劇場版『鬼滅の刃』海外で成功する可能性は？ 将来的なハリウッド実写化も視野か - 田近昌也
※この記事は2020年12月02日にBLOGOSで公開されたものです
『劇場版 鬼滅の刃 無限列車編』（以下、『劇場版 鬼滅の刃』）が10月16日の劇場公開以来、興収250億円を突破するなど記録的な大成功を収め、その快進撃はいまだにメディアを賑わせている。多くの国で新型コロナウイルス感染拡大が長期にわたって猛威を振るう中、映画ビジネスが大きなダメージを受けていた最中の話題だけに、海外のメディアもその盛況ぶりを報じている。
一度の上映に人数制限を設けている映画館もある中、1日の上映回数を最大限まで求め、バスや電車の時刻表を思わせるほどのスケジュールを組んで大ヒットを支えた配給・映画館の仕事ぶりは見事であるが、日本での劇場公開公開から1ヶ月半が経った今、先に控えているであろう海外の展開で、何を見据えているのかということも気になってくる。近年アニメ市場の成長著しい北米での公開は「2021年初頭」と謳われているが、ここで現在一番ホットなアニメ作品と言える本作の、海外での可能性について少し考察してみたい。
グローバル興収ランキングで第5位につけた『劇場版 鬼滅の刃』
ハリウッドのエンターテインメント業界誌の一つであるデッドライン誌は、11月22日に出した記事の中で、公開6週目を迎えた本作が日本国内の興収250億円(2.39億ドル) を突破したことと併せ、2020年の全世界興収ランキングで第5位につけたと報じた。ちなみに全世界興収ランキングの第3位には、本作の1ヶ月半ほど前に世界各国で公開されたクリストファー・ノーラン監督の新作『テネット』がつけているが、こちらが全世界興収で3.5億ドル（約365億円）付近で足踏みする一方、日本国内だけで250億円を挙げた『劇場版 鬼滅の刃』の強さがわかる。
日本は現在、アメリカと中国に次いで世界3位の規模を誇る映画市場を持っているが、国内の興収で100億円を超えるヒットを出せるテリトリーは、世界的に見てもそう多くはない。ところがその規模のわりに、日本のエンタメ市場がフランスやドイツなど、他のキーテリトリーに比べて存在感が薄いと肌で感じる場面が何度かあった。筆者はその理由の一つに、日本の市場の特殊性が関係しているのではと考えている。
毎年の日本の国内興収トップ10を見ると、その過半数をアニメ作品が占めることが多いが、実はこれは海外のテリトリーではあまり見られない傾向だ。ディズニーやピクサーのアニメーション作品が数本ランクインすることはあっても、これらがトップ10の過半数を占めるということはほとんどない。海外の多くの国では、アニメは子供が見るものという認識がまだ強く、アニメ作品に対する認識に歴然とした差が存在しているのである。
そんな日本ほど広く浸透していないアニメというジャンルの海外での展開において、その成功を左右する大きな要因は、まずは既存ファンの存在だろう。ただし「海外」と一言で言っても当然、欧米やアジアなど、文化も傾向も違うので一括りに述べることは難しい。
海外展開でも10億円を超えると「ヒット」作と言える？
近年の日本のアニメ作品のうち『鬼滅の刃』と同程度の話題性と勢いを持ち、北米で劇場公開された主なタイトルを見てみると、以下のような結果になっている。また北米での劇場公開はなかったものの、中国で5.3億元（約106億円）という驚異的な興収を挙げた『STAND BY ME ドラえもん』のような例もある。
『風立ちぬ』(2013)：北米興収520万ドル（約5.4億円）
『ドラゴンボールZ 復活の「F」』（2015）：北米興収800万ドル（約8.3億円）
『STAND BY ME ドラえもん』（2015）：中国興収5.3億元（約106億円）
『君の名は。』(2016)：北米興収501万ドル（約5.2億円）
『ドラゴンボール超 ブロリー』（2019）：北米興収3071万ドル（約32億円）
『天気の子』(2019)：北米興収779万ドル（約8.1億円）
