地球最強の植物は「どんぐり」? 研究者に聞く″あやしい″植物のディープな世界 - 清水駿貴
※この記事は2019年09月04日にBLOGOSで公開されたものです
「植物=地味」というイメージを覆す、"あやしい"植物が世界中には生息している。ライオンを殺す草に、人間の全裸や唇に見える植物…そんな奇妙な植物たちをイラスト付きでわかりやすく紹介した『だれかに話したくなる あやしい植物図鑑』が7月、ダイヤモンド社から出版された。
同書を監修した菅原久夫さんは、中学生から大学生までの幅広い年代に約30年間、植物の知識を教えながら、世界中で植物の生態調査を行う研究者だ。海外の華麗な花々から国内の雑草まで、「あやしい」植物の世界について話を聞いた。
「ライオンを殺す草」、「全裸みたいな花」… 奇妙な植物たちはどうして生まれた?
同書は「強すぎ」や「意味がわからない」など独特な4つの分野で、世界中の植物96種類を紹介している。企画の段階で候補に挙がったのは200種類以上。菅原さんは編集者やライターと話し合い、「植物の地味なイメージを覆す」植物を絞り込んだという。
紹介されている植物のなかで目を引くのは「第1章 強すぎて、あやしい」のコーナーで紹介されているライオンを殺す草。その名もライオンゴロシだ。
ライオンゴロシは、生長すると硬いトゲをもつ実を地面にばらまきます。トゲには、つり針のような”かえし”がついており、一度、踏むと、かんたんには外れません。
こうしてうっかり者のライオンの足に食い込み、種を遠くまで運ばせるのです。しかしトゲは歩くほどに深く刺さり、痛くなってきます。ライオンは口を使ってトゲを外そうとしますが、逆効果。口のなかにもザクザク刺さります。
やがて、歩くことも食べることもできなくなったライオンはその場から動けなくなり、ライオンゴロシの養分となるのです。
また、インパクトのある姿が特徴的なのは地中海周辺に分布する「オルキス・イタリカ」。花が「全裸の男性の集合体に見える」という奇妙な姿をしている。
丸い球根があるため、ギリシャ語で「男性の睾丸」を意味する「オルキス」という名前がついた。一方、日本で初公開された際には「ランの妖精」という幻想的な伝え方をされたという。
「植物から『ひどいな』と文句を言われそうな名前をつけられたものはたくさんあります」と笑みを浮かべる菅原さん。「名前がわかると、普段、日常生活のなかで気に留めていない植物に親しみを持てる。お子さんがいる方は、親子で図鑑を読んだり、近くにある植物の名前を調べたりすると、面白い植物の世界にもっと近づけます」
「ソアマウスブッシュ」も奇妙な姿をしている植物の一つだ。真っ赤な口紅を塗ったような巨大な苞(ほう:つぼみを守る部分)を持つこの植物は、中南米の熱帯に生息している。
菅原さんの狙い通り「地味」というイメージをはねつけるユニークな特性や派手な姿。なぜ植物の生態はこのように多様なのだろうか。
「地球の環境が多様な植物たちを生みました。今、私たち人間が地球環境を変えていますが、植物たちはなんとか変化についていこうと必死なのかもしれません」と菅原さんは解説する。
「植物は最初、熱帯で生まれました。温度と湿度が高くて生きやすかったんです。でも、分布を広げるためには、砂漠や寒冷地など、さまざまな新しい環境に適応しないといけません。植物たちが生き方を変えた結果、本のなかで紹介されたような多種多様な生き方をする植物たちが生まれたんです。私たちを喜ばせるために、セクシーになったわけではないんですよ(笑)」。
「同じエリアにさまざまな種類の植物がいる理由も同じです。植物は本来、一つの種類だったと思うんですが、生きる場所を探すためには、いろんな生き方をしないといけなかった。長い時間のなかで、進化するものもあれば、昔の生き方をそのまま続けているものもいる。そうやってうまく共存できているのが、現在の姿です。それでも、私たちが知らないうちに絶滅したり、新しく生まれたりする植物もたくさんあります」。
地球上で最強の植物は「どんぐり」
30年以上、世界各国で植物の研究調査を行ってきた菅原さんの一押しの植物は何だろうか。「どれも面白いと思うんですよね…」と少し悩んで出た結論は、「どんぐり」だった。
「どんぐりの実がなるブナ科の植物は地球上で1番すごい、王様だと私は思っています。ニューヨーク、パリ、ロンドン、北京にしても、東京にしても、現在の世界の温帯は全部どんぐりの世界なんです。日本は沖縄から北海道まで全部、ブナ科の木の森で覆われているんです。本当にすごいことですよね」。
