『嫉妬こそ生きる力だ』

ある作家は、そんな名言を残した。

でも、東京という、常に青天井を見させられるこの地には、そんな風に綺麗に気持ちを整理できない女たちがいる。

そして、”嫉妬”という感情は女たちをどこまでも突き動かす。

ときに、制御不能な域にまで…。

静かに蠢きはじめる、女の狂気。

覗き見する覚悟は、…できましたか?

▶前回:「どなたか弁護士紹介してくれませんか?」女がSNSに意味深な投稿をした、恐ろしい理由




置き去りにする女


若さは、正義だ。

「奈々子ちゃんって言うの?めっちゃ可愛いよね」
「そんな、私なんて…」

さらさらの髪の毛、ハリのある肌、全身から漂う瑞々しさ。女の私ですら、見入ってしまう。

「いくつ?」
「今年25歳になります」

広告代理店勤務という男は、ずっと奈々子にロックオンしたまま。私になんて、見向きもしない。…なんなら、体ごと奈々子に向いている。

別に、もともと結婚になんて興味なかった。仕事のためだけに生きてきた。

けれど去年、父親が病死。母親が毎日寂しそうにしている姿を見て、心変わりした。急に、パートナーという存在が欲しくなってしまった。

そして、すぐさま婚活を開始したのだが…。

全くもってうまくいかず、私は焦ってしまったのだ。普段だったら絶対に断るであろう、一回りも下の彼女が主宰する食事会にも、のこのこやってきてしまうくらいに。

― …それにしても、奈々子には配慮というものがないのだろうか?

この場に一人浮いている私をほったらかして、自分は食事会を楽しんでいるなんて、礼儀がなっていない。

喋る相手もいなければ、大して食欲をそそる料理があるわけでもない…。

手持ち無沙汰な、惨めな私…。

そんなふうに暇を持て余してしまったせいか、奈々子に対する負の感情だけが、どんどん膨れ上がっていき…

食事会が終わるころには、妙な決心みたいなものが芽生えてしまった。

― …あの子に、わからせてあげなくちゃ。…自分の立場というものを。


食事会でモテなかった37歳の女が、25歳の女にあり得ない腹いせを実行する…


私は、新入社員のころからずっと大手製薬会社で働いている。

最初は縁もゆかりもない大分に配属され、MRの仕事からはじめた。その後、福島や愛媛など全国津々浦々を転々とし、32歳のときようやく念願だったマーケティング部に配属されたのだ。

いわゆる結婚適齢期がどんどん過ぎていくというのに、当時の私は全く結婚に興味を持てず、ひたすらに仕事に邁進した。

楽しくてしかたなかったのだ。

おかげで、36歳にして最年少で課長に昇進。白金台に7,000万円の中古マンションを購入。私は人生を謳歌していた。

そんな矢先に、奈々子と知り合った。

彼女もまた、うちの社員でMRとして仕事をしている。

「私もマーケティング部で働きたいんです!本っ当に、憧れなんです!!」

目をキラキラさせながら私のことを見つめてきたときは、可愛らしい子だなと思った。

東京に配属されただけラッキーだと思うが、入社3年目の彼女が本社に配属されるのはまだまだ先のことだろう。

「頑張ってね!」と適当にいなしていたのだが、彼女のマーケティング部へ志願する熱量はかなりのもので、人脈作りのつもりなのか、定期的に私にコンタクトしては飲みに誘ってくるようになった。

「どうやったら、マーケティング部に早く行けるんですかね?」
「お仕事って、どんな感じですか?どんなことやるんですか?」

若く熱量のある子に、憧れられるのは悪くない。

彼女から誘いを受けるたびに、飲みに連れて行ったのだが、さすがMRとして東京に配属されるだけはある。なかなかの人心掌握術で、次第に彼女と仲良くなってしまったのだ。

そして、つい口を滑らせてしまった。

「私、最近婚活はじめてさ…」

奈々子は一瞬フリーズしたけれども、「だったら、食事会開きますね!」と明るく私を誘ってくれたのだ。

私だって、最初からわかっていた。12歳年下の子と参加する食事会。自分にどれだけハンディキャップがあるか。

でも、奈々子は良かれと思って誘ってくれている。それに、もしかしたら良い出会いがあるかもしれない。

軽はずみで、私はその場へと赴いてしまったのだ。




「奈々子ちゃん、絶対モテるよね?」
「え〜、全然です。私1年彼氏いないんです〜」
「そっか、じゃあ俺彼氏に立候補していい?」
「え〜、…本気で言ってくれてます?」

