「大学生活=鳥人間コンテスト」琵琶湖の空にすべてを懸けた若者たちの挑戦 - 島村優

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※この記事は2019年08月28日にBLOGOSで公開されたものです

8月28日、読売テレビにて今年で42回目となる「鳥人間コンテスト」が放送される。自作した人力飛行機で琵琶湖上空を飛び、飛距離を競う夏の風物詩的な番組だ。

空を目指し続ける鳥人間たちと、時に残酷すぎるほど厳しい自然との戦いは、これまでも数え切れないほどの劇的なドラマを生み出し、視聴者を魅了してきた。

彼らはなぜ空に憧れるのか、「鳥人間コンテスト」とはどんなものなのか、社会人チームと違って“一度きり”の挑戦となる大学生たちに聞いた。

「鳥人間は高校球児にとっての甲子園」

7月某日、滋賀県彦根市の琵琶湖東岸で「鳥人間コンテスト」が2日にわたり開催された。大会に向けて1年間を捧げてきた参加者、応援に集まった関係者、熱い戦いを期待する観客…と早朝から湖岸は多くの人で賑わい、緊張感がありつつも非日常的な雰囲気に包まれていた。

鳥人間コンテストは「人力プロペラ機」と「滑空機」の2つの部門に分かれて争われる。2019年の参加者は人力プロペラ機部門が17チーム、滑空機部門が15チームで、それぞれ大半が大学生によるチームとなっている。

社会人チームとは違い、大学生チームは毎年代替わりがあるため中心となる学年にとって鳥人間コンテストは最後の晴れ舞台だ。引退してからOBとして部活に関わっていくケースも多いが、参加者としてはこの大会で活動にひと区切りとなる。

何人かの参加者からは「鳥人間は高校球児にとっての甲子園のようなもの」という言葉を耳にしたが、文字通り大学生活の集大成。懸ける想いも強い。

完全制覇の60kmに期待が集まる

ここで両部門のルールを確認しておこう。

【滑空機部門】
・機体は動力を持たない自作の人力飛行機
・プラットホームの高さは水面から10メートル。助走路は10メートルで、傾斜角は3.5度の扇形
・プラットホームの先端から着水した機体の最後尾までの飛行距離を競う

【人力プロペラ機部門】
・機体は自作のプロペラ付き人力飛行機
・プラットホームの先端から着水した機体の最後尾までの飛行距離を競う
・南ルート(沖島ポイント)と北ルート(竹生島ポイント)に設置した2つのチェックポイントを通過して再びプラットホームを目指す
・帰還した場合の記録は60kmとする

人力プロペラ機部門では、沖島と竹生島に2か所あるチェックポイントを経由してゴールを目指し、完全制覇した場合の記録は60kmとなる。

60kmがどのくらいかといえば、東京駅から三浦半島の先端・剱ヶ崎砲台跡までが直線距離で約60km、関西でいうとなんば駅から淡路島にある淡路ワールドパークONOKOROの直線距離と同程度。つまり、車でも行くのをためらうほど遠いと考えておけば間違いないだろう。

2017年の第40回大会まではチェックポイントが1か所、往復40kmの行程だったが、今年も参加する強豪社会人チーム・BIRDMAN HOUSE伊賀が完全制覇したことで60kmに延長されたという。

「少しでも良い記録を出したい」
「チームの先輩たちが出した記録を越えよう」

と、目標として自分たちのベスト記録を掲げている大学生チームが多く見られたが、「1mでも先に」という積み重ねの先に見据えるのは60kmという偉業だろう。

メンバーとぶつかりながら空を目指す

ひと口に「大学生」といっても、ストイックなパイロットが引っ張るチーム、明るく雰囲気が良いチーム、応援団も含めかなり気合いが入っているチーム…と様々なカラーがある。ひょうきんなキャプテンが「恋愛禁止」ルールを設けている大学もあった。

チームの顔となるのは、メンバーの想いを背負って飛ぶパイロットたちだ。一般的にどのサークルでも各人の担当するセクションが細かく割り当てられているが、パイロットだけは飛行機の製作にはかかわらず、その時間を自身のトレーニングにあてる。

鳥人間コンテスト本番にすべてをぶつけるための役割分担だが、その分プレッシャーも大きい。天候の影響で、今年は本番までに満足にテストフライトができなかったチームも多かったという。

辛かったこともあったけど、チームのメンバーには感謝しかないです。これだけ飛べる機体を作ってくれて。

人力プロペラ機部門にエントリーする大阪府立大学 堺・風車の会の中村侑真さんはそう話す。鳥人間コンテストに出場するために同大学に進学したという中村さんは、実業団ランナー並みの持久力を持つことから「怪物パイロット」の異名をとる。今大会でも期待の大学生パイロットの一人だ。

