気持ちがヘコんだときにも回復できる自己肯定感の高め方をご紹介します(写真:mits/PIXTA)

仕事や学習の成果に大きく関与する「自己肯定感」。昨今、教育界でも「自己肯定感」を育むことの大切さが声高に言われるようになった。ではどうやって自己肯定感は高めていけるのか。

『全米トップ校が教える自己肯定感の育て方』を刊行したスタンフォード大学オンラインハイスクール校長の星友啓さんに、気持ちがヘコんだときにも回復できる自己肯定感の高め方を聞いた。

普段はそんなにネガティブ思考でなくても、仕事や人間関係でヘコんでしまうことは誰でもよくあること。ヘコむことがあると、そればかりを考えてしまい、なかなか抜け出せなかたりすることも。そんなとき、ヘコみにくい強いメンタルを作りたいと思いますよね。

いいこともあれば、悪いこともある。人生は喜怒哀楽であるのなら、気持ちが「ヘコんでしまう」出来事が起こるのも、生きていることのあかしです。

また、大きな問題が起きて悩み込むほどではなくても、仕事で少しうまくいかなかったり、友人とちょっと気まずい状態になったりなど、現実が自分の思いにそぐわなかったり、他人と意見にへだたりを感じたりすることはごくごく日常茶飯事。

そうした日常のあり方を理解したうえで、どのようにすれば、求めるべき自己肯定感にたどり着くことができるのか? ヘコまされるような出来事に囲まれる毎日の中で、いかに前向きな自分を持ち続けていくことができるのか?

こうした疑問に1つの答えを出してくれるのが、その名も「自己肯定理論」(self-affirmation theory)です。

私の在籍するスタンフォード大学でも屈指の業績を誇る社会心理学者、クロード・スティール教授が提唱してから、さまざまな研究が積み重ねられてきました。

中心となる考えは、「ヘコみの外で自己肯定」することです。どういうことだと思いますか?

ディフェンス型の心の適応力にご用心

まずは、これまでの心理学で解き明かされてきた人間心理の基本的なメカニズムをいくつか見ていきましょう。1つ目は、人間の「心の適応力」です。

私たちの日々の生活は、多かれ少なかれ、大なり小なり、自分をヘコましてしまうような出来事であふれかえっています。

勉強や仕事で思うような成果が出ない。自分の目標に邪魔が入る。病気になる。自分の考えを覆すようなニュースを目にする。反対意見に出くわす。学校や仕事場で怒られる。友人や恋愛関係が思うようにいかない。家族関係がこじれる。

そうした自分の心に対する「脅威」に、なんとかうまく「適応」していくことで私たちは自分自身の心を保っているのです。

私たちの心の適応には代表的な2つのパターンがあります。1つは、心への脅威をそのまま受け入れ自分の態度や行動を改めるやり方。

例えば、健康診断の結果が思いのほか悪かったとき、自分の生活習慣を改善する。これは、「予測より悪い健康診断」という心の脅威をそのままに受け入れて、自分の生活態度や行動のほうを変える適応の仕方です。

もう1つは、自分の姿勢や行動は変えずに、脅威に対する自分の心もちを変えるやり方です。脅威をうまく解釈することで、迫りくる脅威から、自分の心を「ディフェンス」するやり方です。

例えば、受験や就職の面接で自分の満足する結果が得られなかったとき、今後の面接態度や面接への準備の仕方を変えるのではなく、「面接官との相性が悪かった」とか、「面接官の評価が誤っている」などと言い訳をする。

このやり方は自分の態度や行動を変えるのではなくて、自分の解釈を「歪曲」することで心に対する脅威を取り除いたり、和らげようとすものです。このように、現実をひん曲げてでも、ディフェンスしようとする心の傾きは極めて強く、これまでも心理学でさかんに研究されてきました。

「言い訳」とか「歪曲」などと言うと聞こえが悪いですが、こうした「ディフェンス型の心の適応力」は、自分の心を守るのに欠かせない能力でもあります。

目の前の不都合に対して、いつも自分の態度や行動を改めるのは難しい。それだけに、ときおり自分の心持ちを変えることで、迫り来る「脅威」に適応することも必要なのです。実際に、「ディフェンス型の心の適応力」があるおかげで、心や体の健康が保たれるということが、これまでの研究でも明らかになっています。

