「何もできないの?」美人ママを待ち受ける誹謗中傷被害者の残酷な現実
愛しい我が子の育児と、やりがいのある仕事。
多忙ながらも充実した日々を送る、働くママたち。
…けれど、そんなキラキラした“ママ”たちの世界には、驚くほど深い嫉妬と闇がうずまいているのだ。
ある日、1人の幸せな女性に、得体の知れない悪意が忍び寄る―。
悪いのは、一体ダレ…?
◆これまでのあらすじ
裕福で幸せな家庭、順調な社長業、気のおけないママ友、誰もが羨む幸福を手に入れた麻紀。
▶前回:「家族まで、何かされるかも…!」順風満帆な美人ママを恐怖に陥れた、掲示板の“ある書き込み”とは?
― あぁ…相当怒っているんだな…。
パソコンの画面を見つめる寛人の背中は、麻紀に一層の緊張感を与える。部屋の中だと言うのに、手足が凍えるように冷たい。
「これはちょっと…悪質だな…」
22時半。息子の海が寝たあと、リビングで仕事をしていた寛人に、今日あった出来事を相談した。
『Yarawa』というネット掲示板に、麻紀の悪口や家の外観が載せられていたのだ。
「炎上なんて誰にでも起こりうることだし、逆に宣伝につながることもあるけれど…。これはちょっとやり過ぎだな」
普段から常に冷静で感情の起伏を見せない寛人だが、この一連の書き込みにはさすがにいら立ちを隠せない。
「実は、会社の売り上げも少し落ちてきているんだよね…一時的なことだとは思うけれど。それよりも、海や寛人にまで何かあったらと思うと怖くて…」
「そうだな。まだ住所までは載せられていないけど、それだって時間の問題だしな。それにしても、誰が何のためにこんなことを…?」
寛人が心底不思議に思うのも無理はない。麻紀の会社はまだ駆け出しで、そこまで有名でもなければ注目を浴びるほどでもない。
雑誌に小さく掲載されたことや、ネットの記事で少しインタビューを受けたことがあるくらいだ。
それなのに、どうしてここまで執拗に中傷を繰り返すのか、麻紀と寛人には想像もできなかった。
収まらない誹謗中傷に、とうとう麻紀が動く…
「とりあえず、早めに対策を打った方が良さそうだね。弁護士に連絡は取ってみた?」
「うん、寛人に昔紹介してもらった弁護士の宮城さん。会社のことでお世話になっているし、今回のこともすぐに相談にのってもらえることになったわ」
麻紀が連絡を取った弁護士の宮城は、スタートアップ事業を専門としている。会社設立の際から世話になっており、寛人の以前の会社では顧問弁護士として働いてもらっていた人物だ。
「そうか、彼なら親身に相談にのってもらえそうだし、仕事も早いから希望が持てるな」
「あと、もう1つ気がかりなことがあって…」
そこで麻紀は、最近の海の様子について相談した。普段はお互いに忙しく、ゆっくりと話をする時間を取れずにいたので、いい機会だ。
「海がね、少し前に私に泣いて話したの。友達が遊んでくれないって。海とは嫌だって…」
真剣な顔をして話を聞く夫の顔は、子育てを日頃から自分ゴトとして捉えている証拠だろう。
「…。確かに最近おとなしい気もするけど、今日は普通に見えたよ」
「先生にも相談して、注意深く見てくれているみたいなんだけど、特に変わった様子はないって。ただ、友達と遊ぶよりも興味のあることに1人で熱中している感じ、と言っていたけど…」
「それなら、あまり心配することはないんじゃないか?子どもならそういう時もあるだろうし…。僕も海のことは見ておくよ。麻紀はまず、ストレスを溜めすぎないように、今の問題と向き合った方がいいよ」
優しい寛人の言葉に、麻紀は少しだけ心が軽くなる。問題が起きた時に1人で抱え込む癖があった彼女だが、夫はいつでも味方となり、一緒に考えようとしてくれるのだ。
けれど、これ以上家族に迷惑はかけられない。
― 早く、何とかしなくちゃ…。
麻紀は夫が寝た後も、誹謗中傷への対処法を一心不乱に調べ続けた。
静寂に覆われた夜中のリビングに、キーボードを押す音だけが、寂しく虚しく鳴り響くのだった。
◆
次の週。
宮城弁護士の事務所を訪れた麻紀は、今までのことを洗いざらい説明した。宮城は50代半ばで、白髪混じりの豊かな髪を綺麗に整え、上質なスーツに身を包んでいる。
優しく紳士的な見た目の印象と同様、人柄も温厚で情に厚い。
「そうでしたか、北山さんも大変でしたね」
「私“も”ですか…?」
「ええ、最近はこういった相談が本当に多いんですよ。他の企業の方々も同じように被害に遭われていますが、残念ながら…」
そういって宮城はゆっくりと息を吐く。マスクを着けたままなので、彼の表情が読みづらい。
「ほとんどの企業は、耐えるしかないのが現状ですね」
「耐えるしかない…?」
宮城から予想外の言葉を聞かされた麻紀は、何を言っているのか理解が追いつかない。
- こんなにもひどいことをされているのに、一体なぜ…?
