スッピンをバカにした男を、見返すために垢抜けた女。態度を豹変させた男にLINEでした復讐
「変わってやる!」
そう思った瞬間から、人生はアップデートされていく。
10年前の恋愛の傷から、着飾ることをやめノーメイクで生きてきた春野菜月(29)。
そんな彼女が、変わることを決意したら―?
◆これまでのあらすじ
菜月は、ロンドン留学中に男から受けた傷のせいで、化粧やおしゃれをせずに生きてきた。
しかしある夜、親友の茜の知り合いの男から、突然ひどい言葉を浴びせられ…。
「あれ、自分で思ったよりもいい…」
鏡の前で、菜月はポカンと口を開けた。
男の言葉が悔しくてメイクをしてみたら、思っていたよりもサマになった。トニーといた20歳そこらのときより、ずっと綺麗だ。
変身した自分を見て、菜月は思う。
― これでちょっと、あの男を見返したいかも。本当は綺麗なんだって思わせたい…!
菜月は思い切って、茜にメッセージを送った。
<ねえ、さっきの最低な男と、食事会したい>
<食事会!?あんなこと言われたのに?>
返信を見て、驚かれても無理ないわ、とひとり苦笑いをした。
トニーと別れ、ふさぎこんでからいつのまにか10年もの時間が経つ。その間、茜に食事会のセッティングを頼んだことは一度だってなかったのだ。
でも、とにかくあの失礼な男を見返したい…その一心だった。
茜は突然のリクエストを不思議がりながらも、食事会をすぐにとりつけてくれた。
◆
翌週、男との食事会の日がやってきた。失礼な言葉で傷ついた心は、まだ屈辱で痛みが残っている。
― 今日あいつを見返したら、もうこの件はスッキリ忘れよう!
メガネを外し洗面台の脇に置いて、新調したクレ・ド・ポーの下地を手に取る。今夜のためにこの1週間で、化粧品を揃え、ワンピースも買った。
YouTubeを参考にしながら、慎重にメイクを仕上げる。最後に赤いワンピースに身を包んで、家を出た。
待ち合わせの外苑前に着くと、改札を抜けたところにすでに茜が立っている。近づいていっても、茜はボーッと改札の奥を見ていた。
「茜?お待たせ」
声をかけて初めて、茜は菜月の方に顔を向ける。
「…ほえ?」
気の抜けた声を出した茜は、数秒沈黙したあと「菜月!?」と目を見開いて、少しよろけた。
「菜月!?気づかなかった!一体どうしたの!」
親友の茜は、待ち合わせ前に、菜月をあるところに連れて行く
「印象全然違うんだけど!」
茜はひとしきりはしゃいだあと、ふと腕時計に目をやり「…ちょっと来て」と、菜月の手を引いて歩き出した。
連れてこられたのは、女子トイレだった。茜はプラダの鞄から、小さなコテを取り出して微笑む。
「あのね。髪、ちょっと巻いていい?」
― あ、髪か。すっかり忘れてた…。
服とメイクで頭がいっぱいで、髪はブラッシングしただけで出てきてしまったのだ。コテを持ち歩いている茜に感服しながら、手を合わせる。
「さすが茜。ありがとう」
「ねえ、私わかったよ。…見返したいんでしょ?」
「…バレた?」
さすがは大学時代からの親友。考えていることはお見通しだ。
「見返したくもなるよね。だって、あの日の大翔(ひろと)さん、かなり最低だったもん」
大翔さん──それが男の名前だった。
「ね…、茜。実は私、あれからすごく落ち込んだの。なんだか自分に自信がなくなったのよ」
茜は小さく頷きながら、手際よくコテを動かす。
「茜、くだらないことに付き合わせてごめんね。でも、どうしても見返したいの」
「うん。手伝う。大翔さん、モテるからって調子に乗ってるから。ギャフンと言わせよ!」
「へえ。結構モテるんだ」
なんとなく言うと、茜は早口になって言った。
「結構なんてもんじゃないのよ。そうだ、『紺野大翔』で検索してみて?」
言われるがまま検索すると、すぐにいくつもの検索結果がヒットした。トップは、有名ビジネス誌のインタビュー記事だ。
【新進気鋭の経営者・紺野大翔に聞く、AI×語学習得の未来】
「え…大翔さんって、何者なの?」
「経営者。英語学習アプリを立ち上げて一躍有名になったんだよ」
Instagramを覗くと、フォロワーが1.3万人もいた。彼の英語学習のアプリは、2年前からかなり流行しているようだ。
呆気にとられていると、茜が「ヘアメイク完成」と言って肩をポンと叩く。そして少し背をかがめて、菜月の頬に顔を寄せた。
「本当に綺麗、菜月。私、ずっと言ってたでしょう?本気出したら、私よりずっと綺麗だって。嬉しいなあ」
得意げに笑う茜は「行こっか」とウキウキした様子で歩き出した。
「ああ、経営者なのか…緊張してきた」
元々友人が多くない菜月にとって、経営者と食事に行くというのは初めての経験だった。思わずこわばった背中を、茜にポンと叩かれる。
「なーに言ってんの。経営者は経営者でも、菜月にあんなこと言ったサイテーな男だよ?緊張するような大したヤツじゃないでしょ?」
変身した菜月の姿を見た、大翔の反応は?
