マウンティング。

本来は動物が「相手よりも自分が優位であること」を示そうとする行為のことを言う。

しかし最近、残念ながら人間界にもマウンティングが蔓延っているのだ。

それらを制裁すべく現れたのが、財閥の創業一族で現在はIT関連会社を経営する、一条元(はじめ)。通称・ジェームズだ。

マウンティング・ポリスとも呼ばれる彼が、今日戦う相手とは…?

▶前回:顔やスペックで友人を選んでいた35歳の独身女。しかし裏では、彼らから“残酷な評価”が下されていて…




「ジェームズ〜。聞いたよ?この前また、蓮と楽しいことしたらしいじゃん」

日本橋にある『acá(アカ)』で、コハダのボカディージョを堪能していた僕。すると隣に座っていた瑛太が、楽しそうに僕を小突いてきた。

「え?何の話だっけ」
「またまた〜」

『acá(アカ)』は、京都に出店していた頃からお気に入りで、よく通っていた店。

特に、この“スペインの国民食”と称されるボカディージョは、何度食べても飽きない。トマトを練り込んだ自家製バゲットに、食欲をそそるニンニクの香りたっぷりのオリーブオイル…。

「これ、永遠に食べられるよね」

男2人。カウンター席に横並びで座って、美味しさにうんうんと唸る。ただ僕たち以外は皆カップルで来ていて、なんだか少し浮いていた。

「ねぇ瑛太。なんで僕たちっていつも男同士なの?そろそろ僕も、デート相手とかと来たいんだけど」
「いいじゃん、楽しいんだから」
「まぁ、そうだけどさ…」

すると急に、瑛太がニヤリと笑った。

「そういえば!ジェームズに相談があるんだけど」

…やっぱり今回もまた、マウンティング・ポリスの出動要請だった。


今回、ジェームズのもとに出動要請があったのは…?


Case6:夫の年収マウンティング女/通報者・里美(32)の悩み


女は、どうして格付けをしたがるのだろうか?

友達の真理絵とは24歳のときに女子会で出会い、それ以来、親友と呼べるくらいに仲良くなった。

20代の頃はほぼ毎晩、一緒に食事会へ参加。1日に何軒もハシゴすることもあり、あれは「私たちの青春だった」と言っても、過言ではないと思う。

そしてお互い、食事会で出会った人と29歳で婚約。30歳で結婚した。

2人とも、どんな人と結婚したのかも知っている。それに同じようなタイミングでの入籍だったため、結婚後も私たちの仲は変わることなく順調だと思っていた。

…しかし最近、真理絵と会うのが憂鬱でたまらない。

「里美。勝手にお店決めちゃってごめんね!このお店で、大丈夫だったかな?」
「えっ、どういうこと?」
「いや、里美的にはちょっと高い店だったかなと思って…」

そう言われ、周囲を見渡してからメニューに視線を落とす。

1人あたり7,000円はする、高級ホテルのアフタヌーンティー。これくらい私にだって払えるけれど、毎回彼女は私の懐具合を探ってくる。

そして遠回しに、私の夫の年収(800万)をバカにしてくるのだ。




「全然大丈夫だよ(笑)」
「よかった〜♡厳しければ言ってね。せっかく一緒にいるのに、里美だけに無理させたくないから」

真理絵の夫は、華やかな外資系投資銀行に勤めていて“相当稼いでいらっしゃる”みたいだ。

一方、我が家の夫・照史は中規模の広告代理店勤務。

結婚が決まったとき、彼女はとても喜んでくれているように見えた。けれども結婚後、何かにつけて夫の年収を比べてくるようになったのだ。

「本当はね、春休みを取って夫婦でハワイに行く予定だったんだけど。こんな状況だしキャンセルしちゃった…。里美はどこか行かないの?」

まつ毛に綺麗なカールがかかった目でまばたきして、真理絵が悪気なく尋ねてくる。

「うちは国内かな。だけど照史も私も、今は仕事が忙しくて休みが取れないし…。しばらくは厳しそう」
「そっかぁ、日系企業って大変だよね!その点、外資は休みも多いからいいんだよね」

彼女はとにかく、夫のことが大好きでたまらないようだ。

「でも里美って、結局はお金じゃなかったってことだよね。あの当時、私たちの周りって経営者とか外資系ばかりだったのに、照史くんに落ち着くなんて…。いい人だけどさ」

照史は、とっても素敵な夫だと思う。でも真理絵の言う通り、当時遊んでいた相手は華やかな人ばかりで、お金持ちも多かった。

でも私はそんなギラギラした人たちよりも、一緒にいて落ち着ける優しい人を選んだ。その選択に後悔はない。

「里美が幸せならそれでいいんだけど。周りはみんな、なんだかんだいって成功者と結婚したよね。しかも里美はいまだにガッツリ働いてるんでしょ?すごいなぁ、尊敬しちゃう♡」

