同じ会社、同じ部署。そこで働く、27歳・同い年の美女ふたり。

世渡り上手のあざとい女子と、真面目過ぎて融通が利かない女子。

彼女たちは見た目から性格、そして行動まで、何もかもが“正反対”なのだ。

そんなふたりが恋に落ちたのは、同じ会社のイケメン次期社長!?

美女ふたりからアプローチを受ける御曹司は、一体どちらの女性を選ぶのか。

◆これまでのあらすじ

御曹司というステータスだけで、英琉のことを狙う紗良。一方、はじめからまったくと言っていいほど、彼のことに興味を示さない七瀬。そんなふたりが、英琉に対して感情の変化を見せ始める。

▶前回:本命チョコをライバルに食べられた…。それでも、あざとい女子が優越を感じられた“ある作戦”とは?




Vol.4 僕の心の中にいるのは…


バレンタインから5日たった、土曜日の夜。

「ねえ、英琉!いるのっ?」

そう言いながら、僕の返事を待たずに部屋のドアを開けてきたのは、2歳上の姉・華英(はなえ)だった。

そのうしろには、5歳になったばかりの姪が走ってあとをついてくる。

父の会社で働き始めた僕は、一人暮らしをしていた中目黒のマンションを引き払って、渋谷区・松濤にある実家に帰ってきた。それからというもの、姉と姪は、頻繁に実家に遊びにくるようになったのだ。

「ねえ、えいる!チョコは〜?どこにあるの?」

最近、ますます姉に似た口ぶりで話すようになった姪は、目をキラキラさせながら部屋中を見まわす。

― チョコか…。今年は1個しかもらってないな。

しかも、そのたった1個のチョコも、もらったその日のうちに同じ部署の女性社員・長谷川七瀬と食べてしまった。

そういえば、去年のバレンタインは、たくさんのチョコをもらった記憶がある。

前に勤めていた会社を退職するタイミングだったし、送別の意味もあったのだろう。有名なショコラティエの店のものや、詰め合わせになったもの、なかには手作りのものまであった。

たくさんのチョコは通勤用の鞄には収まらず、営業部が外回りの資料を入れるために使う縦長の手提げ袋を2枚もらって、何とか持って帰ることができたほどだ。

それらは到底、自分ひとりでは食べきれなかったので、姉と姪を呼びだして一緒に食べたのだった。

「ごめんごめん。今年はチョコはないんだよ」
「えー!えいる、イケメンなのにモテないんだね。ザンネンだね、かわいそう…」

口ではそう言いながらも、姪はわかりやすくガッカリした顔をしている。

― ていうか、女の子って、まだ5歳なのにこんなこと言うのか。すごいな…。

「そうだよ、モテないんだよ。ごめんな」
「そういえば、英琉って最後に彼女がいたのいつだった?もうずいぶん前だよね。まわりにいい子いないわけ?」

姉にこう聞かれて僕の頭に思い浮かんだのは、ある1人の女性のことだった。


英琉が好意を寄せる女性とは…?


時はさかのぼること、1年ほど前。

僕には、好意を寄せる女性がいた。ピアノ講師をしている、3歳下の由衣だ。

彼女と出会ったのは、オーケストラのコンサート会場。演奏終了後、フルート奏者として出演する友人と楽屋で話をしているときに、由衣が花束を持ってやってきたのだった。

僕の友人と由衣はフランスの音楽学校時代からの付き合いだそうで、大学卒業後にフランス留学をしていた僕とも共通の話題で盛り上がった。

僕らはすぐに親しくなると、毎日のようにLINEのやり取りをしたり、2人で食事に出かけたりするようになったのだった。

お互いにフランス映画が好きで、その魅力について語り合えることも、2人の距離をグッと近づけた。

「英琉の名前って、フランス語だと“Aile(エイル)”でしょ?“翼”とか“羽”って意味があるんだよね。行動力があって、いろいろなことに挑戦している英琉にピッタリだね」

