている。

人口が急増するアフリカでは、スマートフォン（スマホ）の普及をきっかけに先進国の技術革新を一気に飛び越えたビジネス＝「リープフロッグ（かえる飛び）」現象が急拡大。スタートアップへの投資も注目されており、2019年の投資額は20億ドル（約2,100億円）と、前年の1.7倍となった。

これは5年前の東南アジアへの投資額にほぼ匹敵する規模で、アフリカに対して欧米・中国を中心に投資が集まっている。

このような魅力が高まってきているアフリカではあるが、雇用問題、人的資本の問題、未整備のインフラなど、アフリカが抱える社会的・構造的問題は深刻である。

「アフリカITビジネス」が報じられているものの… 地方・農村部では2G回線の人口大国エチオピア

現在、私が住むエチオピアは人口約1億人と、アフリカ第2位の人口大国だ。これまでスタートアップ・エコシステム構築の専門家として首都アディスアベバに居住をしながら、各都市のエコシステムの調査・分析や起業家支援活動などを行うために、アフリカ各国に渡航したり、エチオピア国内の各都市を訪問したりしてきた。

日本の報道では見えてこない地方都市・農村部の状況について私自身の経験をもとにお伝えしたい。

エチオピアの首都でのインターネットは4G回線が利用可能であるが、地方都市、特に農村部にいけば良くて3Gまたは2G回線、地方都市の中心部から離れると電波がなく、インターネット回線が使えないこともあった。

4G回線のスピードに慣れている私には、地方都市・農村部のインターネット速度はあまりにも不便で、持っているスマートフォンは電話機能や時間を確認するために使う程度になる。大容量アプリのダウンロードやストリーミングで動画を見るということはしない。

統計によればアフリカ全体でのインターネットへのアクセスは4人に1人しかない状況だ。

1週間で6日停電も アフリカ地方都市の現実

インターネット以外に電気の問題もある。アフリカでは全体人口の33%しか電気へのアクセスがないとされる。

エチオピアでは電力供給も安定せず、首都でも停電が頻発。数分から8時間近い停電が週3～5日は起きている。数日間電気がないことも多々ある。我が家は自家用ジェネレーター（発電機）を使っていなかったので、停電中はいつも冷蔵庫の中身を心配していた。

地方都市の電力不足はより深刻であり、地方都市への出張中、1週間のうち6日間が停電したこともあった。出張ではパソコンとプロジェクターを使って施設で講義をすることが多いのだが、この出張の際は、電気がないので部屋の中が暗く、パソコンも使えないため、全員で教室の外に出て、芝生に座って青空教室で講義を行ったことをよく覚えている。

地方都市では電池が長持ちするフィーチャーフォン、いわゆるガラケーの方が利便性は高く、利用者も多いので、首都圏でスマホを活用したサービスを提供しているアプリ開発会社も、地方・農村部向けにはいまだにフィーチャーフォン向けにサービスを提供していることが多い。

このように地方都市は首都圏と異なる課題を抱えており、経済格差も大きい。各地域に応じた解決策の提供が必要になってくる。

また、電気、水およびインターネットなど、ビジネスをする上で必要なものが安定的に供給できないと外資参入を含めビジネスは発展せず、貧困から派生する深刻な栄養失調や水・衛生環境の問題も重要な社会的課題となっている。

誘拐がビジネスに 人口爆発と共に生まれたアフリカの「影」

エチオピアだけの話ではない。アフリカ全体の投資額のうち約3割が集まる「スタートアップ大国」ナイジェリアもまた多くの課題を抱えている。

人口約2億人を誇り、アフリカ1位の人口大国であるナイジェリアは、2050年には4億人を突破し、中国、インドに次ぐ世界第3位の人口大国になるとされる。

アフリカ全体のスタートアップに2019年、投資された20億ドルのうち、7.5億ドル（約788億円）はナイジェリアに投資されており、他国を圧倒している。

このような光の裏には影もあり、ナイジェリアの失業率は27%、若年者失業率は36.5%にのぼる。また、2018年のCNNの報道によると、1日当たりの生活費が1.90ドル（約200円）未満という極度の貧困状態で暮らす層はインドを抜き、8,700万人と推計されている。

人口の半分近くが貧困状態である。多くは失業したり、質の低い雇用、インフォーマルな仕事等に従事したりしている。加えて、テロ・誘拐等も頻繁に起こっており、ナイジェリアでは誘拐がビジネス化している。

質の高い雇用が創出されないと社会情勢が不安定化し、負の連鎖が起きる。ナイジェリアをはじめとしたアフリカ全土での今後の爆発的な人口増加に伴い、各国における雇用の創出が喫緊の課題となっている。雇用の創出と同時に産業の底上げも課題だ。

