マナーよりも命が大切 - 赤木智弘
※この記事は2019年02月10日にBLOGOSで公開されたものです
皆さんは「マナー」を守っているだろうか?
ここ数年、ネットで「マナー」というと、こじつけとしか思えない珍奇なマナーの存在が話題になることが多い。少し前には「徳利は注ぎ口から注がず、丸い部分から注ぐのがマナー」などという、さも徳利の注ぎ口の存在が罠かなにかであるかのような主張がされ、みんな困惑していた。
そして今回もそんな「マナー案件」である。
Twitterで、ファミリーレストランで食事の後に薬を飲もうとしたら、子連れの客に「人前で薬を飲むのはマナー違反だ」などと騒がれ、辟易したという話があり、それを「FNN PRIME」がマナーコンサルタントに聞いて記事にしたのだが、その記事がちょっとアレな部分があるとして、話題となった。
記事が主張するに「人前で薬を飲むことはマナー違反ではないが、薬を飲む側が配慮をしなければならない」というおかしな結論になっている。(*1)
正直、この記事を読んで、僕は「不快感」しか感じなかった。
同席の人に「ちょっと失礼します」と言うだけならまだしも、知らない他人にまで「ちょっと失礼します」と言って薬を飲むのはおかしいだろう。新幹線のシートを倒すんじゃないんだから。
この記事でもっとも問題なのは「テーブルの下で錠剤を開封して、パッと口に入れて、水を飲めばよいかと思います」という考え方である。
もしこれがマルチビタミンの錠剤1つか2つ程度なら、それでも別にいいだろう。
しかし、医者にかかって貰ってくるような薬はそういうわけにはいかない。薬は体に影響を与えることから、用法用量をしっかりと確認して飲むべきものである。
それでも1錠程度ならパッと飲んでも問題ないが、様々な症状があるために、何種類もの薬を処方されている場合もある。
薬を飲むときは、ちゃんと薬に過不足がないか数え、しっかりと自分が何の薬を何錠飲もうとしているのか確認をして飲まなければならない。しっかり確認をせずに飲んで「あれ?あの薬を飲んだっけ?これは飲んだ気がする、これは飲んでいないかな?」となってしまえば、過剰に薬を飲んでしまったり、逆に飲み忘れたりで、体に悪い影響が出かねない。
また、最近の薬はPTPシートと呼ばれる、押出式のシートに入った形で提供されることが多い。しかし、高齢者の中には、これを押し出さず、シートに包まれたまま誤飲してしまうことがある。誤飲をすれば食道などに刺さって、手術などで取り除かなければならなくなることもある。
そうした服薬に関するミスを防ぐためには、しっかりと食事の席に座り、ちゃんと落ち着いて自分の飲む薬を確認する必要がある。
薬はテーブルの下で開封してパッと飲むのではなく、テーブルの上で確認して慎重に飲まなければならないのである。
「マナー違反にならないために、薬を飲んでることを周囲に悟られないようにしてパッと飲め」などという言い方は、誤飲を助長する悪質な主張である。
記事に記されている「マナー」のおかしな点は、薬を飲むという行為が、その人の命にかかわる行為であるという理解を著しく欠いている点であろう。
マナーコンサルタントは「マナーはお互いを思いやる気持ち」と言うが、薬を飲むことは他人への思いやりではなくて、その人の命を守るための行為なのである。
薬を飲むことに思いやりなどを持ち込み、かたや「命」、かたや「お気持ち」を天秤にかける必要などないのである。当然、命にかかわることのほうが圧倒的に重く、優先順位が高いのは言うまでもないだろう。
結局のところ、結論としては「自分の近くで薬を飲まれる程度のことを嫌がったり、マナー違反だなどと喚く輩は無視しておけ」というものでしかない。
確かにマナーを守ることで、他人の気持ちを損ねないことは必要なのかもしれないが、世の中には他人の気持ちを守ることなどより重要なことはたくさんある。
どうせマナーを教えるなら、薬を机の下でパッと飲むみたいな、しょうもないマナーもどきではなく、他人を本質的に思いやる事ができるマナーこそ教えてほしいものである。
*1:薬を“人前で飲む”のはマナー違反? ネット上で物議…専門家に聞いた(FNN PRIME Yahoo!ニュース)https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190206-00010010-fnnprimev-soci