菅原さんは、どんぐりが日本を覆った要因は「動物をうまくコントロールしているから」と説明する。「ブナの森が育つには、リスやネズミ、鳥などの動物に、土のなかに埋めてもらう必要があります。動物が冬眠の前に、食べ物を土の下に埋めて蓄える行動を利用して、繁殖してきました。しかし、食料でもあるどんぐりの実を毎年たくさんつけてしまうと、ネズミがどんどん増えてしまいバランスが崩れる。そのため、実をつけない年を作って、ネズミを餓死させるなんてことをしているんです」。
菅原さんによると現在、日本に生息するブナ科の植物は約22種類。「一見、同じように見えるどんぐりも観察すると面白い。例えばどんぐりの帽子のデザインは東北より北か南かで変わります。関東などは暖かい亜熱帯の気候に近いため、『常緑性のどんぐりの木』が生えている。帽子は輪状です。一方、東北地方や北海道は『落葉性』。帽子はうろこ状です。子どもはどんぐりで遊ぶのが好きだと思うので、お父さんやお母さんは一緒に、観察したり、実際に触れてみて自然の面白さを実感してほしいですね」。
"白人の足跡"、"ヨーロッパを救った作物" 歴史を知れば面白い植物たちの世界
身近にある、いわゆる「雑草」と呼ばれる植物にも面白さは充分にあるという。菅原さんが例にあげるのは日本のどこにでも生えている「オオバコ」だ。
「あやしい植物図鑑」では以下のように解説されている。
「オオバコは1本に約2000個の種をつけ、種は水にぬれると、ぬるぬるの汁を出します。こうして雨の日に、自分を踏んづけた人の靴の裏にくっついて、そこら中に増えていくのです。(P47)」
菅原さんは「人から踏まれることで繁殖するオオバコには逸話がある」と話す。「現在のアメリカに、ヨーロッパから人々が新大陸を求めてやってきた時、人々は西部に向かってずっと歩いて行った。オオバコの種がついた靴で歩き回った結果、開拓者が通った跡にオオバコが広まっていったんです。だから、アメリカではオオバコのことを別名で『White man’s foot(白人の足跡)』と呼びます」。
植物がその地に根付いた歴史を調べることも、植物研究の面白さの一つだという。例えばジャガイモ。
「16世紀のヨーロッパでは戦争に勝つために、兵隊に食べさせる作物が重要でした。世界中から食料となる植物が探されるなか、注目をあびたのが土のなかで育つジャガイモです。戦火に焼き払われた村や町でも失われることのないジャガイモは、重宝されました。今では当たり前のように食卓に出るジャガイモですが、実はヨーロッパを救ったと言えるかもしれません」。
人類の「救世主」になりうる植物は今でも発見され続けている。パパイヤの種には、ベンジルイソチオシアネートという成分が入っている。2014年、岡山大と鹿児島大のチームが、この食品成分に大腸がん細胞を加えると、がん抑制タンパク質が、がんを増やすタンパク質に結合、がん増殖遺伝子の働きを邪魔することで、がんの増殖が抑えられる結果となることを発表した。
菅原さんは「全ての植物は薬であり毒でもある」と話す。
「植物の力を発見することに人類は古くから力を注いできました。ヨーロッパの大航海時代には、イギリスやスペインなどがさまざまな場所に植民地を作りましたが、その地で必ず植物を採取しています。その記録を見るだけでも、とても面白い。黒船来航で知られるペリーも江戸時代の日本で植物を採取しています。植物には国を栄えさせる力があると知っていたんですね」。
「忙しい現代人にこそ植物に興味を持ってほしい」
「植物の歴史、文化史は非常に面白い」と話す菅原さんは「子どもとともに両親が植物を観察して、調べて、一緒に学んでくれたら嬉しい」と願う。
「特別な場所に行かなくても足元の植物、身近な花に驚くようなことはいっぱいあります。小さな花が咲いていても、綺麗だなと感じる気持ちが大事です。自然や植物ってすごいと感じる時間は、文明が進んだとしても欠かせない要素だろうと思います。
ただ、現代の、特に大人はあまりにも忙しすぎて忘れてしまう。子どもの時は多くの人が持っている、自然と触れ合う気持ちを失わないで、川遊びや登山、海水浴に行くとか、公園でのんびりするというのでもいいです。そういう時間を持って、植物にちょっとでも興味を持ってくれるといいかな。新しいことを知るということは楽しいじゃないですか。自然と触れ合って、自分のことを見つめなおしたり、家族で一緒に楽しんだりしてほしいですね」。
普段は中学生から大学生まで幅広い年代の生徒に植物の知識を教えている菅原さん。「植物と関わらなくても多くの人が日常生活を送れます。でも、自然に触れたり、植物に触れたりすることによって学べることはすごく多いし、大切なことだと思います」と話す。
『だれかに話したくなる あやしい植物図鑑』(ダイヤモンド社)