一方で、いつもいつも現実から視線をそらしていては、新しい学びに至ることができないのも事実です。

現実を受け入れて、これまでの自分の態度や行動をアップグレードしたり、新しいスキルや知識を身につけたりすることは私たちの人生で欠かせない成長のプロセスです。また、「ディフェンス型の心の適応」ばかりで現実を受け入れないでいれば、周りの環境や周りの人たちと折り合いが取れなくなってしまい、人間関係に悪影響を及ぼしてしまいます。

そして、なにより、長続きする自己肯定感は、お金やステータスなど、人との比較で得た自己肯定感ではなく、「現実の自分をありがたく思う」ことです。現実を受け入れられない状態では、到底たどり着くことはできません。

つまり、「ディフェンス型の心の適応」は人間の防衛本能の一部でありながら、そればかりに頼っていてはいけないのです。

それでは、どうしたら良いのか。それが自己肯定理論が提示するもう1つの心の適応力なのです。

いろいろな顔を持つ

もう1つの心の適応力を理解するのに重要なのが、私たち1人ひとりが、複数のいろんな「顔」を持っているということです。

例えば、私は2児の親であり、日本人であり、アメリカ永住者であり、学校の経営者であり、そして、ちょっとひょうきんな中年男性で、近所の仲間とマラソンクラブに所属しています。

職業などの社会的役割や、人間関係の中での役割。人種や文化的バックグラウンド。持っている目標や世界観や価値観。ひとりの人間でありながら、いろんな「顔」を持っており、私が意識している自分自身は、さまざまな分野の「顔」からなる複合体だと捉えることができます。

そして、自分をヘコませるような出来事が起きたとき、それは、自分の持つ「顔」のどれか特定のものに脅威を与えています。

「お父さん嫌い」と息子たちに言われたならば、それは家族の中での父親としての「顔」に対する脅威でしょう。一方で、学校にクレームをつけられてストレスになっているならば、それは、学校経営者としての「顔」に対するものかもしれません。

自己肯定の力はフレキシブル

自分の心への脅威、ディフェンス型の適応、そして、多面的な心の「顔」。これらを使って、自己肯定理論の本質「ヘコみの外で自己肯定する」を、言い換えると以下のようになります。

心への脅威は、多面的な自分の1つの「顔」に対するもので、ディフェンス型の心の適応を避けるには、ほかの「顔」で自己肯定するといい。

例えば、仕事でヘコむ問題が起きたとしましょう。そんなとき、家に帰って、いつもと変わらない子どもたちと触れ合う中で、また明日頑張ろうという気持ちが起きる。

自己肯定理論によれば、ここで「ディフェンス型の心の適応」をせず、「頑張ろう」と思えたのは、自分の仕事の「顔」が脅威にさらされても、親としての別の「顔」で自己肯定ができたからということになります。

こうした自己肯定のメカニズムは、スタンフォードのスティール教授が自己肯定理論を提唱してから、続々と研究が積み重ねられ、いくつもの新事実が明らかにされてきました。

中でも、自分の生活習慣と健康リスクは注目を集めた研究テーマの1つです。自分の生活習慣に健康リスクがあると示されても、すぐに行動に移して習慣を変えられる人たちは一握り。自分だけは大丈夫だとか、その情報が当てにならないとか、しばらくの間は大丈夫だとか。


いろんな「言い訳」で、自分の生活習慣を変えなくてもいいように納得しようとディフェンス型の心の適応が働いてしまいます。そういった心の歪曲を抑えるのにもヘコみの外の自己肯定が効果を発揮します。

例えば、自分の長所や信じている価値について自分の考えを改めて書き留めてみたりして、自分の価値観を確認する作業をすると、ポジティブに健康リスクを受け入れる確率が2倍になり、さらに、より長い間その健康リスクに注意して行動するようになると言われています。

つまり、健康リスクというヘコみの外で、いつもの自分を確認する作業をすることで、健康リスクのヘコみ自体とポジティブに向き合うことができるのです。そしてそのおかげで、本当に健康リスクを避けることができるのです。

(星 友啓 : スタンフォード大学・オンラインハイスクール校長)