『嫉妬こそ生きる力だ』

ある作家は、そんな名言を残した。

でも、東京という、常に青天井を見させられるこの地には、そんな風に綺麗に気持ちを整理できない女たちがいる。

そして、”嫉妬”という感情は女たちをどこまでも突き動かす。

ときに、制御不能な域にまで…。

静かに蠢きはじめる、女の狂気。

覗き見する覚悟は、…できましたか?

▶前回:友人の結婚式で放映された、サプライズムービー。そこに映っていた新婦のあらぬ姿




配信する女


茂人は、私のもの。

どうしてみんな、それがわからないんだろう。

茂人が売れない頃から、ずっと生活を支えていたのは私。茂人が愛しているのも、私だけ。茂人へ愛情を注いでいいのも、私だけなのに…。



茂人は、私がTikTokで配信している料理動画に少し映りこんだことをきっかけに、バズった。

私は料理研究家で、そこそこ売れている。フォロワーに有名人も多い。

あるモデルが私のTikTokをスクショして「誰このイケメン」とツイートしたことをきっかけに、瞬く間に拡散されたのだ。

茂人は売れないアーティスト。だから、どんな方法であれ認知度が上がることは願ってもないことなのだが…。

<茂人くん、これからも応援してます♡良かったら連絡ください>

バレンタインにはそんなメッセージと共に、LINEのIDが書かれた手紙とチョコが、事務所に数多く届いていた。

多くの女が、茂人に近づこうとしてきているのだ。

茂人も茂人で、ファンサービスのつもりかもしれないけれど、そんな女たちに向かってこれでもかというほど笑顔を振りまく。

もう一度言う。

茂人の恋人は、私。茂人は私のものだ。

だから今日の料理配信で、それをファンの女たちに知らしめる。

そして、今日の料理に使う材料は…


女は料理配信で、とんでもない材料を使い、狂気に満ちた配信を始める…




茂人との出会いは、勧誘だった。

彼にとってそれは勧誘だったのだけれど、私にとってはナンパに映った。ライブハウスの近くで、チケットを購入してくれないかと声を掛けられたのだ。

「お姉さん、今ちょっと時間ありません?」

普段だったら絶対に無視する類の言葉だけれど、私と歩幅を合わせて歩く彼の顔が少し視界にはいって、そのあまりの端正さに、私は思わず足を止めた。

BTSのグクを思わせるような整った甘いマスクに、一瞬で恋をした。

「はい…」
「よかったら、ちょっと聞いて行きません?」

彼の歌には全く興味がなかったし、実際に歌声を聞いても1ミリも心動かされなかった。

けれど、私は彼からどうしても目を離せなくなった。




せっかく法政大学にまで進学したというのに、彼はアーティストになるために大学を中退。アルバイトをしながら、歌い手としての活動をしていた。

今年で26歳。未だ芽は出ていない。

芽は出ていなかったけど、そのおかげで私は茂人に急接近することができた。

最初はファンとして彼を応援していたけれど、私からの熱烈なラブコールに、だんだんと彼はプライベートで応じてくれるようになり…。

恋人になるまで時間はそうかからなかった。

そして、千葉の実家に住んでいた茂人は、すぐに恵比寿の私の自宅に転がり込んできた。

私も“料理研究家”と名乗っているけれど、SNSのフォロワーが多いだけで、実態はただの料理教室の先生。

実家が代々不動産業を営んでおり、マンションの一室とお小遣いを与えられているおかげで悠々自適な生活ができている私も、来年28歳になる。

そろそろ結婚に向いている男と付き合わなくちゃと思っているのだけれど…。

「今日はご飯何作ってくれるの〜?」

甘ったるい声で毎朝囁かれると、そんな考えはすべて吹き飛ぶ。

アラサーという年齢にさしかかっているのに。収入がほとんど0の恋人なんて誇らしいとは思えないはずなのに…。