けれど、私はここで初めて気づいた。

奈々子は普段はとても気が使える子なのに、目当ての男がいると、周りが見えなくなる。

ずっと奈々子をロックオンしている広告代理店勤務の男を、奈々子もまた悪くないと思っているようだ。

私のために開いてくれたはずの食事会だというのに、私が一番にイイと思った男との会話に夢中になったまま、私のことはほったらかし。

そんな彼女を見ていると、邪悪なものに心が支配された。

― 若いだけの、女が…。

…負け犬の遠吠えと思われるだろうか?お門違いだと思われるだろうか?

だけど、そんなこと、知ったこっちゃない。

腸が煮えくり返ってしまったのだから、しょうがない。何かアクションを起こさないことには、この怒りは収まらない。

そして、私はあることを思いついた。


37歳の女が思いついた、一回り下の後輩へ残酷な仕打ち


「この前の食事会、…どうでした?」

後日、奈々子は恐る恐る私に聞いてきた。自分の犯した失態に、少しは自覚があるのだろう。

「楽しかったよ、ありがとう」

だけど私は、本当のことは言わない。

「よかったー。私も普通に楽しんじゃったから、先輩どうだったかな〜って、ちょっと後で不安になったんですよ〜」

一 安心している様子の奈々子を見て、ふと子供の頃を思い出す。

『大人になるとね、誰も注意してくれなくなるのよ。だから子供のうちに、ちゃんと親からの注意には耳を傾けなさい』

母親がよく、私に言って聞かせた言葉だ。

この言葉が30年越しに、身に染みる。大人になると、誰も本当のことを言わなくなる。

「そんなことよりさ、マーケティング部に来たいんだよね?」
「はい」
「じゃあさ、今日飲みに行かない?」
「いいですけど、何でですか?」
「マーケティング部の人事部長と飲みに行くんだけど、よかったらどう?ここだけの話、人事権あるかなり偉い人よ」
「え〜!!行きます!!行きます!!絶対行きます!」


コンプライアンス


「沢田部長、お待たせしました」

沢田に指定された店に奈々子を連れていくと、沢田部長はわかりやすく鼻の下を伸ばした。

「部長、若い子と飲みたいっていうから、マーケティング部希望している子連れてきましたよ」
「いや〜最年少課長、さすが仕事ができるね〜」

沢田は、意味ありげに私に視線を投げかける。

「あ、首都圏でMRしています。私、すっごくマーケティング部に行きたいんです、今日はよろしくお願いします!」
「沢田部長、人事権あるからしっかり営業しておきな〜」
「はい!今日はセッティングして頂いてありがとうございます!めっちゃ嬉しいです!」

そして、しばらくして私は一人帰宅した。

沢田と奈々子を残して…。

「え、先輩もう帰っちゃうんですか?」
「まだ仕事残ってるからね、楽しんで。部長、お先失礼します」

私が個室を出るその瞬間。沢田が奈々子との距離をぐっと縮めたことを、見逃さなかった。




沢田部長には、人事権がある。それは本当だ。

けれど、たかだか3年目のMRをマーケティング部に異動させるわけがない。

「マーケティング部に来たいんだよね?」
「はい!」
「そうかそうか」
「部長は人事権がおありなんですよね?」
「そうだね〜」
「ぜひ、来年にでも異動させてくださいっ!」
「ふふっ、まあまずは飲もう」

ここは渋谷、円山町。

店を出てすぐに広がる、ネオン街。

どんなにコンプライアンスが盛んに叫ばれようが、弱みを握られた人間は声を上げない。上げられない。

― 奈々子、これだけは覚えておいて。大人はね、本当のことを言わないの。

こそこそと暖簾をくぐる男女を横目に、私は清々しい気持ちで帰路についた。

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清純派女優として活躍する友人に嫉妬した女が、とんでもない方法で彼女を貶める…。