彼女が人妻になる前に、どうしても″アソコ″へ行きたい…。男がタクシーを飛ばして向かった先とは
思うように外食ができなかった、この2年。
外で自由に食事ができる素晴らしさを、改めて噛み締める機会が最近多いのではないだろうか。
レストランを予約してその予定を書き込むとき、私たちの心は一気に華やぐもの―。
なぜならその瞬間、あなただけの大切なストーリーが始まるから。
これは東京のレストランを舞台にした、大人の男女のストーリー。
▶前回:“女子アナ清楚系美女“が好きな彼に合わせて自分を偽っていた女。しかし脱ぎ捨てた瞬間に…
Vol.12 優也(26)の思い
『おはよう^^昨日はありがとう♡』
朝からウンザリしてしまった。
アプリで出会い、なんとなく数回メッセージを交わして食事に行ったが、もちろんこの子と恋仲になる予定などない。
ただタイミングが合ったから一度食事に行っただけ。次を期待している感じがひしひしと伝わってくる。でも今の僕は多忙なため、それが煩わしい。
代表を務めるパートナーから誘われ、外資の投資ファンドで働いている僕の平日のスケジュールは、ほぼ分刻み。全国出張も毎週のようにあるし、空き時間にする勉強にも余念がないから、常に眠い。
同年代でもトップクラスの年収を稼いでいるが、その分神経をすり減らしていることは否めない。
でもこれは全て”理想の男”になるためだった。
先ほどのLINEに適当なスタンプを返しながら。コーヒーでも飲んで気分転換しようと思い、ふと気がついた。
今日は、その”理想の男”になりたいと思うきっかけをくれた人との、食事の約束の日だということに。
初めて会ったときから何一つ変わることなく、美しくて謙虚で真っ直ぐな、僕の本当の初恋…永遠の憧れの女性だ。
初恋の相手は、優也をどう思っていたのか。
◆
息つく暇なく仕事をしていたら、約束の30分前になっていた。
予約をしていた花束を急いで引き取り、タクシーに乗り込むと、彼女から連絡がきている。
『もうすぐ着くよ!久しぶりに楽しみ〜!』
― こんな連絡にクスッと笑みが漏れるのも、これが最後かもしれないな。
彼女は、僕ではない男性と婚約したのだ。
「あのね、私プロポーズされたの…!」
仲間内数人でランチへ行ったときに、彼女から突然の報告。嬉しさをどう表現していいのか分からない…そんな表情だった気がするのは、自意識過剰だろうか。
もう叶わない恋の相手なのに。
あの日の心臓が張り裂けそうだった痛みや、男としてもっと成長してやるという焦燥感を、今でも鮮明に思い出す。
もうすぐ人妻になる彼女との食事は、カジュアルすぎても、フォーマルすぎても変だと思ったから、初めて彼女を紹介された場所にした。
彼女は、その店のミルクレープが大好物。食後に頼んだバナナのミルクレープを、満面の笑みで食べていた彼女の笑顔を見て僕は、彼女に恋をしたのだ―。
そんなことを思い出していると、今日約束していた、麻布十番の『ピッコログランデ』に着いた。
店に着くと、彼女はすでに席に座っている。
「すみません、待たせて!」
「全然。私も今きたところだよ」
当時からずっと変わらない、顔をほころばぜながら笑顔で出迎えてくれた彼女を目の前に、今夜は最高のディナーになる予感がした。
奈津(28)若くて未熟だと思っていた優也が、いい男になるなんて…。
優也との出会いは、友人からの紹介。
何度か複数人で食事に行っていたが、優也は私と2人で飲みにいかないかと頻繁に誘ってくるようになった。
「俺、奈津さんのことが気になります!」
もう4年位前のある日のことだ。渋谷で飲んだ帰り道、優也に告白された日を思い出す。
― 可愛いな…。
女子大生のころは年上の男性にチヤホヤされ、社会人になってもその状況はあまり変わらず、毎週いろいろな男性と都内の名店でデートをしていた。
そんな生活を送っていたので、まっすぐに告白してくる優也をひたすら“若い”と感じ、年下の男友達以上には考えられない。
もちろん告白はすぐに断った。
