コロナ禍「リモート恋愛もどき」にハマるアラフォー女子2人。人に言えないお金の使い方とは
いつの間にかアラフォーになっていた私。
後悔はしていないけど、なにかが違う。
自分とは違う境遇の他人を見て、そう感じることが増えてきた。
キャリアや幸せな結婚を手に入れるために、捨てたのは何だっただろう。
私のこれからって、どうなっていくんだろう。
これは揺れ動き、葛藤するアラフォー女子たちの物語。
◆これまでのあらすじ
毎晩12時になるとタイ人の恋人とのビデオ通話に興じる桃子。だが、彼の話をしたところ、親友、由美香が「いい加減にしろ」と怒り…
現実を直視できないアラフォーの闇【後編】
名前:真田 桃子
年齢:37歳
職業:WEB媒体編集者
趣味:旅行
「このコロナ禍、会いたくても会えないなんて珍しいことじゃないってば!」
由美香は気難しい顔で私を見ているが、正直彼の話をこれ以上深掘りしてほしくなかった。
「だいたい、この年齢で別の恋人なんてすぐ見つかるわけないし。だってあたし、37だよ?」
自虐的に取り繕い、手を上げてウェイターを呼んだ。ウェイターがこちらに気づき、やってくるまでに、グラスの水をごくごくと一気に飲み干した。
「お水いただけますか?常温の」
由美香は呆れた様子で私を見ていたが、意を決したように声を上げた。
「桃、会えないから別の男にしろ、っていう意味じゃないの。そのタイ人はやめとけ、って言ってるの」
由美香の語気は強く、隣のテーブルのカップルがチラチラとこちらを見ていた。
「やだ、由美香ってば。恥ずかしいからやめてよ。周りに聞こえるって」
私は笑って流そうとするが、由美香の目は真剣そのものだ。
「2年会ってないくらいで別れる理由にはならないよ。だって毎晩連絡が来るのよ。私たち、うまくいってるの」
由美香は何も言わず黙っていた。
私たち二人の沈黙を遮るように、メインの皿がサーブされた。由美香はステーキの焼き目に沿って几帳面にナイフを入れ、私は手でフライドポテトをつまみ、口に放り込んだ。
気まずい空気のまま、それぞれがステーキの皿を半分程度まで食べ進めたところで、由美香が口を開いた。
「あのさ、その男と別れたほうがいいのは、コロナとか関係ないから」
― 会ったこともないのに、別れろっていくら親友でもどうなのよ…。
ナプキンで口を拭い、由美香の方を見る。
「好きで付き合ってるのに、そんなこと言われる筋合いないんですけど」
私はとうとう我慢ならず由美香に反論した。すると、由美香も負けじと言い返してきたのだった。
「桃、それ、本当に純粋な恋愛だと思ってるの?」
2年会えなくてもビデオ通話があれば…恋人を信じる女に親友が告げた真実
「いくら由美香でも失礼ね。当たり前じゃない!じゃなかったら5年も続かないし」
私たち二人の間に、また沈黙が流れた。互いの顔を凝視したまま、私たちはじっと押し黙っていた。
「じゃあ、聞くけど…」
由美香が口を開いた。
「桃、あんた、その男にいくら渡してるの?」
唐突な問いに、私はふいに固まってしまった。
「ほら、言えないじゃない」
由美香は大きなため息をついた。まるで私のすべてに落胆したかのように。
「いくらって…お金のやりとりが発生していたら、恋愛じゃないって言いたいの?」
私のかろうじての反論に、由美香は即答した。
「そうだよ。少なくともその男にとってはね」
由美香はウェイターにメインの皿を下げ、コーヒーを持ってきてくれるよう頼んだ。私はその様子をぼうっと、ただぼうっと何も言えずに見ていた。
「なんで私がお金を送っているって知ってるのよ」
コーヒーを一口含み、私は由美香に聞いた。
「この前、こうやってランチをしている時、桃がテーブルにスマホを置いてトイレに立ったの。その時、ラインの通知を偶然見ちゃったの」
それから由美香は「本当は誕生日のお祝いをするつもりのランチだったのにごめん」と謝った。
言いたくて言ったわけじゃないことは、私にもわかっていた。ただ、友達として心配してくれているのは、ありがたいと思う。
でも、余計なお世話だと思ってしまう気持ちも少なからず私の中にはあった。
「由美香が心配するような額じゃないの。今日のランチくらいの金額でも、向こうからすると大金なの」
これは本当のことだ。
私と知り合った時、観光ガイドをしていた彼。コロナに世界が脅かされるまでの2年間は、年に数回彼に会うためにタイに行き、都度、私はガイド料として彼にお金を支払っていた。
小さな弟や妹たちもいて家計が大変、という話は聞いていたし、それに「日本語をちゃんと勉強したい」という彼を応援したいという気持ちもあった。
コロナ感染者が増え、自由に行き来できなくなったということは、私にとっては彼に会えないということ。だが、彼からすると、観光客が来ないということは失業と同じことだった。
― コロナが収束するまで…。