絶対に、私のことを尊敬なんてしていないだろう。

彼女は結婚して早々に、仕事を辞めた。

そして今は、本人曰く“ライフスタイルアドバイザー”という謎の肩書を持っている(が、実際は悠々自適にただ遊んでいるだけだ)。

「でも生活のために必死に働くんじゃなくて、自分が輝くために仕事をするっていうスタンスのほうが、女は幸せだと思うんだ」
「それができたらいいんだけどね」
「でも照史くんを支えていて、すごいよ。私なんて夫のお金使いまくってるのに」

相づちを打つのも、疲れてきた。

「先月も美容代に10万くらい使っちゃって。でも私が綺麗なほうが、夫も嬉しいはずだからいいよね?それに私がいくら使おうが、たぶん気にもしてないんだと思うの」
「へぇ、いいね」

いつもなら美味しいはずのスコーンが、今日は口の中でパサついていた。


“夫の年収”でマウントを取ってくる女に、制裁が…!


夫が高年収=自分に価値がある、なんてことはない


瑛太さんに“夫の年収マウンティング”について相談してから、1週間後。

彼に呼び出された私は、真理絵とともに虎ノ門にある会員制レストランへ向かっていた。

「こちら、ジェームズね」

瑛太さんの隣には、まるで王子様かと見紛うほど顔面偏差値の高いイケメンが座っている。

― これが噂のジェームズさんか!

まるで芸能人にでも会ったような気分になったが、横に座っている真理絵は、私以上に目を輝かせている。

「こちら、僕の友達の里美ちゃん。そしてお隣が…」
「真理絵です♡」

イケメン2人を前にして、彼女は相当ご満悦なようだ。そして食事が始まるやいなや、さっそく夫たちのことに話題が切り替わった。

「そういえば里美ちゃん。旦那さんは元気?」
「うん、おかげさまで。相変わらずポケ〜ッとしてるけど(笑)」
「この前相談してた、相続の土地の件はどうなった?大丈夫?」

瑛太さんとの会話に、真理絵がピクッと反応する。

「土地…?」
「そうそう。照史くん、不動産関連も含めて相続で大変みたいでさ」

わざわざ言うことでもないと思って黙っていたけれど、実は照史は東京出身のお坊ちゃんで、土地などの相続がいろいろと大変らしい。

これに対し、彼女は何か言いたげな表情で顔を真っ赤にしている。

「へぇ、そうなんだ。不動産…」

正直、私はこれが制裁なのかと思っていた。しかしお会計のとき、私はこの会の真意を知ったのだ。




「え〜っと、合計38万だから…。1人9万弱かな?」
「ペアリングにしたもんね」

― わ!結構掛かったなぁ。さすが会員制レストラン。

しっかりお酒も飲んで、美味しいものを食べたのは全員同じ。だから素直に支払おうとした、そのときだった。

「え…?それって、私も払うんですか?」

真理絵の機嫌が、明らかに悪くなっている。当然のことながら、彼らが支払ってくれると思っていたのだろう。ただ残念ながら、誰も「奢ってもらえる会だ」とは一言も言っていない。

そして瑛太さんがニヤついている。このとき、私は悟った。

「あ、ごめん。さすがにこの額は厳しいか。里美ちゃんは大丈夫?」
「うん。だって私、自分で稼いだお金だし。どう使おうが文句は言われないから」

たしかに照史の年収は、真理絵の夫と比較したら低いかもしれない。けれど私だって働いているから、自由に外食できるし、買いたい物があれば自分で買える。

そのためにも、頑張って働いているのだ。

「真理絵ちゃんは一度、旦那さんに確認する?ごめんね。先に言っておけばよかったね」

ジェームズさんの言葉に、彼女はトドメをくらったらしい。

「いえ、大丈夫です…。ただ男性と一緒だし、ご馳走してもらえると思っていたので…」
「そっか、ごめん!僕たちの周りにいる女性って、自立していて頑張ってる人が多いから。その感覚に慣れちゃってた」

瑛太さんもジェームズさんも、普段だったら女性陣にお財布を出させることはしない。

けれども今回は“自分で稼いだお金”を使って、高級店で食事する。そのことが、いかに価値があることなのかを伝えてくれたのだ。

「結婚しても、他人は他人。自分の力で生きている里美ちゃんは、カッコイイと思うよ」

夫の年収が高い=偉いだなんて、そんなことは間違っている。

可愛げはないかもしれないけど、私は夫に頼らずとも自分で生きていける力を身につけたいと、改めて思った。

その後、真理絵が私に夫の年収でマウントを取ってくることはなくなり、スッキリとした気持ちで毎日を過ごせるようになったのだ。

▶前回:顔やスペックで友人を選んでいた35歳の独身女。しかし裏では、彼らから“残酷な評価”が下されていて…

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ハイブランドのアイテムで、マウントを取る女たち