これらを見ると、海外である程度の結果を挙げているのは、やはりスタジオジブリ作品や『ドラゴンボール』『ドラえもん』といった「ベテラン」勢、加えて社会現象的なセンセーションでアニメに新たな風を吹き込んだ新海誠監督作品だと言える。『ドラゴンボール』シリーズやジブリ作品は、1990年代から長い時間を経てブランドが確立されているいわば日本アニメの代表作であり、もはやアニメファンでなくても一定のオーディエンス層が存在している。例えば筆者が訪れたアメリカの街角では、ごく一般的な子供達がポケモンや孫悟空の描かれたTシャツを着ている姿を見ることも少なくない。
一方、漫画が2016年から週刊少年ジャンプに掲載、2019年にアニメシリーズの放送と、比較的短期間のうちにその地位を築いた『鬼滅の刃』は、大正時代という時代設定とともに、キャラクターやストーリーにも「和の要素」がそれなりに色濃く表現されている作品であり、上記タイトルとは少し条件が異なると言えるだろう。
海外興行の指標となる数字は？
2021年初頭とされている本作の北米での配給を担当するのは、ファニメーションとアニプレックスオブアメリカであるが、ファニメーションは北米で3000万ドルを超える興収を挙げた『ドラゴンボール超 ブロリー』の配給を手がけている。
一方で、シリーズから劇場というステップを踏まず、大きな既存ファン層がない中で北米展開を行った『君の名は。』を見ると500万ドル（約5.2億円）超の興収、続く『天気の子』は779万ドル（約8.1億円）という数字だ。日本では興収10億円を超えればヒットと言われるが、海外でも日本の作品にとっては、おおよそ同じくらいの金額となる1000万ドルは一つの壁であり、仮に劇場公開が満足にできた場合、指標となるのはこれらの数字ではないだろうかと考えられる。
ちなみに他のテリトリーに先駆けて本作が10月30日に劇場公開された台湾では、初日3日間の興行収入が1.17億台湾ドル（約4.3億円）を超え、台湾でのアニメーション映画の初動興行収入で歴代一位になったと報じられており、強い勢いが感じられる。
現在『鬼滅の刃』アニメシリーズはアメリカではHulu、Crunchyrollなどの配信サイトで観られるほか、ケーブル局Toonamiでも放送された。またいくつかのアジアの国では、Netflixでアクセス可能となっている。これらを踏まえると、海外でもすでに一定のファン層が形成されていると考えられるが、『劇場版 鬼滅の刃』はこのシリーズからの続編ということもあり、これらの視聴者がメインのターゲットとなることは間違いない。
海外展開を難しくする新型コロナウイルス
ただし、こうして理想的な状況を前提にあれこれ書くのは簡単だが、実際の展開はそれよりもはるかに難しいものになるに違いない。殊に劇場公開となると、海外の多くの国と地域で、いまだに新型コロナウイルス感染症の勢いが衰える気配は見えてないからである。
北米では東海岸のニューヨークや西海岸のロサンゼルスといったメジャーな都市では、今でも劇場が閉鎖されたままである。11月18日現在、Box Office Mojoによると2020年の北米地域の映画興行収入は20.0億ドルとなっており、2019年のわずか17.7％にしか届いていない。
欧州最大のアニメ市場を持ち、日本のアニメに深い理解を持つフランスは10月末からロックダウンを行っていたが、12月15日からの映画館再開がアナウンスされた。しかし他のヨーロッパ各国も含め、コロナの状況は流動的であり、冬に向かうにつれて再度感染者数が急増しており、こちらでもやはり予測不能の事態が発生する可能性を常に孕んでいる。
本作の日本での劇場公開は、ちょうど新型コロナウイルス感染者の増加が一時落ち着き「対策がきちんと取られているなら映画館に行っても良いかな」と人々が思うタイミングをうまくついたものだった。一方で、劇場公開に踏み切ることを躊躇する作品もまだ多いこともあり、激しいスクリーンの取り合いに晒されることなく、多くの映画館を味方につけ、先の「時刻表のような」上映スケジュールが可能となった絶妙なタイミングだったと言える。だが劇場公開自体が今もって不安定な海外においては、『鬼滅の刃』の人気ぶりやブランドを考慮しても、実際は1000万ドルに到達すれば大成功と言えるだろう。