そう思って、私は月に何度か彼に送金をするようになった。
「コロナ感染が広まる前、彼のフェイスブックに女の影が、って心配してたときあったよね?もしかしたら、向こうにちゃんと付き合っている女がいるかもしれないじゃん」
それは言われたくない指摘だった。
「そんなこと、あるはずないよ。それに日本人と気質が違うのよ」
タイの男性は女性に優しいから仕方がないじゃないとか、年齢が一回りも離れているんだからその程度の遊びは気にしない、といった言い訳めいた理由を口にすればするほど、私の中の悲しみは募っていった。
言語が違えば、育った環境や文化背景も違う相手との恋愛は、日本から見たら非常識なことばかりかもしれない。でも、毎晩、毎晩、必ずおやすみのテレビ通話をくれる彼の気持ちを私は信じたかった。
だが、由美香は容赦ない。
「毎晩LINE電話がかかってくるのだって、金づるの桃を繋ぎ止めておきたいからでしょ?いい加減わかりなよ!」
その恋は金目当て。そう告げた親友自身も人には言えぬ秘密があった
由美香が私の目を覚まそうと必死なのは、よくわかっていた。
私だっていつまでもこのまま、ずっとこのまま「リモート恋愛もどき」を続けることはできないってわかっている。
でも、仕事はリモートで、両親とも気軽に会うこともできず、毎日リアルに人とコミュニケーションをとる機会が激減したここ2年。
毎夜のビデオ通話だけが、私の世界で唯一の変わらない日常だった。
「お金っていったって、月に4、5万程度なのよ」
私が正直に吐くと、由美香は「おおっ…」と手で顔を覆った。
「桃がこれほどまでバカだとは、思わなかった」
「バカって…失礼ね…」
友達として別れろ、と忠告してくれるのはありがたいけど、バカとは言われたくない。
「由美香だって、人に言えないお金の使い方してるじゃん!」
思わず私は言い返した。
由美香だって数年前からK-POPアイドルにハマり、大枚を投資しているのだ。
「去年はタイムズスクエアの電光掲示板にハッピーバースデーのメッセージ出すのに、ファン同士で寄付集めてたよね?あと、気球を200機飛ばして新曲のリリースお祝いしてたよね??」
鼻息荒く、私は由美香に詰め寄った。
「PVの撮影現場に、ケータリングカーを差し入れたこともあったよね?」
私は由美香のSNSで、アイドルへの熱狂ぶりを目にしてきた。
家は高級家具に似つかわしくないポスターが貼られ、YouTubeを見ては歌い、踊り狂っている由美香を私は知っている。
「だ、だってファンなんだもの。ファン同士お金を出し合って、サポートしてるんだってば」
いきなり立場が逆転し、しどろもどろに由美香は答えた。
「サポートした分、それに応えてかっこよくなってるし、曲だってめちゃくちゃヒットしてるし。ちゃんと結果で応えてくれているもの」
由美香は言うが、アイドルから見れば、星の数ほどいるファンの一人でしかない。
私はたった一人のタイ人に送金することで、彼の生活や彼の家族を応援している。
生涯を約束した恋人か?と言われると、そこは即答できないし、深く考えたくない。でもお金の使い道としては、私の方がよっぽど健全だ。
「私のお金の使い方を指摘してる場合?金額的には、由美香の方が額もデカいと思うけど」
私は手を上げて、お代わりのコーヒーをオーダーした。
「まぁ…それを言われると…。でも私が稼いだお金だし、趣味に投資してるだけじゃない?」
その言葉を受け、私もちょっと開き直った。
「じゃあ、私も言うわ。私も彼との電話は趣味なの。サポートなの!!」
そう言うと少しすっきりして、私と由美香は顔を見合わせて大笑いした。
「…まぁ、でもいい加減やめないとな、とは思ってるのよ」
それは私の本音だ。
彼をサポートしたいという気持ちはある。でも、何一つ形になって自分に返ってくることがない関係に、少しもやもやしているのも事実だ。
ただ、人恋しい今、私にとって彼がどうしても必要な存在なのだ。
「愛してるよ」「今日もありがとう」といった甘くて、優しい言葉があるから、今仕事を頑張れている。
由美香も同じで、ただアイドルに投資しているというだけで、気持ちは恐らく一緒なのだろう。
「コロナが終わったら、さよならする。自分で稼いでねって言うわ。由美香もほどほどにね」
私が言うと、由美香は「お互い様だったね」と笑った。
会計を済ませ、クロークで上着を受け取った。私はニコライ バーグマンの紙袋を下げている。
小さな気づきのあった37歳の誕生日のランチ。
私は自宅へ、由美香は人気のないオフィスへ、それぞれ戻って行った。
▶前回:毎夜0時、彼からのビデオ通話を待つ37歳独身女子。コロナで2年間会えずにいる恋人の秘密とは
▶NEXT:2月28日 月曜更新予定
夫のことが嫌いすぎて3年レスの39歳専業妻。離婚はしたいけど今の生活が捨てられない…