タワマン妻たちのマウント合戦を、ブログに綴る女。その赤裸々な内容は…
いまや私たちの日常に溶け込んでいるSNS。
InstagramやYouTube、Twitterなど、とても便利で面白いツールだが…。
そこには、とんでもない“ヤバイ世界”が潜んでいる可能性も。
SNSの沼にハマった女たちに待ち受ける衝撃の事件と、その結末は…?
▶前回:「話がある」と、交際1年半の彼がいつになく真剣な様子。プロポーズを期待する女だったが…
タワマン妻の日常をブログに書く女〜佳恵(30)の場合〜【前編】
『今日も遅くなりそうだから、夕飯はいらないよ』
「……もっと早く連絡してよ」
時刻は、すでに19時半をまわっている。盛り付けまで終わった夫の夕飯に慣れた手つきでラップをかけ、冷蔵庫にそっとしまった。
同い年で内科医の夫と2人。かねてより憧れていた赤坂のタワーマンションの25階に引っ越してきてから、もう1年が経った。
はじめは、夜景を眺めながら2人でシャンパンを楽しんだりと、タワマン暮らしを優雅に満喫していた。
しかし、引っ越しから約2ヶ月経った頃、彼がコロナ病棟に異動することになり、私たちの生活は一変した。
彼はあまりの激務で帰宅が遅くなり、病院に泊まり込む日もある。
家の中で顔を合わせることがめっきり減ってしまい、ここ数ヶ月間は、ひとりで黙々と夕飯を食べるのが日常だ。
ふたりで食事をしていた頃は、話し好きの彼がいつも私を笑わせてくれた。
彼はがさつな一面があり、脱いだ服やカバンをリビングのソファに置きっぱなしにするし、片付けも苦手。子どもっぽくてかなり手を焼く。
でも、今はそんな日々を愛おしく感じる。
「寂しいなぁ」
生活感がほとんどなくなり、がらんとしたリビングを見てぽつり呟く。
今年で結婚3年目。そろそろ子どものことだって真剣に考えたい。
あれこれ将来のことに頭を悩ませていると、テーブルに置いたスマホのホーム画面が光った。LINEの通知だ。
『貴子:来週の水曜日の12時、ランチどう?』
『里美:お誘いありがとうございます。参加させていただきます!』
『貴子:佳恵さんももちろん参加よね?』
有無を言わせぬ物言いに、イラっとした。
私は『はい、ぜひ参加させていただきます!』と返事をし、再び盛大なため息をつく。
このお誘いは、タワマンに引っ越してきてからの、夫以外のもうひとつの“厄介事”である。
水曜12時のランチ会がスタート。佳恵が“厄介事”と思っている理由は…
約束の、水曜日の12時過ぎ。地獄のランチ会がスタートした。
場所は、マンション内に併設されたイタリアン。
私をこの会に誘った相手は、同じマンションの最上階・27階に住む35歳の専業主婦・貴子さんと、その一つ下の階に住み、大手広告代理店でプロデューサーをしている32歳・里美さんだ。
貴子さんの夫は、IT系の上場ベンチャーを経営し、里美さんの夫は有名なグラフィックデザイナー。2人ともハイスぺ男子との結婚に成功した、生粋のタワマン妻だ。
彼女たちとワインで乾杯をするとすぐに、里美さんが一冊の雑誌をカバンから取り出した。
「実は、今月の広告専門の雑誌に、私が手掛けたCMがいくつか載ってるんです」
そう言って、該当のページをパラパラとめくっては見せつけてくる。
「すごい!里美さんって、本当に有名なCMをたくさん作っているのねぇ」
そう言って、貴子さんはじっくり読みながら、優雅に微笑む。
「いえいえ、全然。私なんてまだまだですよ」
謙遜しつつも、里美さんは満足そうに照れ笑いを浮かべる。
― またお決まりの“マウント合戦”ですか。わざわざ自分が載ってる雑誌を持ってきて、なに言ってんだか…。
私は心の中で毒を吐く。
彼女たちとの出会いは、引っ越してきてから半年が経った頃。マンション内のラウンジで偶然鉢合わせ、声を掛けられたのがはじまりだ。
それ以来、タワマン妻たちが集う会に誘われるようになった。