指定されていたのは、創作和食のお店だった。
個室に通されると、すでに大翔と、もう一人の男性が座っている。
「どうも。ようこそ」
大翔が微笑んだ。
その笑顔に、菜月の心臓はバクバク鳴り出す。あの日の冷たい目を思い出したのだ。
しかしあの夜と違って、大翔は優しそうな、紳士的な雰囲気を醸し出していた。
「こんばんは」
菜月は必死に余裕を装い、堂々と目を合わせた。
「春野菜月と言います。1週間ぶりですね。よろしくお願いします」
その途端、大翔の表情が固まる。
「あ、あれ?もしかして先週…お会いした方…ですか?」
首を傾げながら眉間にしわを寄せた大翔。
「そうです」
彼の切れ長の目が、小さく上下に動いた。
見定めるように数秒間菜月を見たあと、困りきったように額に手を当てる。
「参ったな…。確かに先週の子だ…でも、雰囲気が全然違う」
大翔は急に身を乗り出した。
「先週は、失礼なことを言ってすみませんでした。その分も、今日は絶対に楽しませます」
まさか会って早々、こんなに簡単に謝られるとは。あまりにもあからさまな態度に菜月はたじろいだが、茜は満足げに言った。
「大翔さん、後悔したでしょ?」
その後の食事会での大翔の態度は、思惑通りだった。なにかと菜月と話をしたがり、菜月の方ばかりを見る。
そんな大翔の様子を見て、茜は、経営者仲間であるというもう一人の男性と親交を深め始めた。
食事を終えて店を出た後、茜はその男性とどこかへ消えていった。その途端、大翔が菜月に寄り添ってきて、耳打ちする。
「ねえ菜月ちゃん。今度は、ふたりで会いませんか?」
菜月は、逃げるように一歩下がった。それからまっすぐに大翔を見上げ、口を開いた。
「ふたりで会うのは、ごめんなさい。今日は本当にごちそうさまでした」
丁寧に、深いお辞儀をした。
大翔は残念そうな表情を浮かべ、「じゃあ、連絡先だけ教えてよ」と微笑んだ。
少しためらったが、最悪ブロックすればいい。そう考えてLINEを交換する。
「では、失礼します。ありがとうございました」
大翔を置いて、すがすがしい気持ちで青山通りを歩く。少し寒さの和らいだ、春の予感がする夜だった。
二子玉川の自宅マンションにつくと、ソファに沈み込んだ。
なんだか気分がすこぶる良い。
大好きなウエスト・サイド・ストーリーの『I Feel Pretty』をスピーカーから流し、鼻歌を歌った。
大翔の、後悔したような顔。それを見たら、1週間抱えてきたモヤモヤが晴れた。
その時、さっそく大翔から連絡が来た。
「菜月ちゃん、今日はありがとう。また会えないかな?」
そのメッセージを既読状態にしたあと、トークルームごと消去した。
― スッキリした!もう仕返しは終わり。これ以上は、時間のムダだしね。
スマホを伏せて置くが、再び通知音が鳴る。
大翔からの2通目のメッセージだった。
「え…?」
そこに書かれていた言葉に、菜月の心は大きく揺らぐのだった。
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大翔が送ってきたLINEの内容とは?