地方の地味女がインスタセレブ美女に変貌。彼女を変えた理由とは
見栄と承認欲求で作りあげられたインターネットの世界。
ここでは誰もが『なりたい自分』になれる。
ハイブランドで全身を包み、華やかな日々をSNSに公開していた謎の女・カレン。
そんな彼女が、突然、この世を去った――
死によって炙り出される『彼女の本当の姿』とは…?
◆これまでのあらすじ
突然この世から去った謎の女・カレン。彼女の形見分けを遺族からお願いされた玲香は、遺品の中から携帯電話を見つける。その中にはカレンの本名と本当の年齢が記載されていた。カレンの知人と思われる人物・小夜子に連絡を取ると…。
Chapter.5 彼女のついた嘘の意味
小夜子は表参道の『CICADA』へ玲香を案内してくれた。
場所柄、クリニックの同僚たちと何度も訪れたことのある、ヨーロピアンコロニアル様式の地中海料理のお店。
馴染みある店だが、玲香は失礼のないよう大げさに感動してみせる。
「すごいー!おしゃれなお店ですね!」
「ありがとう。青山支社に勤めているとき、ランチでよく使っていたのよ」
小夜子は優しく微笑んだ。
この店には、当時同僚だったカレンこと中田房子とも一緒に訪れたことがあるという。
「カレ…いや、房子さんとはどのくらい一緒に働いていたんですか?」
「2年ほどかしらね…。彼女、最初はパートで入ってきたの。そのうち契約社員になったんだけど、1年で契約更新せずに辞めちゃった。2017年頃かな」
料理が運ばれてきてからも、「素直で明るい子だった」「働き者で真面目だった」と小夜子の思い出話は止まらない。彼女がカレンに対して抱いている印象に玲香はびっくりしていた。
「意外です。私の知る彼女は、どちらかと言うと派手な遊び人で…」
これ以上言うと悪口になる手前で、玲香は口をつぐんだ。
「派手?まさか」
小夜子はパスタを食べる口元を隠して笑った。
「ずっとガラケーだったし、むしろ倹約家だったかな。昔、貧乏だったんですって。だから、ブランドのトートバッグが浮いていて印象に残っていたの。それも地元の彼氏に買ってもらったって言っていて」
カレンの過去を垣間見た玲香。さらに深掘りしようとして…
「地元?」
「山梨だって言っていた気がするけど」
初めて判明した恋人の存在に、玲香の胸は鼓動する。
「彼氏、ということは、恋人がいたんですね…」
「でも、上京のきっかけが失恋だそうだから、別れていると思う」
カレンの知られざる過去を知った興奮もあったが、別の理由でも玲香の胸は高鳴っていた。
山梨は、玲香にもゆかりの深い地域なのだ。玲香の父親の地元であり、祖父母や伯父の家があるなど、身近に感じる場所である。
カレンにはあまりいい感情を持っていなかったが、一つの共通点で妙に親近感がわいてしまう自分がいた。
「その彼、ってどういう人だったのかわかりますか」
「さぁ。どうせ知らない人だもの。無理やり探るのも失礼だしね」
小夜子の言葉には自分への注意も含まれているような気がして、玲香はそれ以上尋ねるのをやめた。確かに質問ばかりしすぎたと反省する。
だがその甲斐あってカレンの素顔に一歩近づいたことは収穫であった。その上、遺品の中で最後まで残ってしまうだろうと踏んでいた少々時代遅れなデザインのバッグを、小夜子は喜んで持っていってくれたのだ。
「ありがとうございました。ランチもご馳走さまでした」
ランチ後、店の外で小夜子にお礼をした玲香はすぐにタクシーに乗りこむ。向かう先は、成城にある実家だ。
ここ数日はカレンの部屋に居座っていたため、久々の帰宅。なぜかその日は、家に帰らなければという意識が働いた。
山梨出身の父から、何かわかることがあるかもしれない…。
根拠なき予感に胸騒ぎがする。だが、それはまったく別の虫の知らせだった。
◆
家に帰ると、加賀がいた。玲香の父とともにゴルフに行ってきたようで、その帰りに家に上がって休んでいたのだ。
「ただいま」
「あ…」
気まずさで互いに何の言葉も出ない。
彼が父とゴルフに行くとは聞いていない。以前、誘いを断った手前、言い出しにくかったのかもしれないが。
「今日は友達と夜まで遊びに行くんじゃなかったのか」
