石破氏はなぜ地方票で大敗したか 菅氏大勝の総裁選に見られたバンドワゴン効果 - 大濱粼卓真
※この記事は2020年09月16日にBLOGOSで公開されたものです
自民党総裁選が終わり、菅内閣が発足しました。総裁選は、終わってみれば菅氏の圧勝でつまらないものでしたが、早くも「ポスト菅」合戦が始まっている中で、いくつか注目すべき点がありました。特に筆者は、この総裁選の間、ずっと2位争いに関心を寄せていました。今回はその2位争いについてと、地方票でなぜ石破氏が大きく敗れるに至ったかを解説していきたいと思います。
石破氏は永田町よりも地方で人気ーー。これは前回総裁選後に閣僚や党重要ポストから追いやられた石破氏に対する評価の共通認識でしょう。首相にふさわしい人を尋ねた新聞各社の世論調査では、石破茂氏が安倍首相(当時)や小泉進次郎氏らの候補を差し置いて1位になることが多々ありました。
実際のところ、首相の退陣表明をした直後の29~30日に共同通信が行った調査や日本経済新聞社が行った調査(いずれも3名を含む複数の候補予定者から選択式)では、石破氏がいずれも1位だったのに対し、菅氏は共同通信調査で2位、日経新聞調査で4位であり、この傾向が続いていたことがわかります。ところが菅氏が立候補表明を行った直後の2~3日に朝日新聞が行った調査(立候補予定者3名から選択式)では、菅氏が1位となり、石破氏が2位、岸田氏が3位となり、状況が一変しました。
「勝ち馬効果」が働いた菅氏の圧勝
調査結果が一変した理由は、調査主体である通信社や新聞社による差異ではありません。選挙コンサルティング業務においても情勢調査を活用することはありますが、定数が1の選挙(複数の候補者から1人を選出する選挙)では、選挙が近づくにつれてバンドワゴン効果(勝ち馬効果)が必ず働きます。今回で言えば菅氏の立候補表明に続いて自民党の5派閥が菅候補を推薦することが明らかになり、議員票だけで菅氏の総裁選当選が確実視されたことから、テレビや新聞各社による菅氏の人となり報道などが相次ぎ、強いバンドワゴン効果が働きました。
ワイドショーなどで、政策や政治理念だけでなく、生い立ちや人間関係、個人的な趣味などが報道されれば、政治的関心の低い層も簡単に感情移入し、バンドワゴン効果はさらに強烈に働きます。実際のところ、朝日新聞の調査では無党派層でも菅氏が石破氏に9ポイントリードしていたことからも、この傾向は読み取れます。
これまで行われてきた数多くの情勢調査の結果を読み解くと、回答者自身が投票権のない選挙における候補者調査では、「誰がふさわしいか」ではなく、「誰が当選するだろうか」という思考に基づいた回答が多くなされていることがわかります。これは結果的に実態の数字からさらにエッジを効かせる結果をもたらすことになりますが、今回の場合はそのエッジが効いた数字が報道されたことで、党員票にも影響が働いたことが推察されます。
党員自身が、自らの小選挙区の議員・支部長の意向に関わらず、「誰が当選するだろうか」という視点に立って回答された情勢調査の影響を受けて、世間の感覚と間違った回答をしてはダサい、恥ずかしい、政治的知見が乏しいと思われたくない、という意識が働き、多数派の回答に相乗りする結果をもたらすということです。
浮動票が菅氏に流れ石破氏は地方票で2位に
この結果、菅氏は議員票を手堅くまとめたことに加え、上述のバンドワゴン効果が働いて(予備選の)党員票がなだれ込んだ結果、2候補を凌駕する地方票を獲得することができました。一方、地方での厚い人気を誇る石破氏は一定の票を取ることができましたが、党員票の「浮動票」はすべて菅氏に持って行かれたことで、地方票でも2着となってしまったという構図です。
地方票におけるドント方式の計算を解説すると話が長くなるので簡潔にまとめますが、ドント方式を導入した都道府県連の場合、25%以上の票を取れば1票、50%以上の票を取れば2票、75%以上の票を取れば3票が入る計算です。言い換えれば、50%以上の票を取った場合、その都道府県連で3位だった候補は1票も入りません。
47都道府県のうち23都道府県(ドント方式以外を含む)で菅氏2票、石破氏1票、岸田氏0票という計算でした。党員投票は、国会議員からのアプローチによりある程度は票の操作(誰にどのぐらいの票を入れるか)がコントロール可能とはいえ、菅氏と石破氏を横並びにすることはできませんから、菅氏から岸田氏に票を流すこともできません。結果的に、総取り方式は菅氏が大勝、ドント方式では「2-1-0」の構図が固まりました。
このほか、石破氏は「あつ森(あつまれどうぶつの森)」の活用失敗が報じられるなど準備不足だったことに加え、地方行脚がコロナ禍でできなかったことも地方票獲得失敗の原因だと思います。岸田氏は、「神輿が空いていたので座ってみたが、お祭りになったら担ぎ手がどっかに行ってしまった」という例えが最もふさわしいのではないのでしょうか。SNSでは奥様との写真が男尊女卑だと指摘を受けるなど、ソーシャルメディア対策も含めて用意が万全だったようには思えません。突然の総裁選だったこともあるとは思いますが、もう少し総裁選を意識したイメージ戦略を立案していれば、結果は多少は変わっていたようにも思えます。
岸田氏に流れた20票の持つ意味
議員票については、党内力学とも呼ばれる派閥の論理で票が動きましたから、細かい解説は不要だと思います。ただ、最終的な票数から逆算すれば、菅氏から岸田氏に20票近くの票が動いたことは間違いない事実でしょう。仮に派閥所属議員が例外なく派閥の方針通りに投票したとするならば、計算上は無派閥議員の票が菅氏と岸田氏とで折半するような形になってしまうからです。
党員による予備投票の結果に基づく地方票の割当は事前にほぼ判明していますから、あとは岸田氏と石破氏との間に「僅差でもない差」をつけるための票を横流しするだけです。石破氏は自身の派閥以外からの議員票獲得に限界があり、石破氏に投票する議員も大方予想がついていたはずですから、ほぼ正確な票読みで岸田陣営は票をまとめたことと思います。党大会に代わる両院議員総会の席で、最終的な票数の読み上げ時に岸田氏がにやりと笑った顔が、総裁選で最も印象的な瞬間でした。