EUで高まる中国への警戒 日本への影響は？ - Ayana Nishikawa（西川彩奈）
※この記事は2020年09月02日にBLOGOSで公開されたものです
米国が中国に対する強硬姿勢を強めている。今年11月の米大統領選を目前に、ドナルド・トランプ大統領は対中強硬路線を選挙キャンペーンの柱としていることが大きな理由だ。
一方、欧州でもEU(欧州連合)域内で高まる中国の影響力や、新型コロナ危機でみられた同国の一連の対応を受け、中国への警戒心が高まっている。欧州は今後、対中戦略をどのように展開するのか。また、今後の中国・EU関係は、日本にどのような影響を及ぼすのか。欧州で東アジア政治を研究する識者に、話を伺った。
欧州にとって脅威となった中国
中国にとって、EUは最大の貿易相手だ。一方のEUにおいても、中国は米国に次ぐ第二の貿易相手国である。例えばドイツとフランスの輸出をみると、欧州の国々を除くと、中国は米国に次ぐ第二の輸出先だ。さらに、中国の国有企業や民間企業はこれまでも、欧州諸国への投資も活発に行ってきた。
中国の投資の影響は、どれほど欧州にとって大きいのか。キングス・カレッジ・ロンドンで教鞭を執るラモン・パチェコ・パルド博士は、中国の欧州への投資の現状についてこう述べる。
「代表的な例は、2016年の中国家電大手の美的集団による、ドイツの産業用ロボット世界大手クーカの買収などです。南欧や中東欧へのインフラへの投資(筆者注)や、欧州のバイオテクノロジー企業などへの投資も挙げられます」
筆者注:例えば、中国海運大手の中国遠洋運輸は16年、ギリシャ最大の港、ピラウス港の株式の51%を取得している。
一方、中国の対EU投資が招きうる、中国の影響力拡大や、技術流出のリスクなどに対し、EUは警戒感を増している。さらに欧州企業の中国市場への投資がその逆よりも難しいことも、EUのスタンスを強める原因となった。これらを踏まえ、ドイツは外国企業による買収の審査基準を厳しくし、EUレベルでも投資規制を強化する新提案が今年6月に発表された。
「中国はEUや日本から反感を買うことができない」
では、今後中国・EU関係はどのような方向に進んでいくのだろうか。パチェコ・パルド博士はこう述べる。
「中国はすでに欧州、日本、その他の発展国との緊張を緩和しようとしています。中国は、IT、AI、バイオテクノロジーなどの分野の製品を輸出することに課題があり、欧州、日本などの発展国を理想の市場としています。そのため、これらの国々から反感を買うことができません。この点が、中国が高まる緊張から出口を探そうとしている理由だと思います」
一方で、EUは今後、中国にどのようなスタンスを取るのだろうか。
「19年には、欧州委員会は中国を“体制的ライバル”と位置づけています。EUは共通の関心がある限り中国と連携します。その一方で、必要な時には競合相手ともみなすでしょう。連携分野としては、気候変動や未来のパンデミックの予防など。競合分野は、市場へのアクセス、人権、民主主義の促進などです。こうした分野においては、EUは今後、さらに中国に対し断固とした態度を取るでしょう」
有識者「ポスト安倍の日本の課題は、国際舞台で積極性を貫くこと」
こうした中国・EU関係は、日本に何らかの影響を及ぼすのだろうか――。フランスの主要シンクタンク、仏国際関係研究所(IFRI)の研究員で、日本政治・防衛を専門とするセリーヌ・パジョン氏にお話を伺った。
セリーヌ・パジョン:仏国際関係研究所(IFRI)で研究員、キヤノングローバル戦略研究所で国際研究員を務める。主な研究テーマは日本の外交政策、防衛、インド太平洋の戦略地政学など。スイス、国際・開発研究大学院で修士を取得後、大阪大学で研究生として研究活動に励む。
――中国・EU間の緊張は、日本・EU間関係に影響をもたらしますか。
「中国・EU関係」において、新型コロナ危機は決定的な出来事となりました。EU、そして各加盟国の国内においても多様な視点が共存しています。しかし、中国が非常時に医療支援を通じて地政学的影響力を高めようとした「マスク外交」や、好戦的な「戦狼外交」は、EUの中国に対するスタンスを、多かれ少なかれ強硬にしました。例えば、これを受け、今年5月、EUのジョセップ・ボレル外交安全保障上級代表(外相)は、「中国に対し、より強固な戦略が必要だ。そして、それには他の民主主義のアジアの国々とのより良い関係の構築が不可欠だ」と言及しました。
こうした点を踏まえると、日・EU関係は、さらに勢いを増して発展するでしょう。二者間の関係は近年、様々な枠組み(18年に結んだ、政治的な関係を強化する「日EU戦略的パートナーシップ協定(SPA)」や「日EU経済連携協定（EPA）」、2019年に両首脳が署名した「持続可能な連結性及び質の高いインフラに関する日EUパートナーシップ」)の結果として、関係は深化し、非常に良好な方向性にありました。
新型コロナ危機と、現在の緊迫したEUと中国関係により、EUと日本が共有する“価値観や関心、優先事項”が顕在化しました。それは、米中関係が悪化する中での、ルールに基づく国際社会の秩序の支持、多国間主義の再生、世界規模での共通善の実現への貢献、データ・ガバナンスの枠組みに取り組む重要性、偽ニュース拡散などのハイブリッド脅威に緊急に取り組む必要性です。