「そうかな、ありがとう。本当は、“翼”って名前にしようって父が言っていたらしいんだけど、母がフランス語が堪能で“エイル”になったんだ」

僕の名前は「変わっているね」と言われることが多く、実は…あまり好きではなかった。

だが、由衣からこんなふうに褒められると、急に自分の名前が誇らしく思えるようになった。それと同時に、いつの間にか彼女を好きになっていたことに気がついたのだった。



しかし、それから2週間。

由衣からの連絡が、パタリと途絶えてしまった。

― 僕たち、いい感じだと思っていたのにどうして…。




『パリにきています』

彼女からLINEが届いたのは、さらに2週間がたってからだった。

ピアノの勉強を再開するために、ふたたび留学したのだという。

― どっちが“翼”だよ。由衣のほうが、よっぽど行動力があるじゃないか。

何の相談もなく、ひとりでパリに行ってしまった由衣に対して、こんなふうに心のなかで軽くぼやく。

ただ、この出来事がきっかけで思い切りのよさがあり、ひたむきに夢を追いかける彼女を尊敬したし、好きだと思う気持ちがますます大きくなったのも事実だ。

幸いにも当時勤めていた会社では、海外の菓子類の買いつけをするバイヤーの仕事をしていて、パリに出張することが年に何度かあった。

だから僕は、多少無理をしてでもスケジュールを調整して、彼女と会っていた。そして、次に渡仏するときは、由衣に気持ちを伝えようと決めていたのだ。



『お父さんが入院することになったから、帰国したらできるだけ早く顔を見せにきて』

母から久しぶりの連絡をもらったとき、僕はパリにいた。

「英琉?どうしたの?」

ラグジュアリーで洗練された雰囲気がある、サンジェルマン・デ・プレ地区の東側にあるカフェ。そのテラス席で向かい合って座る由衣は、風になびく黒髪を手で押さえながら、心配そうな顔を向けてくる。

「あ、うん。母から連絡があって。…父が倒れたらしい」

父の体調不良は、初期の脳梗塞によるものだった。

異変に気づくのが早かったため、大事には至らないということだ。

「私のことはいいから。すぐに飛行機の予約を取り直して、帰国の準備をして!」
「ありがとう、いや…ごめん!必ず、また会いにくるよ」

そう言って由衣と別れた僕は、夕方にはシャルル・ド・ゴール空港発・羽田空港行きのフライトに搭乗。帰国後、すぐに病院へ向かった。


想い人に気持ちを告げずに帰国した英琉は…


父は、1週間の入院と点滴・投薬治療で日常生活に戻ることができた。

けれど、頭部のCTとMRIの検査で、本人も気がつかなかった過去の脳梗塞の痕跡があることを医師から告げられると、すっかり気が弱ってしまった。

「まさか、2回目の脳梗塞とはな…。英琉、私が元気でいられるあいだに、うちの会社に入ってくれないか?」

父からこう告げられると考えたくはないが、“もしものとき”が頭をよぎった。それで僕は、今の仕事を辞めて父の会社で働く決意を固めたのだった。



しばらくは、さまざまな部署を渡り歩いて、慣れない仕事と人間関係に疲弊する毎日が続いた。

気がつけば、由衣とのLINEのやり取りも次第に減っていった。

もちろん、彼女に会いに行く余裕などない。どちらからともなく、次の話題を切り出すことがなくなると、僕たちはそれっきりになってしまった。






ある日、両親から見合い話を持ちかけられた。

会社の跡取りである僕に、早いうちに身を固めて仕事に専念するようにということだろう。

相手の女性は、父が昔から親しくしている商社の役員のお嬢さんだそうで、写真を見せてもらうと、ふんわりとした優しそうな笑顔が印象的だった。

ただ、それ以上に気持ちが動かなかったのは、思いを告げずに終わってしまった由衣のことがあるからだ。

― 素敵な人なんだろうけど、僕はやっぱり…。

実を言うと、この見合い話以外にも友人から女性を紹介されることがあったり、同じ部署で働く社員から食事に誘われたりすることもあった。

ここ最近だと、広報部のなかでも美人で知られる村上紗良と長谷川七瀬というふたりの女性と一緒に仕事をすることが増えて、確かに素敵だなとは思った。

しかし、今のところほかの社員と同様にただの同僚の域を超えることはない。

最後に会ったパリのカフェで、パン・オ・ショコラを美味しそうに頬張っていた由衣。

彼女は今、どうしているのだろうか。

『由衣、久しぶり。元気ですか?』

由衣のことが無性に気になった僕は、約半年ぶりに彼女へLINEを送っていたのだった。

▶前回:本命チョコをライバルに食べられた…。それでも、あざとい女子が優越を感じられた“ある作戦”とは?

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過去の恋を引きずる英琉と、彼に対して気持ちが動き始める紗良と七瀬…