アフリカの可能性を引き出せ 日本発の起業家支援「Project NINJA」が始動

そういった社会状況を背景として、私が専門家として携わるJICAは、アフリカを含む各国のスタートアップ・エコシステムの強化に取り組む起業家支援プロジェクト「Project NINJA（Next Innovation with Japan）」を2020年1月に立ち上げた。

本プロジェクトを通じて社会課題解決に取り組む起業家を支援・育成することにより、社会課題解決、雇用創出およびリバースイノベーションに力を入れている。社会課題が多くある一方、自らが痛みを感じている社会課題を解決したいという優秀な起業家・起業家の卵は多く、彼らと一緒に社会課題解決に取り組む伴走型の支援だ。

アイデア段階の起業家にはアイデアから試作品を作成するトレーニングを提供、顧客へのテストマーケティングなども実施し、繰り返しブラッシュアップを行っている。また、既に試作品がある起業家には更に成長をするための顧客獲得、ブランディング、企業経営、人材雇用、財務および資本戦略などの支援も行っている。

起業家支援と言っても「起業家」という言葉が指し示す範囲・企業の規模感も幅広く、アイデア段階の起業家から既にビジネスで一定の成功を収めている起業家も含まれる。JICAはアイデア段階のものから始動したての起業家への支援を中心として、全てのステージの起業家を支援している。

ストリートチルドレンに仕事を 投資が集まらない優秀なアイデアが現実に

エチオピアでは2019年、主要15都市で現地の学生や新卒の若者を中心とした「社会課題をビジネスとして解決する起業家を育成すること」がテーマのアイデアコンテストを実施した。

JICAは、社会課題解決のための非常に良いアイデアを有する若者が多い一方で、ビジネスにつなげることが出来ていないケースが多いことに着目。事業モデルを競う一般的なコンテストではなく、アイデア／事業をブラッシュアップする約6か月の研修を提供していることが特徴だ。

約2,000名の参加者が集まり、6か月間のトレーニングを経て、多くの試作品やビジネスモデルが出来上がった。

その中でも私が好きだったのは、廃ペットボトルや廃プラスチックを活用して靴墨を製造し、路上で靴磨きをする労働者に販売するビジネスだ。

まず都市部に溢れるストリートキッズ（路上生活の子供たち）を雇用し、工場・レストランや路上に落ちている廃ペットボトルや廃プラスチックを回収。これらを活用して靴墨を製造し、それを提携大学にて品質を確認した後、路上で靴磨きをする労働者に市場価格よりも安い価格で販売するといったアイデアだった。

新たな雇用が生まれ、環境改善につながり、市場価格よりも廉価に製品を提供できる一石三鳥の素晴らしいモデルだ。

ただ正直、この手のモデルは収益性が高くないため、ベンチャーキャピタルなどの投資家からの投資はつきにくい。また、学生であったため、十分な担保を持っておらず銀行からの融資を得ることも難しい。プロトタイプが出来上がった初期の段階においてベンチャーキャピタルが出資しなければ、銀行が融資することもないだろう。そういった事業を実現につなげるという意味で、JICAが伴走支援する意義は大きい。

日本企業とのマッチングも ポストコロナ時代に描くアフリカビジネスの可能性

アフリカのスタートアップビジネスをめぐるJICAの取り組みはこれからも続いていく。

来年2月26日にはポストコロナ時代のテックビジネスを発掘して、日本企業からの投資・事業連携を促していくための「アフリカ新興テック ピッチ決勝戦」を日本経済新聞社と共同開催する予定だ。

JICAが審査したアフリカ19カ国・2700社以上のスタートアップ上位10社の起業家を取り上げて紹介するほか、日本企業とのビジネスマッチングも検討している。

【参考リンク】「アフリカ新興テック ピッチ決勝戦」視聴者参加ページ
【参考リンク】「アフリカ新興テック ピッチ決勝戦」特別賞の参加応募ページ

「1万人に起業トレーニングをして、そのうちの1%の100人が起業し、各企業が5人の雇用を生み出す。そうすれば500人の雇用が創出される」

このようなモデルをアフリカの地でつくっていきたい。

筆者経歴
不破 直伸（ふわ なおのぶ、38歳）
国際協力機構（JICA）
スタートアップ・エコシステム構築専門家

1982年生まれ。ボストン大学大学院・金融工学専攻。投資銀行やIT系のスタートアップ役員などを経て、ウガンダに移住。JICA本部にて勤務した後、現在はアフリカ諸国のスタートアップ・エコシステム構築支援に従事している。