「ランチをしてきただけ。それに友達じゃないし」
玲香が加賀に目配せするも、彼は目を合わせてこなかった。せっかく会えたのだから、これからデートでもしようと思ったのに。
「丁度いい。これから3人で食事にでも行こうか」
「え、パパも一緒なの?」
思わず本音を漏らすと、父親はガハハと殿様のように笑った。
「加賀君の家に入り浸っているのに、やはり2人がいいのか。仕方ないなぁ」
ここ最近玲香が家を空けることが多いのは、加賀の所に行っているからだと父親は勘違いしているようだ。
― ヤバっ…。
父親の満足気な様子が救いだったが、加賀の視線に玲香は狼狽する。
形見分けの件はまだ加賀には話していない。何と説明しようかと焦っていると、彼は優しい目で玲香を見つめ、手を握るのだった。
「すみません道重先生。じゃあ、僕たちはここで」
玲香が無断外泊の理由を明かすと、恋人の反応は…
加賀が運転するアウディの助手席で、玲香は心をはずませながら、カレンの件を説明した。
「形見分けね。新しい彼氏でもできたと思ったよ」
ハンドルを握り、首都高を走らせる彼の横顔は相変わらず端正で見惚れてしまう。しかも彼は医師だ。その奇跡のような存在は、例え頻繁に会えずとも玲香の心を彼から離れがたくさせている。
「そんなこと言わないでよ。私には加賀さんだけ」
玲香は上目遣いで彼の顔を覗いた。会えぬ申し訳なさなのか、どこかその目は寂しげに見える。
「そのマンション、行ってみたいな。今からいい?」
「え…」
突然の申し出に玲香は絶句した。このまま彼の住む東雲のマンションで、久々にお泊りできると思っていたのに…。
「大丈夫。長居はしないから」
いたずらに笑う申し出を断る理由はなかった。ただ、加賀の言葉がにわかに玲香の心を沈ませる。
― 来るなら長居、してほしいのにな。
医療関係者だから仕方ない、玲香はそう考えることにした。
◆
マンションの窓の外には夜景と東京タワーがビルの隙間に見える。
その艶やかな光は、ただでさえラグジュアリーなこの部屋を更に高貴に演出していた。
「ワインでも飲む?」
加賀がリビングの大きなソファに座り、玲香がセラーを開けると、彼は当然のように「車だよ」と笑う。
玲香が諦めてインスタントコーヒーを用意していると、彼は物珍しそうにその姿を見つめていた。
「…なに?」
「なんだか自分の家みたいね。本当にその女性と『ただの知り合い』だったの?」
「本当よ。数回しか会ってないの」
「それでよくこんな責任重大なこと、引き受けられるね」
加賀の素直な問いに、玲香も正直に答えた。
「哀れみからくる好奇心よ」
「哀れみ…」
「彼女のご家族が死因も理由も教えてくれないのよ。言わないってことは…想像できるでしょ?こんなスゴイ生活をしていた人に何があったのか不思議で…超かわいそうじゃない?」
玲香は饒舌になっていた。
気がつくと、今までに知りえたカレンのことや、SNSの派手な生活ぶりまで、何もかもペラペラと彼に喋っている。
加賀はそれを黙って聞いていたが、ふいに口を開いた。
「なんか、ゴシップ記者みたいだね」
静かな部屋に低い声が響く。顔は笑っているが、彼の目はどこか玲香を軽蔑しているように見えた。
「そうかな…」
「そっとしておいてあげれば?」
もっともなことだった。墓場を暴くような非常識なことを自分はしている。彼の言葉は、玲香の心を強くえぐり、その後何も言えなくなった。
「…」
こわばる玲香の表情に、加賀は焦った様子で口元を押さえ、立ち上がった。
「明日早いし、帰るね」
「…なら、何か持って行って。この部屋に来たら遺品を持ち帰るのが決まりだから!」
帰らないで、とは言えず、引き留めのための出まかせを言う。
こだわりの強い彼は悩んで、もう少し一緒にいる時間を稼げると思ったのだ。
だが、彼はさして悩むことなく、目の前にあったジミー チュウのロングウォレットを手にとった。
「じゃあ、これ」
スタッズが単に目を引いたからだろうか―。
シンプル志向の彼らしくないチョイスが、玲香の心を痛めつけた。
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