ディズニー映画「リトルマーメイド」実写版や「007」の主役に黒人女性抜擢で賛否 - 小林恭子
※この記事は2019年08月01日にBLOGOSで公開されたものです
人魚役に黒人起用で「ディズニーを台無しにした」
文学作品やコミック、テレビ番組、ミュージシャンの人生などが映画化される時、「イメージにぴったり」と思えるときは意外と少なそうだが、最近、米英の映画の中の意外な配役が大きな話題となった。
7月上旬、デンマークの児童作家アンデルセンの童話「人魚姫」をディズニー映画が「リトル・マーメイド」として実写映画化することになり、主人公アリエル役にアフリカ系アメリカ人の米歌手ハリー・ベイリー(19歳)を起用した。
ベイリーは2018年のグラミー賞の最優秀新人賞にノミネートされたデュオ、クロイ&ハリーの一人。
「リトル・マーメイド」はすでに同じくディズニーの手によってアニメ映画化(1989年)されており、この中でアリエルは赤い髪、白い肌、青い目の白人として登場する。
実写での黒人女優の起用に、ツイッターではファンが不満を表明した。「ディズニーを台無しにした」、「アリエルに全然似ていない」、「(人種の)多様性を達成したいなら、別の新しい映画を作ればいい」など。
新「007」に英黒人女優を大抜擢
数日後、今度は、架空の英スパイ、ジェームズ・ボンドが活躍する「007」シリーズ最新作「BOND25」に黒人女優ラシャーナ・リンチ(31歳)が抜擢されたと報道された。ボンドのコードネーム「007」を引き継ぐという。
当初の報道では、リンチが「新ボンドになる」というニュアンスで広がったため、セクハラや性的犯罪に声を上げる女性運動「♯MeToo」がここまできたのかと多くの人を驚かせた。著名映画の主人公の性まで変えてしまうとは、しかも、これまでは白人であったのに、今度は黒人になってしまうとは、と。「政治的公正(political correctness)」を実践するために、ここまでする必要はあるのか、という声も出た。
以前に007シリーズに出演したことがある米黒人女優トリーナ・パークスは、イギリスの左派系大衆紙「デイリー・ミラー」の取材の中で、原作者のイアン・フレミングは「ボンドを男性として書いた。女性ではない」と指摘した。
黒人女性が主役を演じることの効果は?
「リトル・マーメイド」の監督ロブ・マーシャルは、アリエル役の女優を選ぶのに苦労したという。しかし、ベイリーの歌声や若さ、純粋さ、誠実さなどが「アリエルに最適」と最終判断を下した。
一方、自分自身が赤毛であることでいじめを受けてきたという英ジャーナリストのソフィー・ウィルキンソンさんは、黒人女性たちが「ヘイト犯罪や社会の不平等による困難」の標的になりやすい、と指摘する(左派系高級紙「ガーディアン」、7月5日付)。
「教育現場では脇に追いやられ、雇用を拒絶され、雇用されても賃金は他の人種あるいは男性よりも低い」。また、フィクションの世界でも「怒っているか、生意気な人物かの両極端で描かれる」。
黒人女優がアリエルを演じたからといって、こうしたさまざまな問題が解決できるわけではないが、「映画館のスクリーンで自分に似た姿を目にすることで、自信をつけられる。社会全体にとっても、良いことだと思う」。
「黒人女性のボンド」は誤解が広がることを想定しての話題作りか
ボンド映画への英女優リンチの起用は、よく聞いてみると、「新007役として登場する」のであって、「ボンドを女性に変えた」わけではなかった。
最新作「BOND25」ではボンドは退職しており、ジャマイカで気楽な生活を送っている。新007となったリンチがボンドの助けを求め、事件を解決してゆく流れになる見込みだ。
主人公を演じるダニエル・クレイグ(51歳)は、次作が「最後のボンド役」と言っているため、クレイグがその後出なくなるのはほぼ確実だが、リンチが「ちょい役」で消えてしまい、次の次の作品ではもう姿を現さなくなるのか、あるいはいよいよ「新しい主人公」になっていくのか、現時点では不明だ。
ただ、ボンド映画のプロデューサーであるバーブラ・ブロッコリーが昨年、英ガーディアン紙のインタビューの中で、「ボンドは男性」、「男性として描かれているし、おそらく、これからの映画でも男性だ」と述べている。「男性の登場人物を女性に変える必要はない」とも。
もしブロッコリーの言うことが今でも本当なら、リンチが「ボンド役を取ってしまう」のではなく、単に「新007として、黒人女性が配役された」ということであり、誤解が広がることを想定しての話題作りだったような気が少しする。ヒットさせたい番組や映画の前宣伝として、主演男女の俳優が「恋仲にある」と言う噂をわざと広める、といった類の話である。
「ボンド・ガール」が差別になりつつある時代背景
しかし、2017年秋以降に広がった♯MeToo運動がもしなくても、ボンド映画は原作者フレミングの国イギリスでも、次第にアナクロ的(時代に遅れたり逆行したりすること)に見られるようになっている。
ボンドを主人公とする一連の小説は、第2次世界大戦中に諜報員だったフレミングが1953年から66年の間に出版したものだ。
小説には当時の価値観が反映されており、女性の社会進出が進み、人口構成も多様化した現在のイギリスの社会的価値観からすれば、「性差別的」、あるいは「女性をモノとして見ている」と見られても仕方ない箇所がある。
例えば、映画には「ボンド・ガールズ」と呼ばれる女性たちが登場するのがお約束で、この女性たちはボンドにメロメロとなってしまい、ベッドを共にする。女性たちは男性から見たセクシーな格好で登場する。ボンドの秘書であろうと、ボンドを殺しにやってきた女性であろうと、とにかく、ボンドに惹かれてしまう。
ボンドは「酒」「女」「最新の車や秘密兵器」を思いのままにし、イギリスのてごわい敵を倒して女王陛下に忠誠を誓い、最後は「ガールズ」と熱く抱擁する。
ご都合主義の、夢物語のような筋の展開だが、アクションと「お色気」(この言葉自体が古臭いが)に満ちた娯楽作品として、世界中が楽しんできた映画作品である。
しかし今、こう言う映画の価値観は「時代にそぐわない」と思われるようになった。
まず「ボンド・ガールズ」と言う呼び方だ。「ボンドのために存在する、添え物」的なニュアンスがあり、「ガールズ」の「ガール」は大人の女性を指すこともあるが、元々は「少女・女の子」の意味である。これは好ましくないとされ、「ボンド・ウーマン(複数がウィメン)」と呼ぶことになった。
こうした動きに一抹の懸念を感じる人がいるかもしれない。「どこまで言葉狩りが進むのか」、と。しかし、「ボンドの女の子」と呼ばれるのは、「どうもピンとこない。不快だ」と女性たちが感じるようになったと言うことで、今の価値観を反映しているに過ぎない。
『007』はこれからどう変わる?
