「三崎QTTA駅」に変身した三崎口駅正面の駅名看板。ホームの看板も1カ所変更した(記者撮影)

東京都心と羽田空港や横浜・三浦半島方面を結ぶ京浜急行電鉄は、これまで人気キャラクターとのコラボレーション企画を次々と展開し、駅名をもじったデザインの看板を掲出することで注目を集めてきた。

例えば、2018年春の「リラックマ」とのコラボ企画では、京急久里浜駅を「京急リラッ久里浜駅」、大鳥居駅を「大キイロイ鳥居駅」、同年夏の漫画「北斗の拳」のキャンペーンでは、京急蒲田駅を「京急かぁまたたたたーっ駅」、県立大学駅を「北斗の拳立大学駅」などと、駅名看板上で“改名”して話題を呼んだ。

とくに京急百貨店がある上大岡は、リラックマで「上がお大岡駅」、北斗の拳で「上ラオウ岡駅」になったと思えば、2019年には「すみっコぐらし」との共同企画で「たぴおおおか駅」が誕生するなど、いじられやすい駅名と言える。

「三崎マグロ駅」がまた変身

一方、京急久里浜線の終着、三浦観光の玄関口となる三崎口駅では、2017年10月から改札外に「三崎マグロ駅」の駅名看板が掲げられている。こちらは企画乗車券「みさきまぐろきっぷ」のリニューアルがきっかけ。期間限定で掲出するはずだったが、評判がよかったことから、その後も駅正面を飾り、三崎漁港や城ヶ島などへの観光客を乗せた路線バスやオープントップバスの発車を見守ってきた。


三崎口駅正面の“通常”の駅名看板=2021年11月(記者撮影)


オープントップバスも発着する三崎口の駅前(記者撮影)

ところが、2022年3月、その三崎口駅の看板に異変が起きた。「三崎QTTA駅(みさきクッタえき)」の文字と、「マルちゃん」でおなじみ、東洋水産の即席カップ麺「QTTA」の商品画像のデザインに再変更された。登場するQTTAがシーフード味であることと、これまでもあったマグロのイラストで、三崎口駅らしさを引き続き表現しているようだ。

これはQTTAの発売5周年を記念して東洋水産と京急グループが3月14日から4月17日まで実施するキャンペーンの一環。三崎口・北品川・天空橋・京急川崎・京急久里浜の京急線5駅で、ホームにある駅名サインを1カ所ずつ特別仕様に変更するほか、車体側面と車内を装飾したラッピングトレインを運行したり、スタンプラリーを開催したりと、内容は多岐にわたって具だくさんだ。

三崎口・品川・上大岡では駅構内をQTTAの広告がジャックした。とくに品川駅では随所に俳優の香川照之さんの顔が大きくデザインされた広告が駅利用者に向けて「あなたも、クッタら、わかります!」などのメッセージを放ち、ドラマ「半沢直樹」を思い起こさせる強烈な印象を与えている。香川さんは2020年9月からQTTAの“戦略担当常務”を務めている。


品川駅を東洋水産・QTTAの広告がジャックした(記者撮影)


天空橋駅に登場した「天QTTA橋」の駅名サイン(記者撮影)

キャンペーンの舞台は鉄道だけでない。グループの流通部門では、京急ストア・もとまちユニオンで、1会計でQTTAを3点購入するとオリジナルデザインの「お箸」の特典を付ける。さらに、東洋水産の商品を対象にしたポイントボーナスを同時開催する。

京急グッズショップ「おとどけいきゅう」と、セブンーイレブン京急ST店・京急ストアの一部店舗では駅名看板をデザインしたグッズを販売する。

今回の企画の大きな特徴は、リラックマ、北斗の拳などのキャラクターでなく食品メーカーの商品を主役にしたコラボという点だ。企業がPRをしたい商品の認知度向上だけでなく、京急にとっても、グループ会社のスーパーマーケットなど流通事業の売り上げへの波及効果が期待できる。

コラボ企画の効果は?

