日本では長く愛されている長寿番組「はじめてのおつかい」がこの4月からネットフリックス経由で海外向けに配信され始めた。海外視聴者の意外な反応とは(写真はイメージです)(写真:bee/PIXTA)

日本テレビが30年以上にわたって放送している「はじめてのおつかい」。2歳から6歳ぐらいの子どもが生まれて初めて1人でお使いに挑戦する様子をドキュメンタリー風に綴る長寿番組だ。

4月、ネットフリックスがこの番組をイギリスを含む海外で配信するようになった。筆者自身も以前にテレビで見たことがあり、改めてネットフリックスで視聴してみると、笑ったり、ほろっとしたり。感動させるツボを押さえた名番組であることを確認した。

ところが、イギリスでの反応を見ると、「可愛い」「泣いた」「はまってしまった」という声があると同時に、「困惑した」「奇妙」という今一歩の見方も少なくない。

日本とは異なる評価が出る事情を探った。

番組を見て「泣いた」、しかし…

はじめてのおつかい」は日本では3時間の特別番組になるが、英語版ではそれぞれが約15分の複数のエピソードにまとめられている。英語の番組名は「Old Enough」(直訳すれば、「〜できる年齢だ」の意味)で、番組名だけではすぐには内容がピンとこない。

それでも、いったん見始めると、アピール力が強いのは日英同様だった。イギリスの大手大衆紙で保守系のデイリー・メール(4月12日付)によると、「はじめてのおつかい」シリーズを見た視聴者の多くがツイッターで感動したことを伝え、「おすすめ」をしている。「これまでに見たネットフリックスの番組の中で、最高。どのエピソードを見ても泣いてしまう」。

別の人は「とってもキュート。子どもは大人が許す限りの能力を持っていると思う」とツイート。さらにこんな人も。「これまで見た中でも、最も奇妙な番組の1つ。でもすっかりはまった。子どもたちがすばらしい!どうやったら、あんなことができるの」。

一方で、「キュートだけど、子どもに仕事をさせるなんて、どうかしら」と疑問を投げかける声も。

また別の人は「これでもうネットフリックスは見ない」「子どもを大人であるかのように、独立した存在として扱うなんて。いったい、なんていう番組なのかしら」。

デイリー・メイルの記事の要点は、見出しに表れている。「日本のリアリティーショー、『はじめてのおつかい』がネットフリックスでヒット」「しかし、あなたは自分の幼児を1人で買い物に行かせますか?」と問いかける。「あなた」の部分が大文字になっており、「まさか、そんなことしませんよね」というニュアンスがにじみ出る。

左派リベラル系の新聞はどう評価?

左派リベラル系の新聞、ガーディアンの番組評(4月7日付)を見ると、見出しが「『はじめてのおつかい』:幼児を公共交通機関に置き去りにする、日本のテレビ番組」である。日本の視聴者からすれば、「そこ(に注目)ですか?」という突っ込みを入れたくなる見出しだろう。


ガーディアンで紹介された「はじめてのお使い」(写真:ガーディアンのホームページより)

ガーディアンの記者自身は、「はじめてのおつかい」の「ツボ」をよく心得ている。番組の魅力は子どもたちに自信を与えることであり、視聴者は小さな子どもが生まれてはじめてお使いに出た様子をはらはらしながら見守る。

無事お使いを果たした子どもたちが自信を持つ結末は「心温まるものだった」。はたしてお使いが成就するかどうかの「感情のローラーコースター」が「日本で根強いファンがいる理由なのだ」。ただし、「見るに値する、いい番組だったか」という問いには、「まあまあ」と自答している。

先のデイリー・メイルの記事も、ガーディアンの記事も見出しの中で「子ども(child)」ではなく、「幼児(toddler)」という言葉を使っている。よちよち歩きの小さな子どものイメージである。

政治的には正反対の2つの新聞だが、どちらも「親あるいはほかの保護者のつきそいなしに幼児を他者がいる空間に解き放つ」ことへの驚きがある。番組制作時には保護者との十全な打ち合わせ、入念な準備、子どもたちの通り道にいる大人が事情を心得ており、いざとなったら子どもを保護できる体制になっていることを知ってはいても、である。

地方紙マンチェスター・イブニング・ニュースの番組評(4月17日付)は、「イギリスの視聴者にとっては不思議に感じる」番組だ、という。というのも、「はじめてのおつかい」のように幼児が1人で交通機関を使ったり、市場に魚を買いに出かけたりはしない」からだ(番組では、実際には周囲に制作チームがいるので、完全に1人ではないにしても)。

「日本の子どもは小さなころから独り立ちを奨励される。これが文化の一部だ。日本では犯罪率が低いし、親は互いに面倒を見るという意味で同じコミュニティの人を信じるからだ」。

親が小学生の送り迎えをするイギリス

マンチェスター・イブニング・ニュースの記者が言うほど、日本で犯罪率が低いのか、あるいは地域社会内で互いに面倒を見ることがどれだけやられているのかについては、別の見方もあるかもしれない。

しかし、1990年代に発生した、2歳の少年が11歳の男の子2人に惨殺された事件を引き合いに出すまでもなく、幼児から小学生低学年までの子どもたちを大人の監視がないままにしておくことは「危ない」という危機意識がイギリスでは非常に強い。

子どもは、保護者・大人が守るべき対象であり、低年齢の子どもは外では保護者が付き添うのが一般的。筆者の自宅近辺にはいくつもの小学校があるが、平日の朝8時過ぎ、親たちは子どもたちを連れて小学校に向かう。授業は午後3時には終了するので、その時分になると、再び親が子どもを迎えに来る。

隣人のシベルさんとスザンナさんも毎朝8時30分、それぞれの子どもたちを連れて家を出て、学校に連れていく。スザンナさんは午前10時からスーパーで勤務し、シベルさんは自宅で働いている。スザンナさんは午後2時に仕事を終え、着替えてから、7歳の息子を迎えに学校まで行く。シベルさんも午後3時少し前には仕事を中断して、8歳の娘を迎えに行く。

保護者が学校までの送り迎えをする必要がある子どもの年齢は、法律で定められているわけではないが、子どもの人権擁護組織などは「8歳まで」を勧めており、多くの学校もこれにならう。

シベルさんによると、娘が通う小学校では「9歳になるまでは親の送り迎えが義務となっている」という。9時〜午後5時の会社勤務の親はどうするのかというと、朝は通常より早く子どもを連れていき、夕方は6時過ぎまで学校で預かってもらうことは可能だという。「ただ、通常の時間外になるから、その分、学校にお金を払わなければならないの」。

2歳から4歳ぐらいの子どもを1人でお使いに出す日本の番組の話をすると、シベルさんは「そういう設定は、イギリスでは考えられない」と目を丸くした。

イギリス版が制作されるとの報道も

近所の母親たちが8歳ぐらいまでの子どもたちを遊ばせている様子を観察すると、けっして子どもたちを1人にさせず、大人の目が届かないところには置かない。用事がある時はほかの母親たちに「見ててね」と言って互いに面倒を見てもらっている。

番組内容自体は感動ものだが、「幼児」を「1人でお使いに出す」習慣がないイギリスでは、「奇妙な」という感想が出てしまうものなのかもしれない。ただ、イギリス版の「はじめてのおつかい」が制作されるという報道が一部で出ており、どんな設定になるのか興味津々だ。

(小林 恭子 : ジャーナリスト)