ボンド映画のプロデユーサーは自分自身が女性でもあり、ボンド自身が男性であることを変えないとしても、近年の作品では少しずつ女性の登場人物に「リアルな人物」として息を吹き込もうとしてきたという。
今年5月、「BOND25」には新たな脚本協力者がチームに入ることが判明した。イギリスの女優兼脚本家フィービー・ウォーラー・ブリッジだ。
独身女性のリアルな悩みを鋭く描いたコメディ番組「フリーバッグ」(主演・脚本)で数々の賞を受賞し、米英で放送中の女性殺人鬼と女性刑事の戦いをユーモアを交えて描くテレビドラマ「キリング・イブ」の脚本でも高く評価されている女性だ。
米ハリウッド・リポーターの取材の中で、フェミニスト的ジョークを入れるかどうかと聞かれ、「分からない」、でも「リアルな人物像にしたい」と答えている。
ボンド役のクレイグ自身は「ボンドは時代に応じて変化してきた」とBBCニュースの取材の中で述べている。「ボンドは欠点がある人物で、問題も色々抱えている」。映画製作者側としては「映画の外の世界で起きていることに目を瞑るわけにはいかない」。
来年4月に公開予定の新作では、♯MeToo運動を踏まえての筋展開になるのではないか。
黒人のボンド役が誕生する?
ボンド映画の配役を巡って、英国内で何度も噂となり、「もうそろそろ、いいのではないか」と言われているのが、黒人ボンドの誕生だ。
クレイグが一時、「2度とボンド映画には出たくない」と発言したこともあって、「次のボンド役は誰だ?」が大きな話題となった。
イギリスの白人男優の何人かが噂されたが、数年前から最も有力視されているのが、黒人俳優のイドリス・エルバ。ロンドン生まれの47歳で、2010年からBBCのドラマ「刑事ルーサー」で主人公を演じている。映画「マンデラ自由への長い旅」(2013年)では、反アパルトヘイト運動家で南アフリカの大統領となったネルソン・マンデラ役で迫力ある演技を見せた。
エルバ自身は噂を肯定も否定もしていないが、もし出演依頼が来たら「受けるだろう」と言うのがもっぱらの見方だ。
著名黒人コメディアンのレニー・ヘンリーや他の俳優たちは、有色人種の俳優がイギリスのテレビ番組の中で十分に起用されていないと指摘してきた。
その結果、どうなるか。自分の顔がテレビや映画に十分に投影されないことが疎外感につながってしまうという。「どうせ、自分は」と思ってしまう。
警察も有色人種の市民に疎外感、失望感を与える。警察が路上で職務質問をする際に対象になることが白人の市民に比べて大きく、「自分たちをターゲットにしている」という意識が植えつけられると言う。
近年では、「有色人種」、「女性」、「障がいを持つ人」などを意識してテレビや映画の登場人物に起用することの重要性が次第に社会の中で認識されてきた。
努力の跡は、例えばBBCのニュース部門で見られる。出演者の男女比を50%ずつにするキャンペーンが行なわれている。有色人種について同様のキャンペーンは行われていないが、BBCを見ていると、有色人種の男女がメインの司会者となって登場したり、片腕が肘の下からない女性が天気予報を担当したり、車椅子に乗って移動する記者が安全保障問題を論じたりする姿が目につく。
♯MeToo時代の中で007で描かれる女性像も変わるかもしれない
ジェームズ・ボンドを女性にする、例えば「ジェーン・ボンド」にする必要はないように思われる。一つのキャラクターとして完成しているからだ。
「女性」と言う点にどうしてもこだわりたいなら、ジョージ・クルーニーが主演した映画「オーシャン11」をサンドラ・ブロック(妹役)を主人公にして「オーシャン8」作ったような形も可能なはずだ。
ボンド=男性、と言う現在の設定を活かすなら、かつ「時代とともに」ボンドのキャラクターが変わっていくとすれば、黒人男優エルバが♯MeToo時代の社会のなかで、「ボンド・ウィメン」とどう関わっていくのかを見てみたい。女性たちがボンドに会うなりメロメロになるのではなく、ボンドが女性たちに好かれるために苦労する・・・と言う展開があるかもしれない。
いずれにしても、リアルな女性を描くことで定評がある脚本家ウォーラー・ブリッジの手にかかり、女性も十分に楽しめる作品になっているようだ。しばらくこの映画から足が遠ざかっていた筆者も出かけてみようと思っている。