――コロナ危機を受け、欧州で中国からリショアリング(海外から工場を国内に戻す動き)や、他国へ生産拠点を移転させようとする動きもあります。これを踏まえ、今後日欧の経済関係に、なにか影響は生じますか。
今回のパンデミックは、欧州に、危機に強く、安全で復元力のあるサプライチェーンを作る必要性、鍵となる製品を他国に依存しない大切さを示しました。それを踏まえ、ある点では、日本はヨーロッパに”脱中国“の手本を示しました。
EUの中国への依存の再考の必要性について話し合いがされていた際、ジョセップ・ボレル外交安全保障上級代表(EU外相)は、繰り返し、日本政府の方針(政府が生産拠点を中国などから移転、多元化を支援する方針)について言及しました。しかし、中国市場の重要性とビジネス上の制限を考慮すると、欧州の生産拠点のリショアリングは限定的となるでしょう。
また、今後の日欧ビジネス関係においては、サプライチェーンを多元化させるための連携に着目するべきです。例えば、日本、インド、豪州は脱中国を狙った三国間サプライチェーン回復計画(SCRI)を模索していますが、EUは、非常に良い形でこの枠組みに関わることができるでしょう。
また、欧州の国々が中国の5Gのリスクに警戒していることにより、日欧ビジネスの新たな機会が生じる可能性があります。欧州委員会は、加盟国に5G導入にあたり、供給元を多元化させるよう言及しました。これにより、日本の企業にも市場を開放する可能性があります。
――河野太郎・防衛相は、日本がファイブ・アイズ(英語圏である米国、英国、豪州、カナダ、ニュージーランドが参加する機密情報共有の枠組み)へ加盟する意欲を示しました。日本がファイブ・アイズに参加する可能性はありますか。
日本は現段階ではファイブ・アイズのメンバー国ではありませんが、インド太平洋における中国の拡張、北朝鮮の核や弾道ミサイル開発など特定の分野においては、日本とファイブ・アイズの間でかなりの協力が行われています。さらに、日本は米国、英国、豪州と、機密情報について密接な相談・交換など、連携を維持しています。
一方で、もし日本が本格的に参加し「シックス・アイズ」になった場合、強い政治的なシグナルを発することになります。また、ファイブ・アイズに入るためには、日本政府は国内で環境整備を行う必要があると理解しています。
――南シナ海においても、米中の緊張が高まっています。中国は、8月26日に南シナ海に向けて弾道ミサイルを発射。これを受け、米国は南シナ海の軍事拠点化を進めた中国企業などへの制裁に踏み切りました。緊迫する情勢の中、インド太平洋における、日本の中国に対する取り組みについて教えてください。
インド太平洋における日本のアプローチは、地域の環境整備と、外交と安全保障上の選択肢を拡大することにより、戦略的自律性を守ることを究極の目標としています。これには、実用的な取り組みが必要となります。
まず、日本政府のインド太平洋戦略は多層的です。それは、インドや豪州などの鍵となるパートナー国とだけ行う少数国間の安全保障協力から、多国間協力枠組みまであります。例えば包括的な取り組みに関しては、日米が主導する「自由で開かれたインド太平洋戦略」構想、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)、アジア版貿易自由協定(RCEP)などが挙げられます。
また、日本にとっての次の挑戦は、“ルールに基づく、自由主義のアジアのリーダー”としての可能性を発揮する決意をすることです。中国に対する防衛をし、米国のアジアにおける軍事活動の存続をさせることは、日本の戦略にとって重要な点です。日本政府は中国や米国を敵に回さず、なおかつ依存関係に陥らず、細心の注意を払いながら、安全保障の選択肢をオープンにし続ける必要があります。
――今後、どのように日本は国際社会での地位を向上することができますか。
安倍晋三総理大臣の積極的な外交は国際社会において、日本を自由民主主義の柱、そしてルールに基づく多国間秩序の勝者としました。また、前述したように、日本政府はEU・欧州の国々との、戦略的パートナーシップを展開・深化させました。現在、日本はパートナーの国々と米国や中国を結ぶ、ネットワークの中心となっています。
今後日本は戦略的自律性を守るために、米国と密接・透明な関係を維持する必要があります。そして同時に、中国に対しては信念を貫きつつも連携をし、その他のパートナーの国々とのネットワークを拡大していく必要があります。このように日本政府は、国際舞台において、積極的姿勢を貫く必要性があります。
その面では、今後の「ポスト安倍」の動向は重要です。安倍首相の後任がカリスマ性に欠け、断固たる決意を持っていない場合、日本が国際舞台で積極的に行動する能力が十分に発揮されないかもしれません。また、日本はその経済的に優れた能力を可能な限り維持し、世界に開放する必要があります。
