モラハラ夫に我慢できず家出。1ヶ月後、自宅に戻って目にした光景は…
これは男と女の思惑が交差する、ある夜の物語だ。
デートの後、男の誘いに乗って一夜を共にした日。一方で、あえて抱かれなかった夜。
女たちはなぜ、その決断に至ったのだろうか。
実は男の前で“従順なフリ”をしていても、腹の底では全く別のことを考えているのだ。
彼女たちは今日も「こうやって口説かれ、抱かれたい…」と思いを巡らせていて…?
▶前回:LINEを未読無視されたので、彼の家まで行ってみたら…。女が、玄関前で見てしまった光景
ケース14:結婚を後悔する女・西園寺恭子(30歳)
「うるさいなぁ…!寝かしつけることもできないのか?」
「ほんと困るよ、専業主婦のくせに」
扉の向こうで、新太が吐き捨てるように言う。その後、ようやく寝かしつけ終えた私がリビングへ向かうと、彼はソファにゴロンと寝転がってテレビを見ていた。
「ほんとお前は無能だよな。何もできない」
そう言って乱暴にリモコンを放り投げると、こちらに目もくれず、寝室へと戻っていった。
― いつからだろう、新太がこんなふうになってしまったのは。
総合商社に勤める彼とは、26歳のときに友人を通じて知り合った。そして新太からの猛アプローチの末、半年でスピード婚をしたのだ。
それからすぐに佐知を出産。新太の父が不動産経営をしているので、所有していた三宿のマンションに家賃ゼロで住まわせてもらっている。
専業主婦になることができて、家計的にも余裕がある暮らし。最初は幸せだと思っていた。
けれど佐知が生まれてから3年にも及ぶレスと、暴力的な言葉の数々。そして、女癖の悪さ。…私はもう、耐えられなかった。
暗い気持ちでリビングに佇んでいた、そのとき。ソファの下に何か落ちているのが見えた。
「これって…」
それは私のものではない、シャネルのカメリアリングだった。夫が家に女を連れ込んだ、決定的な証拠だ。
恭子:決めた。来週の月曜日に家出する
衝動的に私は、ある人物にLINEを送っていた。
恭子がLINEを送った相手とは…?
家出まで、あと4日。
翌日。私は佐知を幼稚園に預け、三宿通りを歩いていた。
まっすぐ伸びた通り沿いに、小さなカフェやインテリアショップが立ち並び、大きなバケットを抱えて歩くマダムたちの姿が見える。
結婚した当初はこの通りが、まるでシャンゼリゼ通りのように美しく見えた。けれど今は、新太と住むマンションに帰るまでの憂鬱な道のりにしか見えない。
しばらく歩くと、通りの右側に白い小さなカフェが見えてくる。店内を覗くと、2人の男女が私を待っていた。
「ごめん、幼稚園の退園手続きが長引いちゃって」
「お疲れさま。無事終わった?」
「うん。あとはスマホを解約して新しいものに変えれば、だいたいの手続きは終わりってとこ」
その言葉に深く頷き、コーヒーを飲む彼は幸也。昨夜、私がLINEを送った人物だ。そしてその横で微笑んでいるのは、恵理奈。
2人は私の“家出プロジェクト”の協力者で、地元・愛媛の高校に通っていた頃の同級生だ。大学進学とともに上京した私たちは、東京に来てからもよく会っていた。
「俺と付き合ってくれない?」
大学1年生の冬。幸也から急に告白されたときは動揺した。だけど煌びやかな東京の世界を知った私は、地元の親友と付き合うことなんて考えられなかったのだ。
「よし!じゃあこれで、家出の準備はほとんど終わったね」
小さくガッツポーズをした恵理奈が、私の手を握る。
「うん。あとは離婚届と、置き手紙を用意しなくちゃ」
家出まで、あと2日。
「今までありがとうございました。西園寺、じゃないや。長山恭子っと」
佐知を幼稚園に送り届けたあと、私はリビングで新太への手紙を書いていた。
建前上の感謝と、家出の理由。それから佐知の親権は母親である私が持つことと、2人を探さないでくださいという内容だ。
すぐ感情的になり暴力を振るう夫と、真剣な話をする機会など持てなかった。3ページにわたる長文の手紙を書くと、その横にある離婚届に手を伸ばす。