うちの現役部員は数が少ないので、ずっとトレーニングをしていた僕を除いたメンバーで機体を製作しました。『僕はトレーニングをしているんだから、お前らもっとやってくれ』って、ぶつかって喧嘩になることもあったけど。でも今は本当に感謝しかない。いいチームでした(中村さん)

「どうしても彼女に飛んでほしかった」

パイロットとそれ以外のメンバーの関係は、チームによって様々な形がある。

静岡大学 ヒコーキ部の代表・田中伸治さんは苦楽を共にしたメンバーについてこう振り返る。

いろんな個性のやつがいて面白かったですし、何かあったときはみんな協力して乗り切ってきた仲間たちなので、全員で鳥人間コンテストを迎えられたことが僕は嬉しいです。みんなと作業すること、仲間と活動すること自体が楽しかった。だから、しんどいことがあっても頑張れました。

チーム全員でどのように同じ目標を共有し、本番当日まで頑張り続けたのかと質問を向けると「パイロットである坪内萌さんを飛ばしてあげたかったから」だと答えが返ってきた。

人力プロペラ機部門で数少ない女性パイロットの一人だった坪内さんは、航空機のパイロットになる夢を持っていたが、規定の身長に満たず夢を諦めたという。そこで「鳥人間コンテストであれば飛べる」と、静岡大学に進んだのだとか。

女性ながら頑張ってくれて、僕たちの世界を引っ張ってきてくれた。みんなそれぞれ懸ける思いはあったんですけど、彼女に飛んでほしいという思いは(同じように)持っていて。(田中さん)

フライト後、大会を終えた感想を聞いたところ、田中さんは言葉を詰まらせながら「今は清々しいですね。肩の荷が下りました。この景色を見ているだけで感無量です」と口にした。

「ここに来るために大学生活を懸けている」

主役となる先輩たちの晴れ舞台を、下の学年のメンバーはどのように見ていたのだろうか。

立命館大学飛行機研究会 RAPTの会計補佐と駆動班の班長を務め、来年の大会ではパイロットを務める上野慶一朗さん。

制作の遅れ、不十分なテストフライト、パイロットの交代…と不利な条件の中で、出された記録を誇らしげに振り返り、「来年は先輩のこの記録をさらに更新するつもりで頑張りたい」と胸を張る。

大会までの期間は、基本的に週1回は徹夜があるなど体力的に大変なことも少なくないそうだ。

ただ、大変だけど、その非日常感が大好き。もちろん、優先するのは学業。学業をおろそかにせずに、鳥人間に全力で打ち込むというのが僕のスタイルで、それだけは守ろうと思っています。(鳥人間コンテストというのは)高校球児にとっての甲子園で、ここを最後に終わる。だから、ここに来るために大学生活を懸けています。(上野さん)

来年の鳥人間コンテストでは、成長した彼の姿も見られるはずだ。

何が起きても「結果は受け入れるしかない」

大学生たちはなぜ学生生活のすべてを懸けてまで「鳥人間コンテスト」に挑むのだろうか。彼ら、彼女らをここまで魅了するものは一体なんなのか。

参加チームの中でもひときわ部員の多い東北大学 Windnauts。同チームはこれまでに何度も大会で優勝を勝ち取っている強豪で、毎年10人を超えるメンバーが自らも鳥人間になるべくサークルに入ってくるという。

そのOBの一人が語った話がヒントになる。

鳥人間の魅力って、結局「人事を尽くして天命を待つ」ことしかできない、ってことなのかなと。天気や自然には勝てないですし、それでも結果は受け入れるしかない。一回限りなんです。

万全な準備をしても、自然を相手にする以上、思い通りにならないこともある。それでも彼らは一回限りのチャンスのために、大学生活のすべてを懸けて琵琶湖を目指すのだ。

これは、損得ではできないことだ。コストとベネフィットのような考えでは絶対に割り切れない情熱の注ぎ方ではないだろうか。しかし、だからこそ彼らのひたむきな姿勢から、視聴者である私たちは目を離すことができないのかもしれない。

大変は大変ですけど、鳥人間をやらないとできなかったことも多いですよね。(同OB)

大学生たちがすべてを懸けて挑戦したフライトは、ぜひ放送で確かめてほしい。

番組詳細

鳥人間コンテスト2019
読売テレビ 日本テレビ系全国ネットにて8月28日19:00~放送

※初出時、プロペラ機部門で女性パイロットは一人としておりましたが、正しくは東海大学 TUMPAも含め二人でした。お詫びして訂正いたします。