貴子さんと里美さんは、マンションに住む奥様たちに片っ端から声を掛け、自分たちの会に引き込んでいるようだった。
タワマン妻たちとの付き合いは、映画やドラマの世界を体験しているようで、はじめは新鮮さを感じて楽しかった。
しかし、その会話の内容はほとんど、子どもや仕事の自慢話か、住民の悪口、そして噂話。次第に、タワマン妻同士のマウントの取り合いに辟易するようになった。
2人は私のことを『呼べば来る暇人』とでも思っているのか、毎回しつこく誘ってくる。実際、私の仕事は週3日勤務の派遣で事務職、しかもリモートワークと、時間には余裕がある。
とはいえ、この会へのお誘いは私にとってストレスでしかない。断りたい日もあるのだが…。
「そういえば、2302号室の岡田さん、退去されたらしいわね」
そう言って、貴子さんは不敵な笑みを浮かべる。
「そうみたいですね。まあ、あんなふしだらな“不倫妻”、このマンションに相応しくないですよね」
里美さんもそれに同調し、ニヤリと笑う。
2302号室の以前の住人だった岡田さんは、息子の通う幼稚園の先生と不倫をしているという噂が流れていた。おそらく、マンションに居づらくなって退去したのだろう。
実のところ、不倫の確たる証拠があったわけではなかった。しかし、さも本当のことのように噂を流した張本人こそ、貴子さんをはじめとするこの会のメンバーだ。
貴子さんも里美さんも、とんでもないスピーカーだから、よからぬ噂が立てば一瞬でマンション内に広まってしまう。
とくに貴子さんは、なぜかここに暮らす人たちの情報を掌握しており、タワマン妻のカーストトップに君臨する。
― 単純に、人付き合いの悪い岡田さんを気にくわなかっただけじゃない。
心の中ではそう思っていたが、彼女たちに逆らうことなど到底できない。私も岡田さんのように、このマンションから追い出されてしまう。
「そういえば、佳恵さんはまだ子ども作らないの?」
貴子さんが、プロシュートをつまみながら私に話しかける。
私はその言葉に、どきっとした。
「佳恵さんは私と違って時間があるんだから、そろそろ子ども作れば良いのに」
里美さんもうんうんと深く頷きながら、悪気など微塵もないような笑顔で嫌味を言ってくる。
「私は、欲しいと思ってるんですけど…。夫が忙しくて、なかなか妊活する時間が取れないんです」
そう言って私は、愛想笑いを浮かべる。
「佳恵さんのご主人、勤務医さんですものねぇ。私の兄は開業医だから、時間に融通が利くようだけど…そうはいかないわよね」
そう言って、貴子さんは同意を求めるように里美さんと目線を合わせる。そして、2人して「大変ね〜」と困ったように笑った。
その姿を見て、私は無性に腹が立った。
― 幹久だって大病院で働く優秀な医師よ!勤務医だからってバカにして…。
私は、残り少ないワインを一気に飲み干し、なんとか心を落ち着かせるのだった。
ランチ会から帰宅した佳恵が、こっそりと自室で行っていたこと
ランチ会の後、家に帰った私はすぐに自室に入り、PCを開いた。
『彼女たちには本当に、うんざり。あ〜あ、夢のタワマンだったのになぁ。あの2人さえいなければ、最高の暮らしなのに……』
カタカタカタと、タイピング音が自室に響く。
彼女たちとの一連のランチ会の愚痴を書き連ね、私は勢いよくエンターキーを押した。
「……よし。投稿完了!」
私は最近、ブログを開設した。目的は、日ごろのストレスの発散だ。
マンション内で感じたイライラやモヤモヤを、ネット上に思う存分吐き出している。
このブログはリアルの友達にも、もちろんマンション内の誰にも教えていない。ただ、うっぷんを晴らすためだけのツールだ。
しかし、最近はこのブログに楽しさを見出し始めた。というのも、コメントを読むとさらに気持ちがスッキリするからだ。
『他の住人を退去に追い込むなんて…とんでもない話ですね。いつか罰が当たりますよ!』