「あ、もしもし幸也?うん。今一通り全部終わった」
「お疲れさま。佐知は今から俺が迎えに行くから。あのカフェで落ち合おう」
1時間後。カフェを覗くと、佐知に絵本を読み聞かせる幸也の姿があった。佐知は「ゆきくん!」と呼び、すっかり彼に懐いている。
「ごめーん、幸也ありがとう。佐知帰るよ」
「やだ!パパのところに帰りたくない!まだゆきくんと遊ぶの〜」
そう言って佐知は、いつものように駄々をこね始める。
「ダメ、もう少しの我慢よ。明後日からは、毎日ゆきくんと一緒だからね」
私は目にいっぱいの涙をためる佐知を抱きかかえると、三宿通りの先にそびえたつマンションへと帰った。
“家出プロジェクト”メンバーの、闇深すぎる思惑
家出、当日。
「いってらっしゃい…!」
午前8時。いつものように新太は何も言わず、家を出ていった。
― さようなら、新太。
夫の見送りを終えると、私はさっそく、最後の荷造りを始めた。
この日のために荷物は少しずつ移動させていたおかげで、量はそこまで多くない。ただ今日でこの部屋に来るのは最後かもしれないと思うと、入念にチェックしておこうと思った。
「ママ〜。ゆきくんはまだ?」
「もうすぐよ。佐知も、しっかりおもちゃのお片付けしなさい」
「はぁい」
「これから毎日、ゆきくんと暮らせるよ」と伝えた日から、佐知は言うことを素直に聞いてくれるようになった。それだけでなく、夜泣きもパタリと止んだのだ。
そうして荷物が片付いた頃、インターホンが鳴った。
「あっ!ゆきくん、来たよ!」
モニターに映る幸也の姿を確認した佐知が、飛び跳ねている。
「佐知、出るわよ。忘れ物ないわね?」
高級なインテリアで彩られた部屋を、グルリと見渡す。4年も住んだマンションを出るというのに、なぜか少しも寂しくなかった。
「2人とも、お待たせ。さぁ行こうか」
マンションホールを出ると、幸也が微笑みながら手招きしている。私たち3人を乗せたタクシーは、羽田空港に向かって走り出した。
「何時の飛行機だっけ?」
「松山行き、15時30分だよ」
「…幸也、何から何までありがとうね」
「ううん、俺が勝手にやってることだから。それよりも、10年間の片思いがやっと実って嬉しいよ」
私の家出計画が立ち始めた3ヶ月前。幸也は東京のデザイン会社を退職し、愛媛の会社に転職することを決めてくれた。そして「佐知と3人で、地元に戻ろう」と提案してくれたのだ。
「俺は2人を、絶対幸せにするから」
そして娘が寝静まったその夜、私は幸也に初めて抱かれた。男性に抱かれるのは、実に3年ぶりのことだった。
◆
それから1ヶ月後。愛媛で幸せに暮らしていた私のもとに、東京にいる恵理奈からLINEが入った。
恵理奈:新太さんから、私に相談があったよ。正式に離婚するから、最後に恭子と話したいって。私も立ち会うし、東京来れば?久々に恭子にも会いたいし!
「ねぇ、恵理奈からLINEが来たんだけど。どうしようかな」
しかし幸也はそのメッセージを見た瞬間、少し顔が引きつったように見えた。
「う〜ん。書面でやりとりしてるわけだし、わざわざ行かなくてもいいんじゃない?」
「でも2人きりじゃなくて、立ち会ってくれるみたいだし。久々に恵理奈にも会いたいしなぁ」
その週末。私は散々悩んだ挙句、佐知を幸也に預けて松山空港へと向かった。
恵理奈とは、いつもの三宿のカフェで待ち合わせする予定だった。…が、30分待っても彼女は来ない。
― 急用でもできたのかな?
新太との約束まであと5分。遅れて長引くのも面倒だと思った私は、1ヶ月ぶりに三宿通りを越えてマンションへと向かう。
インターホンを鳴らすと、なぜだか聞き覚えのある声がした。
「いらっしゃい、恭子。さぁ、上がって!」
…そこにはなぜか、シャネルのカメリアリングをした恵理奈が、エプロン姿で立っていたのだった。
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