麻紀はゴクリと唾を飲み込むと、真剣な眼差しで宮城の目の奥を覗き込んだ。
「耐えるしかない」と語る、宮城の言葉の意味とは?やがて絶望が麻紀に襲いかかる…
「耐えるしかない、とはどういうことですか?最近では、有名人や一般の方でも発信者情報を開示して訴えているのでは…?」
「そうなのですが…」
ゆっくりと話す宮城に、麻紀は少しじれったさを感じる。早く解決策が知りたくて仕方がないのだ。
「ちなみに北山さんはどこまでやりますか?最終の目的は何でしょう?」
「目的、ですか?それは、私たち家族が安心して暮らせて、会社もこんなつまらないことに時間を割かずに済んで…」
「他には?」
宮城が真っすぐに麻紀の目を見つめた。彼の瞳からは、優しさの中にも、どんな時でも揺るがない強さが見て取れる。
「あとは、できれば…こんなことをしてくる相手に、きちんと反省してもらいたいです」
麻紀も自分の強い意志を見せるかのように、宮城の目を見つめ返した。彼は「そうですか」と、聞こえるともわからない声で独り言つと、息を大きく吸って淡々と話を進めた。
「まず、企業が商品への批判に対して削除させることは非常に難しいです。明らかな嘘だとわかるものでなければ、ネット掲示板などに削除を依頼できないですし、裁判に勝つのも難しい」
「確かに、そうですね」
悔しいが宮城が言う通り、その住み分けは麻紀自身も悩んでいた部分だ。実際の購入者なのか、それともただの悪質な嫌がらせなのか。
「さらに、先ほどおっしゃっていた『発信者開示請求』。これも、裁判所に仮処分を出してもらわなければならないのですが、緊急性がない場合や明らかな権利侵害だと証明できない場合は出してもらえません。
その上仮処分が出された後も、IPアドレスの取得後に、今度はプロバイダーへ“契約者が誰なのか”を知る訴訟が必要となります。北山さんの場合は多くのアカウントが対象となるため、時間と費用もかかってきます」
宮城は息もつかずに一気に続けた。
「さらには、警察は事件性がなければ動きませんので、明らかな脅迫でもされなければ簡単には動いてくれないでしょう。もし相手に何かしらの責任を負わせたければ、一人ひとりを訴えることになります」
裁判沙汰など、これまで一度も経験したことがない麻紀にとって、考えることさえ避けたい内容だ。一体どれだけの労力とお金、時間をかけなければならないのか、想像もつかない。
「仮に時間をかけて損害賠償を請求したとしましょう。それでも、相手がお金を払えない、と言って踏み倒す場合も多々あります」
「そんな…。裁判で決まっても、ですか?」
「そうですね。強制執行を行うために、保有している財産を調べる方法もありますが、こちらも訴えた側が調査しなければなりません」
宮城の言葉を聞いていた麻紀は、みるみると血の気が引いていった。弁護士に相談すれば、何とかなるだろうと淡い期待を抱いていた彼女には、あまりにもつらい事実である。
「ただ、1つ何とかできそうなのは、家の写真についてですね」
「本当ですか?」
麻紀が一番懸念していたのは、家の写真なのだ。住所を特定される可能性がある以上、この写真だけでも今すぐに削除してほしい。
宮城は眉間に寄せていた筋肉を少しだけ緩め、それでもなお強い眼差しで麻紀を見返した。
「『同定可能性』という言葉をご存知ですか?こういった誹謗中傷の場合、本当に中傷している相手がこの人だ、と決めることが難しい場合が多いのです」
「それは、本名を書かれていてもですか?」
「そうです。ただ、この場合は家の写真とともに、あなたの会社名と名前が載っています。ですのでプライバシーの侵害を訴えて、掲示板管理者に直接削除を依頼するか、対応してもらえない場合は仮処分を出してもらい、法的効力で対応させることができると思います」
この言葉にわずかな希望を見いだした麻紀。けれども、家の写真を削除できたからといって、この一連の誹謗中傷が終わるとは思えない。
被害者であるはずの自分の立場の弱さに、背筋がゾワリと小さく震える。
怒りと絶望に包まれた彼女には、この厳しい現実を受け止める余裕など到底なかった。
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麻紀の味方だった夫とケンカが増え、さらにママ友たちの様子がおかしい…?