ハイスペックといわれる男性は、小さなころから母親に大切に育てられていることが多い。

それゆえ、結婚してから、子離れできていない母親、マザコン夫の本性が露呈することもある。

あなたは、この義母・サチ子に耐えられますか―?

◆これまでのあらすじ

義母・サチ子を自ら食事に誘った春乃。サチ子も夫の将暉も大喜びだったが、春乃の目的は、強烈なサチ子の本性を暴きたいというのものだったが…。

▶前回:「新婚だけど、この先不安…」29歳妻が驚愕した、ハイスペ夫からの信じられない提案




Vol.5 お義母さまと銀座でランチ


5月上旬の土曜日の昼。

銀座のミシュラン2つ星のフレンチ『エスキス』で、私は、サチ子が到着するのを待っていた。

良好な“嫁・姑関係”を築くため、まずは相手をよく知ることから始めようと、私からランチに誘ったのだ。でも、これから強烈な性格のサチ子と2人きりで時間を過ごすことを考えると、憂鬱でたまらないというのが本音だ。

― 将暉と幸せな結婚生活を送るために、なんとか頑張らないと…!

水を飲んで気持ちを落ち着けようとグラスに手を伸ばしたとき、背後から聞き覚えのあるテンションの高い声がした。

「春乃さん、お待たせ〜」

振り返った私の目に、クリームイエローのブラウスに大振りのアクセサリーを合わせたサチ子の姿が映る。

― よかった!私の目論見通りの服装で来てくれたわ。

先週末、夫の実家を訪ねた際に、サチ子から何を着ていくか相談された。当初彼女は、シルバーのスパンコールがあしらわれたドレスを着ていくと言っていたので「こっちのイエローのブラウスは、春らしくて素敵」とさりげなく褒めておいたのだ。

席に着くとすぐさまサチ子は、聞かれてもいないのにスタッフに私の紹介をはじめる。

「自慢のお嫁さんなの。私たち姉妹に見えるでしょ〜」

― いやいや、何が自慢のお嫁さんよ。「息子と不釣り合い」って言ったじゃない!

私は、心の中で突っ込みを入れるが「お義母さま、見た目もですけど、精神的にも本当にお若いんですよ」とかぶせるように言った。

対外的には、サチ子は“仲良しの嫁・姑”という体でいるらしいので、私も表面上では調子を合わせることにしているのだ。


この後ランチの終盤に春乃は、サチ子の心の闇を垣間見る…


「銀座に来るのは、まあくんと春乃さんに渡すエンゲージリングを選びに来たとき以来だわ〜」

シャンパンでの乾杯のあと、ウニの前菜をいただいていると、サチ子が無邪気に言い放った。

将暉が“母親と婚約指輪を買いに行った”という事実をいきなり知らされて、気分が悪くなる。

「そ、そうなんですね…」

「春乃さんの腕時計がカルティエだってまあくんから聞いて、エンゲージリングも同じブランドで揃えると素敵よって、アドバイスしたのよ」

そう言って、ドヤ顔を決めるサチ子。

どうせサチ子のことだ。「私が選ぶわ」などと言って、聞かなかったのだろう。サチ子の無神経っぷりに最近は慣れてきた私は、とりあえず褒めることにした。

「さすがお義母さま、センスが良くて尊敬します!」

「でしょ〜!?」

満足げに微笑む彼女。自分の返答が間違いじゃなかったことに、私は安堵した。

その後は、「愛犬きなこのエサをオーガニックに切り替えた」からはじまり、「ハマっている韓国の恋愛ドラマのあらすじ」や「海外に行けるようになったら、ドラマにでてきたスイスに行きたい」など、彼女のとりとめのない話を、ひたすら聞いていた。




「茜ちゃんもせめて、春乃さんぐらいに育っていたらよかったんだけど…」

メインの鳩のプレートが運ばれてきたとき、急にサチ子が意味深な表情でつぶやいた。

茜は、将暉の4つ年上の姉で、今はニュージーランドに留学している。将暉からは、茜は昔から家族の問題児的存在で、サチ子とは不仲であることをやんわりと聞かされていた。

言葉の意図がわからず、私が黙り込んでいると、サチ子が語り始めた。

将暉の父親は、進学校として知られる地元の都立国立高校から、東京大学へ進学している。

都内有数の文教地区である国立には、教育熱心な家庭が集結しているため、都立国立高校から地元にある一橋大学か、他の国立大、もしくは早慶や医学部など難関大学を目指すのが“理想のルート”になっている。

サチ子は短大出身だったので、肩身が狭かったが、子どもたちには、父親のように名門大学へ進学してほしいと思い、情報を集めに奔走して、進学塾へ通わせるなど精一杯の努力をしてきた。