それでも優也は、めげずに何度も食事に誘ってくる。彼を可愛いな…とは思ったが、付き合うとかそういうことは考えていなかったのだ。
だが彼は思いもよらず、どんどんイイ男に成長していった。
ディナーでお互いが思ったこととは
3か月に1回位のペースで食事に行っていたが、彼はどんどん“大人の男”へと変わっていった。
まずは、お店選びだ。
当然だが私が興味のないお店には誘ってこなくなったし、予約困難店への誘いがあったときには驚いた。
「常連の先輩がどうしても行けなくなって…店側には話してもらっていて予約を譲ってもらったんです」
そう言う彼には、告白してきてくれた頃の若い面影は消えていた。身のこなしも堂々としてきて、ビジネスの成功体験が彼の自信につながっているのは間違いない。
そしてどうやら、複数の女の子とのデートも楽しんでいるようだった。
― いろいろと慣れてきたのね…。
そうしている間に私は私で、入行同期で、ずっと同僚として仲良くしていた男性と結婚を前提としたお付き合いへと発展。
驚いたが、付き合って3か月でプロポーズされたのだ。
彼と一緒にいると、じんわりとした温かさを感じる。だから、プロポーズを断る理由もなく私は“YES”と答えた。
間違いなくこれまでの人生で一番幸せな瞬間だったし、友人たちにも沢山祝福されたが、心にずっとひっかかっていることがある。
…それは優也のことだ。
だから今日、彼からの結婚祝いの食事の誘いを受けた。
だが食事が終わって、花束を渡されたときに確信したことは、たった一つだけ。
― 私が決めた結婚に、間違いはない。
私は彼にとって、永遠に”憧れの女性”でいたい。生活をともにする相手ではない。
彼とはこの関係でよかったのだと心底思ったのだ。これからもずっと友人なことに変わりはない。
◆
奈津さんとの久しぶりの食事は、あっという間だった。
新鮮な野菜をふんだんに使っているシェフの気まぐれサラダと、牛ヒレ肉のタリアータを食べる。そして赤ワインを飲みながら、トリュフのパスタを待った。
「最近は、どう?」
優しく聞いてくれる奈津さんは、やっぱり昔のままで、振り返ると僕ばかり話していたかもしれない。
奈津さんは、ふんわりと優しい空気で人を包み込んでくれるような、そんな雰囲気を持っている。結婚が決まったことが分かっているのに、やはり奈津さんっていいな…と思ってしまった。
それでも、仕事の話になると、どことなく噛み合わない。
僕は今、変化が激しい投資ファンドで働いている。一方で奈津さんとその夫となる人は日系の大手金融機関。身を置いている業界のスピードがあまりにも違う。それには少し寂しさを覚えた。
ただ、こういう噛み合わなさがなければ、諦められなかったかもしれない…。そう思うと、この噛み合わなさにも必然的に感謝の気持ちが芽生えた。
そんなことを感じつつも、やはり奈津さんとの食事はとても楽しかった。
「結婚おめでとう」のデザートプレートには、バナナのミルクレープとアイスをのせてもらったし、用意した花束を渡した際には、奈津さんは涙ぐんで喜んでくれた。
「またね!」
タクシーを呼び止めて、お互い別々のタクシーで帰宅。僕は、タクシーの中である子に連絡をしていた。
『ありがとう、気にかけてくれて。今度美味しいお肉でもどう?』
僕に「忙しそうだけど元気にしてる?」と連絡をくれていた、昔からの女友達だ。
「そんな気にかけてくれる子、そうそういないから。そういう子を大事にしなよ!」
食事中、奈津さんから言われた一言がなんとなく胸に引っかかっていた。
― 確かに、最近前ばかり見ていて、周りが見えていなかったのかもしれないな。
憧れの女性に言われた一言で自分を見つめ直すなんて、僕もまだまだだ。
恥ずかしく思いつつも、この子と食事に行くのを楽しみに働こう…と、自宅のある虎ノ門への短いタクシーでの帰り道に誓った。
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