京急電鉄営業企画課の森山千里さんは東洋水産とのコラボのきっかけについて「当社は電車のラッピングで広告を入れてもらったり、京急ストアは商品の仕入れなどの取引があったりと、もともとつながりがあったが、グループで取り組んだほうが多角的にPRを展開できると考えた」と明かす。


「北斗の拳」とコラボした京急蒲田駅の駅名看板=2018年8月(記者撮影)

装飾を施した駅名看板は、北斗の拳のコラボなどで話題になり「鉄道の現場からも『今度は何やるの?』と興味を持ってもらえていることが後押しになっている」(森山さん)という。京急社内では受け入れられやすい土壌があるが、食品メーカーとのコラボはこれまでになかった。

京急ストア営業計画部マネジャーの武石和馬さんは「京急は沿線にいろいろな施設があるのでグループ全体で取り組めるのが強みになっている。足並みを揃えて、日々バイヤーたちが信頼を積み重ねている取引先との企画をやっていきたい」と力を込める。


左から京急ストア武石和馬さん、高橋享二さん、伊藤健治さん、京急電鉄森山千里さん。北品川駅で(記者撮影)

仕入れを担当する社員はどう受け止めているのか。商品部第3グループマネジャーの高橋享二さんは「キャンペーン開始以降、カップラーメン全体の売り上げが前年同期に比べ1.2〜1.3倍に増えた。あれだけ駅で大々的にやっていると帰りに店舗で商品を手に取ってしまうのでは」と話す。バイヤーの伊藤健治さんも「商談でほかのメーカーさんを回っていても、結構ざわついている。今回の成功を軸にもっと展開していきたい」と手応えを感じているようだった。

京急は3月7日のニュースリリースで、キャンペーンの目的を「東洋水産が、冷凍鮪輸出を生業に創業したほか、本社が品川駅近くにあるなど、まぐろで有名な三浦半島と品川を結ぶ京急電鉄と親和性が高いことから実現したコラボレーションで、『食品×交通×流通』の各方面から沿線を面(麺)でジャックすることで、沿線地域の更なる活性化を図る」と説明している。


天空橋駅を発車するラッピングトレイン(記者撮影)

東洋水産の本社所在地は「東京都港区港南」で、京急がシナガワグース(旧ホテルパシフィック東京)跡地を再開発する、品川駅高輪口(西口)の反対の港南口側にある。

もとは1953年、築地市場で「横須賀水産」として創業した。「マルちゃん」マークは1962年、即席麺市場への本格参入にあたって「美味しさや楽しさ、幸せをお届けしたい」との願いを込め誕生したといい、1986年に現在のデザインとなった。

東洋水産も「手応え」

1978年に登場した「赤いきつねうどん」は当初「熱いきつねうどん」のネーミングで発売予定だったという。その2年後に「緑のたぬき天そば」がデビューした。武田鉄矢さんが赤いきつねの発売当初からCMに登場し「同じ俳優を起用したTVCMを、最も長い間放映し続けている商品」としてギネス世界記録に認定されたことがある。


QTTA戦略担当常務の香川照之さんをデザインした品川駅の広告と京急グループの担当者たち(記者撮影)

こうしたロングセラー商品と比較すると5周年のQTTAは成長の余地が大きい。

東洋水産CSR広報部の担当者は「MARUCHAN QTTAが発売してから5周年を迎えるため、対象アイテムに選びました。今回のキャンペーンを通して、手応えを感じており、商品の実績も好調に推移しています」とコメントした。

大手私鉄の多くはグループ内にスーパーマーケットなどの流通事業を持っている。新型コロナウイルスの感染拡大局面では、移動需要の減少で苦戦する鉄道に対し、巣ごもり消費を追い風にした流通の健闘が目立った。スーパーは食品を中心に幅広い分野のメーカーとのつながりがある。グループ内の連携強化で、駅や車両を活用したキャンペーン展開の可能性が広がりそうだ。


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今回の京急のコラボ企画はこれまでに培った「駅名もじり」のノウハウを生かして、鉄道の広告収入だけでなくグループの流通事業の売り上げにも寄与する例になったと言える。京急電鉄の森山さんも今後について「流通に限らずグループ全体を巻き込んでやっていきたい」と強調する。

通常、駅名看板は広告として商品化していないというが、「旅客誘致につながるキャンペーンであればぜひご相談させていただきたい」と話す。今後はグループ内外のさまざまな企業との組み合わせで、駅名をもじった大喜利のような展開がこれまで以上に期待できるかもしれない。

(橋村 季真 : 東洋経済 記者)