しかし、そのプレッシャーが重かったのか、茜は途中で勉強することを放棄したので、期待した大学には入ることができなかった。学力が足りないというより、親への反抗という感じだったかもしれない、という。

「茜ちゃんには、結婚して幸せになってほしいって思ったんだけどね……」

サチ子がお見合いを勧めたことで、母と娘の大喧嘩に発展。勝手にニュージーランドに行ってしまい、以降は、サチ子が連絡を入れても無視されているそうだ。

「でも私には、まあくんと春乃さんがいるものね。春乃さん、これから本当の母と娘みたいに、仲良くしましょうね」

まるで自分に言い聞かせるように彼女はそう言うと、ニッコリと私に微笑みかけてきた。

私は、戸惑いながら「ええ」と相づちを打つ。

― 茜さんの話、ちゃんと聞いたの初めてだわ。サチ子の将暉に対する執着が大きいのは、茜さんの存在も関係しているのかな。

サチ子の言動の裏にある心理を、垣間見たような気がした。

食後のコーヒーを飲み終えたところで、サチ子に化粧室へ行くよう勧めた。今日は私がごちそうすることになっていたので、その隙にスタッフに頼んで、お会計を済ませる。

席に戻った彼女に「そろそろ出ましょうか」と声をかけて、2人で店をあとにした。


このあとサチ子が衝撃の行動にでて、春乃は戸惑う・・・!?




「春乃さん、お買い物がしたいから付き合ってくれない?」

レストランを出たあと、サチ子は有無を言わさず、私を並木通りにある高級ブランドショップへと連行した。店内を一巡したところで、棚に置いてある赤のハンドバッグを指さし彼女が言った。

「あのバッグ素敵じゃない?春乃さん、ちょっと合わせてみて」

サチ子は、私にバッグを持って鏡の前に立つよう、うながしてきたのだ。

― なんで、私がわざわざ…。

私が渋々言われた通りにバッグを持ってみせると、彼女はすぐに「これにしましょう」と言った。そして、すぐにお会計の準備をはじめたのだ。バッグを購入し、スタッフに見送られて2人で店の外に出ると、彼女が手に持つショッパーを私に差し出して言った。

「春乃さん、今日ご馳走になったお礼よ。『倍返し』なんちゃって〜!」

「……?」

一瞬事態が飲み込めなかったが、すぐにバッグが私へのプレゼントであったのだと理解する。

「お、お義母さま、お気持ちは嬉しいですが…。こんなに高価なものは、いただけません」

おそらく値段は20万円を優に超えているだろう。今日のランチのお礼にしては、値が張りすぎだ。袋を押し付けてくる彼女と断る私。しばらく押し問答を続けていると、ついにサチ子が痺れを切らした。

「春乃さん、いい加減にして。あなた、本当に可愛げがないわ。こういう時は、お礼を言って素直に受け取りなさい」

そう言って、サチ子は無理やり私にショップ袋を持たせた。そして、「お先に失礼するわ」と言い残して、足早に去って行った。

素敵なバッグだが、彼女からの「私の期待を裏切らないでね。将暉の嫁としてしっかりしてちょうだい」という念が込められているように感じた。

このバッグを持つたびに、サチ子に見張られているような気分になるだろうと思うと、私は、何とも言い難い重さを感じた。




サチ子と別れたあと、大学時代からの親友・由梨恵と、東京ミッドタウン日比谷の『ザ スピンドル』でお茶することになった。

由梨恵は3年前に結婚したのだが、私と同じく強烈な姑がいるので、いつもサチ子のことを相談している。姑のことを「まずは、よく知るべき」とアドバイスしてくれたのも彼女だ。

私は、今日の出来事を一通り彼女に報告する。

「食事のお礼にって、いきなりバッグを差し出されてドン引きしたんだけど…」

「さっきLINEで報告されたときは、冗談かと思ったよ。でも、それ以上に厄介なのは、お義母さんが春乃に、『理想の娘と嫁像』を投影しちゃってることじゃない?

そういう人って、自分の理想と違うって思った瞬間に、愛情が憎悪に急変するから、要注意だよ」

由梨恵の言葉を聞いて、私の気持ちはどんよりと沈んだ。私がサチ子に対して感じたことを、そのまま指摘されたからだ。

「どうしよう。私、これからサチ子とどう接するのが正解かな?」

「理想を壊さないように、でも適度に距離を保って接することかな…。まあ、私が言ったことは、私の勝手な妄想も入ってるから、あまり深く考えこまないでよね」

由梨恵はそう言って、コーヒーに口をつけた。

「そうだね、考えすぎないようにする」

そこはかとない不安を断ち切るように、私はわざと明るく答えた。

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