一方、そもそも劇場公開に踏み切ることが難しい場合は、配信で公開ということになる可能性もある。そうなった場合は、興収という直接的な形でその結果を見ることができないが、今年4月にアメリカでPVODの配信で公開され、最初の3週間で1億ドル近くの売上を出した『トロールズ ミュージック★パワー』の例もあるので、その力をあなどることはできない。
PVODと劇場公開では、それぞれ利益構造も大きく違うが、ロックダウンが続き外出もままならない海外の視聴者にとってみれば、自宅で視聴可能なPVODは利便性が高いオプションだろう。海外でも『鬼滅の刃』アニメシリーズが配信で視聴可能であることを考えると、そのまま劇場版も同様の配信プラットフォームで公開となれば、劇場よりも多くの人が見る可能性さえ出てくる。
劇場版の先に見えるものは？
さて、ここまでは『劇場版 鬼滅の刃』の海外展開に焦点を絞った話として論じたわけであるが、その先に待っていることについても考えてみたい。例えば『ドラゴンボール』や『ポケモン』はアニメシリーズや長編映画、ゲームなど長期にわたる多角的な展開でそのブランドを世界的なものとし、『君の名は。』のヒットでは「ポスト宮崎駿」として新海誠監督を紹介する海外メディアが相次いだ。この『鬼滅の刃』の先に待っているものは何だろうか。
仮に『鬼滅の刃』シリーズの新たな続編や長編映画が一定期間継続的に作られた場合、『ドラゴンボール』や『ポケモン』のような広がりのあるブランドを築くことが可能だと筆者は見ている。キャラクターや世界観に奥行きがあるし、キャラクター商品化なども含め長期的な展開が可能な作品だろう。さらには今回の劇場版やその後の展開における、特に北米地域での人気によっては、長編映画あるいはシリーズという形でハリウッド実写化の可能性もある。もしかしたら日本でのこのヒットを見て、すでに検討しているハリウッドのスタジオもあるかもしれない。ただし仮に企画が決まったとしても、ハリウッドの映画やシリーズの企画開発はなかなか小回りがきかずに長い時間がかかるのが通常なので、少なくとも数年は待つ必要が出てくるだろう。
この記事では日本で大きな成功を収めた『劇場版 鬼滅の刃』について、長期的な可能性にも飛躍しつつ海外展開の可能性を考察した。海外では現在、新型コロナウイルスに対する社会でのルールが毎週のように変わることも珍しくない故、劇場公開という形でこれまでのような商業的成功を収めるのは非常にハードルが高い状況であるが、ぜひ海外でも成功を収め、一過性のブームに終わらない長期的なブランドを築くことのできる作品の仲間入りを果たしてほしいと思う。
参照
https://www.boxofficemojo.com/
https://www.famitsu.com/news/202011/08209036.html
https://www.thewrap.com/trolls-world-tour-earns-nearly-100-million-in-first-3-weeks-of-vod-rentals-universal-says/
https://deadline.com/2020/11/demon-slayer-japan-greenland-china-global-international-box-office-1234620261/
https://toyokeizai.net/articles/-/78323
https://www.hollywoodreporter.com/news/makoto-shinkai-his-anime-hit-your-name-being-called-new-hayao-miyazaki-q-a-941646
