マウンティング。

本来は動物が「相手よりも自分が優位であること」を示そうとする行為のことを言う。

しかし最近、残念ながら人間界にもマウンティングが蔓延っているのだ。

それらを制裁すべく現れたのが、財閥の創業一族で現在はIT関連会社を経営する、一条元(はじめ)。通称・ジェームズだ。

マウンティング・ポリスとも呼ばれる彼が、今日戦う相手とは…?

▶前回:結婚4年目。夫婦で幸せに暮らしているはずの34歳妻が、友人に会った際に覚えた違和感とは




最近、僕の周りが騒がしい。なぜなら裏でこっそり“マウンティング・ポリス”と呼ばれているらしく、やたらと友人からの相談を受けることが増えたから。

「ジェームズ、ただでさえ有名人なのに大変だね〜」

友人の瑛太が、リッツの『ザ・ロビーラウンジ』でアイスティーを飲みながら笑っている。

「でもいいじゃん。可愛いあだ名で」
「いやいや。可愛さとか求めてないし、僕は平和に暮らしたいだけなのにさ…」

そんなふうに2人、笑い合っているときだった。テーブルの上に置いてあった瑛太のスマホに、一通の通知が入ったのだ。

それを見た彼は、なぜかニヤニヤしている。

「ほらキタ。ジェームズ、出番だよ?」
「出番?」

なんだか嫌な予感しかしない。

…そして結局、今回もまたマウンティングの成敗に駆り出されることになってしまったのである。


今回ジェームズが依頼を受けたのは、最低な学歴マウンティング男で…?


Case4:学歴マウンティング男/通報者・葵(28)の場合


「葵ちゃん〜。ここの数字間違ってるよ?」

昼下がりのオフィス。リモートワークで顔を合わせることがなくなりホッとしていたのに、運悪く今日は上司の野上さんに遭遇してしまった。

彼は40歳くらいだろうか。見た目に気を使っているのか、筋トレを欠かさないらしい。

今日もその体型を誇示するかのような、体にピッタリとフィットした縦ストライプのスーツ。さらにピカピカに磨き上げられた革靴を履いている。

「あれ?本当だ…。すみません、すぐに訂正します」

ミスをしたのは私だから仕方ない。けれども毎回、野上さんは一言多いのだ。

「はぁ。これだから中途半端な大学を出ている人は…」
「す、すみません」

彼の下についたのは、今から3年前のこと。配属の日、野上さんは開口一番、私にこう聞いた。

「大学、どこ?」
「えっ、出身大学ですか?地方の国立大ですが…」
「ふふ。そうなんだ」

そのとき、野上さんがひそかに笑った気がした。けれどもその嫌な予感は的中し、以来、微妙な嫌味を言われることが続いている。




ちなみに本人は泣く子も黙る、天下の慶應大学出身だ。

とても優秀だと思うし、素晴らしい大学だと思う。尊敬している慶應出身者もたくさんいるし、私なんて逆立ちしても入れないとも思っている。

ただ、とにかく彼の自尊心を満たしてくれるのは「慶應を出たという事実」それだけだったようだ。

「慶應卒って、色眼鏡で見られることが多くてさ」
「優秀ですもんね」
「いやいや。実際は違うんだけどね?慶應卒と言っても、いろんな人がいるわけで。東大にも負けてるしね」

謙遜しているのか何なのか、よくわからなかった。ただとにかく地方国立大学出身の私を、小馬鹿にしていることだけは確かである。

「でも地方の国立大で、この会社に入った人って珍しくない?」
「そうですね、あまりいないかもしれないです」
「うちの会社って結構、派閥とかあるでしょ。葵ちゃん大丈夫?基本的に東大か一流国立大卒、もしくは最低限でも早慶しかいないから大変だよね…」

そもそも相手にすること自体が面倒くさい。そう思って無視を決めているけれど、上司である以上は完全に突き放すこともできない。

ただ彼は地方出身。一浪の末に慶應へ入学し、なんとか大学デビューを決めたという噂を聞いたことがある。

だからなのか、とにかく彼は人を大学名で判断する“学歴マウンティング男”だったのだ。


マウンティングを仕掛けてくる男に対し、予想外のスカッと制裁が…!