『タワマンに住む奥様のバトルって本当にあるんですね…。日々、お疲れさまです。とても面白いので、更新楽しみです』
ブログを開設してから約2ヶ月。少しずつではあるが、宣伝やアフィリエイト目的以外の、まともなコメントがつき始めている。
その事実が、照れくさくも、嬉しく感じた。
モチベーションが上がった私は、1週間に1回だった記事の更新を、ここ最近は3日に1回の頻度で行うようになっている。
今までは悪口の殴り書き状態だったが、話の起承転結や、文字の大きさ、色、絵文字の使いどころなどを工夫し、誰かに読んでもらうということを強く意識して書くようにもなった。
なかでも、とくに好評だったのが「イラスト」だ。
内容をわかりやすく解説するために、主要人物をデフォルメ化した似顔絵や、貴子さんや里美さんとのやりとりを1コマ漫画のようにしてアップ。
それがユーザーに刺さったのか、PV数は1,000を超え、カテゴリランキングでも100位以内にランクインするようになった。
ストレス発散ができるだけでなく、共感してくれる読者がいることを心強く感じた。
― もっと、タワマン妻ストーリーのリアルを楽しんでもらいたい!
今まで、成果を問われるような仕事をしたことがなかった私は、人生で初めての“やりがい”を感じていた。
貴子さんと里美さんとのあのランチ会から、4日後の日曜日。
この日も貴子さんに誘われ、マンション近くのカフェに来ていた。
「それでねぇ、うちは夫が青山だから、息子も青山学院初等部でいいかなと思ってたんだけど、塾の先生には慶応を狙ったほうが良いんじゃないかって言われてるのよ〜どう思う?」
― でた! “うちの息子優秀すぎて困っちゃう”アピール! これはブログのネタに使えるわ。
以前まではイライラしながら聞いていた自慢話だけれど、ネタ探しだと思うと苦ではなくなっていた。
私がケーキをつまみながら笑顔で相槌を打っていると、息を切らしながら1人の女性がやってきた。
「もぉ〜麻耶ちゃん遅いわよぉ」
「お待たせしちゃってごめんなさい! 発送作業とか色々やってたら遅くなっちゃって…」
ふわふわのボブヘアに、アイボリーのワンピースを着た小柄な女性。24階に住む、麻耶ちゃんだ。
今年で27歳と、タワマン妻たちのなかでもダントツの若さを誇る彼女は、ECショップでハンドメイドアクセサリーを販売する仕事をしており、夫は出版社に勤務しているそう。
身に着けているもの、発言からセレブ妻といった感じはなく、うちのマンションには珍しい“中流家庭”である。
どうやら、彼女の実家がかなり裕福だそうで、両親が結婚祝いにとあのマンションを買ってくれたらしい。
「今ね、貴子さんの息子さんの小学校受験の話をしてたの」
「わぁ、そうなんですね。貴子さんの息子さん、すごく賢い子なんですもんね。きっと貴子さんに似たんですね!」
私の隣の席にちょこんと座り、麻耶ちゃんは小さく手を叩いて微笑んだ。
彼女は人の悪口を一切言わず、気も利いて、いつも場の空気を良くしてくれる。ただ…。
― なんか、時々すごく癪に障るのよね。
あからさまなマウントを取ってくる貴子さんや里美さんと違って、内側からにじみ出る生粋のお嬢様オーラ。
余裕のある彼女の立ち振る舞いは、妙に私を苛立たせた。
― そろそろ貴子さん里美さんシリーズも飽きられてきただろうから…次は、麻耶ちゃん編を書いてみようかな。こういう、裏がありそうな子の話はウケが良さそう…。
ニコニコと話す麻耶ちゃんの横顔を見つめながら、私は頭の中でシナリオを考えるのだった。
▶前回:「話がある」と、交際1年半の彼がいつになく真剣な様子。プロポーズを期待する女だったが…
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“良い子ちゃん”なお嬢様の麻耶をネタにした佳恵だったが…