人気インフルエンサーが身分を偽ってまで隠したかった過去の姿
見栄と承認欲求で作りあげられたインターネットの世界。
ここでは誰もが『なりたい自分』になれる。
ハイブランドで全身を包み、華やかな日々をSNSに公開していた謎の女・カレン。
そんな彼女が、突然、この世を去った――
死によって炙り出される『彼女の本当の姿』とは…?
◆これまでのあらすじ
SNSで華やかな生活を披露していた謎の女・カレンが突然亡くなった。玲香は彼女の形見分けをすることになるが、遺品を受け取ってくれる人は少ない。孤独に亡くなった彼女を哀れに感じるのだった…。
Chapter.4 見下し合う人間たち
壁一面の窓から差し込む光は、二日酔いの身体に刺激が強すぎる。
玲香は結局、ホームパーティーの片付けをそのままに、自宅にも帰らずカレンの部屋のソファで眠ってしまっていた。
午前9時。
スマホからのメール着信と同時に目を覚ます。送られてきたのは、所属するモデル事務所からのオーディションの知らせだった。
「そういえば最近、受けていないな…」
スカウトされた当初は言われるがままにオーディションに参加していた。だがなかなか結果が出ず、今はもう挑戦することも億劫になってしまい、年に数回、小さな仕事をこなす程度の状態だ。
いくら前向きな理由があったとしても、表に出ることをやめると落ちぶれてみえるうえに、”モデル”という箔がとれてしまう。
玲香にとってモデルの仕事は、経歴を見栄えよくするために惰性で続けているだけなのだ。
メールの内容をよく読むと、キー局の深夜番組のアシスタントのオーディションだった。モデルの仕事ではないが、広く知られるチャンスだ。出演者として名を連ねる有名俳優の名にも心が躍る。
― ちょっと本気出してみようかな…。
玲香はすぐにマネージャーへ連絡をしたのだった。
一念発起してオーディションに臨んだ玲香は…
敗北感と焦燥感
「はぁ…」
結果は聞くまでもない、と玲香はオーディションの帰り道に感じた。
後日事務所を通じて連絡が来るそうだが、手ごたえがまったくない。
まず年齢。集まっていたのは10代〜20代前半が中心で、26歳の玲香は場違いだった。しかもレッスンの跡が見える他の参加者たちの気迫は、思わずオーディションを辞退してしまいそうになるほどだった。
カレンのマンションに“帰宅”し、窓の外の輝く夜景を見下ろしながら、中途半端な自分を噛みしめる。
たまたま生まれた家が裕福で、今は何不自由ない生活をしている自分。容姿も人並み以上で、医師の恋人もいる。
傍から見たらなんでも持っているように見えるだろう。
しかし、自分の力で手に入れたものなどひとつもない。
若さだって刹那だ。すでに失いかけている。
― カレンはなぜこの場所を手に入れられたのかな。
改めて思う。インテリアだけでも数千万はするだろう、この部屋。そしてここにあるバッグや洋服、ジュエリーをすべて含めると、数億円はくだらない。
支援者ではなく他界している両親の遺産という線も浮かんだが、妹・明奈の「こういうものとは無縁で価値がわかりません」という発言から、実家が太いわけでもなさそうだ。
もちろん、カレン自身が事業をしていたなどと聞いたことはない。
部屋の中をぐるりと眺めると、隅に目立たぬよう置かれたブラックのチェストが目に入った。
クロゼットやチェストの中を見るのは禁止されていない。大事なものは明奈がすでに手を付けているはずだ。
玲香は呼ばれるように一番上の引き出しを開けてみる。常備薬や文房具の中にまぎれて、古びたシルバーの機器が玲香の目に入った。
「ガラケー?」
年季の入った折り畳みの機種。10年以上前のものだろうか。電源は入らなかった。
ふと、ホームパーティーに来た音野が、過去のガラケーなどのデータを管理する事業を始めたと話していたことを思い出す。
― このガラケーの中に、カレンの正体の手がかりがあるかもしれない…。
謎に包まれたカレンへの好奇心を止められない玲香は、早速、彼の元へ持っていき中を調べてみることにした。
「嘘…?」カレンのガラケーに隠されていた秘密とは
「中田房子って何者よ?しかも、1989年生まれ?」
データ復旧が完了し音野の会社から戻ってきたガラケーの中を見て、玲香は固まった。
登録されていた生まれ年や本名が、玲香の認識するカレンのそれとはまったく異なるものであったからだ。