日本のTOP。でも世界では…?


瑛太さんにLINEを送った2週間後。

私はジェームズさんと瑛太さん。そしてもう1人、これまた高身長で迫力のある蓮さんという、謎のイケメン3人衆と共に会社の会議室にいた。

「皆さん、お忙しいのにすみません…」
「いやいや。楽しそうだからいいじゃん」

やたらと嬉しそうな瑛太さん。

ジェームズさんとは初対面だったけれど、噂以上のイケメンだ。綺麗なスカイブルー色をした瞳は思わず吸い込まれそうなほどで、ハッと息をのんだ。

そして蓮さんも、まるで雑誌から出てきたかと思うほどスタイル抜群の塩顔イケメン。この3人なら、モデルでもなんでもなれるんじゃないかと思ってしまう。

そんな彼らと軽く雑談をしていると、そこにようやく野上さんがやってきた。

「遅くなってすみません。…って皆様、何だかすごい迫力ですね」

野上さんも筋トレをしているとはいえ、この3人を前にすると背も小さくて、なんだか子犬のように見える。

「じゃあそろそろ本題に…」

野上さんが、そう言いかけたときだった。

「ゴメンナサイ。僕、日本語ニガテなので英語でイイデスカ?」




ジェームズのカタコトの発言に、思わず目が点になる。「大嘘じゃん!」と心の中で思いながらも、うっかり笑いそうになってしまった。

「OK。じゃあ野上さん、私たちもゲストの皆様に合わせて英語でいきましょう」
「え?あ、はい…」
「野上さん、どうされました?」
「いや、何でもないです」

結局ここから、イケメン3人衆と私は英語で話し始めたのだが、さっきから野上さんは何も発しない。

「でも葵ちゃんの英語は、本当に綺麗だね。ビジネスでもまったく問題ないし、さすがだよ」

ジェームズさんの発言に、私は思わず頬を赤らめる。

「一応、学生時代にロンドンのほうへ長期留学もしていたので…」
「葵ちゃんは仕事ができるね。素晴らしい」

私の嬉しそうな反応を見て妙に悔しそうにしている野上さんは、何か言わなければと思ったのか急に話に割り込んできた。

「皆様、英語がお上手ですね…」
「あぁ。僕たち3人、大学まであっちだったので」
「あっち?」

瑛太さんの言葉に、野上さんがピクリと反応する。

「はい。僕とジェームズはカリフォルニア。そして蓮は東のほうです」
「すごいですね」

すると、ジェームズさんが首を横に振る。

「いやいや。僕の大学なんて全然ですよ」

しかし何を勘違いしたのか、この「全然ですよ」に対して、急に野上さんが嬉しそうな顔になった。

― あぁ、やめとけばいいのに。

そう思ったけれど、私はあえて野上さんをそのまま泳がしてみた。

「へぇ。どちらの大学なんですか?」
「僕ですか?僕はUC Berkeleyで、瑛太がUCLAかな」
「…す、すごいですね」
「いえいえ。“全然”すごくないですよ。ちなみに蓮はハーバードなんです。ね?僕たちの大学なんて“全然”でしょ?」

野上さんが、ぐうの音も出なかったのは言うまでもない。

結局何の打ち合わせだったのかもよくわからぬまま、わざわざオフィスまで来てくれたイケメン3人衆は小1時間ほどで颯爽と去っていった。

「あの…!!ありがとうございました」
「ううん。学歴なんて、ただの肩書にすぎないって証明しに来ただけだから」

ちなみに3人がビルを出る際、受付の女性たちも含めて赤坂のオフィスが色めきだっていた。しばらく話題は彼らのことで持ちきりだったのは、言うまでもない。

そしてこの日以来、野上さんが学歴マウンティングしてくることはなくなったのだ。

― ありがとう、マウンティング・ポリス!!

鬱陶しい上司からの嫌味もなくなった今、私は晴れ晴れとした気持ちでとても楽しく仕事ができている。

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知り合いマウンティングをしてくる女