本名は中田房子。享年32歳。それがカレンの素性だった。
誕生日は彼女のものと一致しており、この部屋の住所もメモに残されている。写真フォルダには若いころではあるが彼女と明奈の姿もあり、本人のもので間違いはない。
― 嘘、ついていたんだ…。
他人の携帯を見ているという後ろめたさが半分。そしてそれ以上に、ワクワク感をおぼえてしまう。さらにひとつずつデータを確認する。
彼女はメールが苦手だったのだろう。ほとんどが一言程度のメッセージで、それも明奈とのやり取りが大半を占めていた。
そのほかは広告など、アドレス帳に未登録の宛先ばかり。
さらに遡ると、“小夜子さん”という妹以外の名前がやっと現れた。
『お疲れ様。会社辞めてもまたランチしようね。』
受信日時は2017年の春。約5年前だ。
― 会社…?どこかに勤めていたのかな。
きっと親しい人だったはずという直感が働いた玲香は、早速その“小夜子さん”に連絡をとることにした。
メールの送り主は、やはりカレンのかつての勤務先の同僚だった。
連絡をした際はかなり怪しまれたが、中田房子の名前と彼女の訃報を伝えると、すぐマンションまでやって来てくれた。
年齢は30代半ばくらいだろうか。現在、都内の大手保険会社に勤務しているという“小夜子さん”。
ふくよかな体型に、全身をファストファッションで揃えたような服の雰囲気は、あのカレンと友人だったことを意外に思わせた。
「プラダもグッチもヴィトンも!!これ…本当に頂けるんですか?」
小夜子は、部屋に入るなり、瞳を輝かせて品々を見まわした。
― かわいい。男性にプレゼントされるような感じでもないものね。
玲香は温かい目で頷いた。
きっとカレンは5年の間に、何かをきっかけに変化したのだ。携帯の画像フォルダの中の彼女も、小夜子と釣り合う、ジャージ姿で化粧っ気のないものばかりだったから。
「じゃあ私、こちらいただきます」
小夜子が選んだのは、量販店のガラスケースで販売していそうな、中心に大きくブランドロゴが入ったトートバッグ。玲香は妙に納得する。
「これ、房子さんが通勤で毎日使っていたので…」
小夜子は彼女を思い出したのか、遠い目で窓の外に目をやった。
「通勤ですか…。彼女はどこから通っていたんですか?」
「ここですよ。昔はテレビもベッドもない殺風景な部屋だったけど」
小夜子は過去、一度この部屋に来たことがあるそうだ。その頃からこのマンションに暮らしていることに驚きながら、もう少し詳しく話を聞こうと玲香が近づくと、それを察したのか彼女からお誘いがあった。
「よければランチしながらお話ししません?私、奢りますよ」
ランチはもちろん大賛成だ。もう少し深く話したいと考えていたから。自分が知る彼女と小夜子の知る彼女は違う。その相違はきっとカレンの本当の姿を炙り出してくれるだろう。
「ぜひ!でも、ご馳走いただかなくても大丈夫ですよ」
「いえいえ、モデルさんと言っても大変でしょうし」
玲香は固まった。
― 青山でランチくらい、何でもないのに。
名刺代わりに自分がモデルであることは最初に申告している。
名前を検索したのか…?スカスカの事務所プロフィールを見て、小夜子は自分のことを売れない自称モデルだと思っているのだと玲香は直感した。
― それに、奢るなんて最初に言うのも下品。フツーのOLさんだもの。選ぶ店もファミレスレベルなんだろうな。
そう思ったところで、玲香はハッとする。
自分も彼女のことを何も知らないまま見下しているのだ。
「遠慮しないで。この辺りは詳しいの。青山は夫ともよく来ているもの」
時折、彼女の口から敬語が抜けることも気になった。
人間は、見えている部分を切り取って過小評価し、見下し合うものなのかもしれない。
玲香はひきつりながらも口角をあげる。
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて」
だからと言って親が医師であることやモデルの仕事の他に看護師の仕事をしていることなどは、自分から言う気にならなかった。
張り合ったところで得られるものは、一瞬の爽快感しかないのだから。
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小夜子から明かされる、カレンこと中田房子の驚くべき過去。