それでも、どうしても茂人のことが好きでたまらなかった。

この顔面には、それだけの威力があった。

そして、私だけのものだと思っていた美しすぎる顔が、世に認められてしまう瞬間がついに訪れてしまったのだ。


恋人・茂人の美貌が、世間にバレる。そして、女は狂気に満ちた行動に…


「ねぇ。俺。バズった」

朝いちばんに、茂人がそう言ったのだ。

いつもは私に朝ごはんをねだる彼が、茫然と単語を並べるだけ。

「どういうこと?」

まだ朝の5時だというのに、彼はスマホ片手にベッドルームに立ちすくんでいた。

昨日、私はTikTokに「簡単おつまみレシピ」を上げた。最後にお皿に盛りつけた無限キュウリを茂人に持ってもらったのだが、モデルのRinaがそのスクショと共に「誰このイケメン」とツイートし、それが瞬く間に拡散したらしい。

誰かが画像検索したのか、すぐに茂人と判明。彼のSNSのフォロワーが、一晩で一気に急増。事務所にも情報番組から連絡が入っているという。

「え、やったじゃん!!茂人も有名人じゃん〜!!」

最初は、私も手放しに喜んだ。

だって彼が有名アーティストの仲間入りを果たし、ちゃんと稼げるようになったら、私は何も心配することなく彼と結婚できる。誇らしいことだ。

一握りの選ばれし者にしか与えられない栄光を、彼は掴めるかもしれない。

「茂人、このチャンス逃しちゃダメだよ!絶対に!!」
「うん、俺ちょっと仕事頑張るわ」

そう言って、朝早くから茂人はマネージャーに呼び出され、事務所へ飛んでいった。

けれど茂人は、バズっただけじゃ終わらなかった。

そのルックスに恋する女性は後を絶たず、ネットCMのイメージモデルに起用され、深夜のバラエティに呼ばれ、ラジオのゲスト出演なんかもするようになっていった。

私は1ミリも良さがわからなかったけれど、彼の歌声に心打たれる人も現れはじめた。

茂人は少しずつ、アーティストとしての夢を掴み始めたのだ。

私も、最初はその事実に喜んだ。どんどん増えていく女性ファンに、優越感を抱いたりした。

女たちが熱狂する、熱い視線を送る男。その恋人は、私なのだから。

…だけど、その優越感は徐々にあらぬ方向へと歪んでいった。


配信


「みなさん〜、今日は何しているんですか〜?」

茂人は今日も、ハイボールを片手に「みなさん一緒に飲みましょう」とインスタライブを配信中。視聴者は750人。

いつもだったら、私と2人きりで晩酌しながら映画でも見ている時間なのに…。

「僕は本当にみなさんの事が大切なんです。これからも、応援してください」

ベッドルームから、私はそれを裏アカで視聴する。

<TikTokに映っていた綺麗な彼女さんのことも大切にしてくださいね〜>

私が自分でそうコメントしても、茂人はスルー。

私のおかげで、バズったのに。私のおかげで、いままで生活してこられたのに。…どうして、私よりファンを見ているのだろうか。

私は、とうとう我慢ができなくなった。




「こんばんは〜、昨日はバレンタインデーでしたね〜」

キッチンへ移動すると、私もライブ配信を始めた。いつもは入念にレシピを確認し、食材を準備してから始める。だけど、今日の配信は衝動的だった。

「…私、最近悩みがあるんです。…モテる彼氏を持っている人ならわかると思うんですけど、彼がたくさんチョコをもらってきて、全然消費できないで困ってるんです」

彼の事務所に届いた大量のバレンタインチョコやら手紙を、しっかりとカメラに収める。

「見てください!これ茂人がもらってきたんですけど、全然消費できなくて…。しかもどれも似たようなチョコばっかで飽きちゃうんですよね…。

そこで今日は、チョコのアレンジレシピを公開したいと思います〜」

私は乱暴に梱包を解き、『Shigeto♡』とデコペンで描かれたハート型のチョコや、可愛くラッピングされた生チョコやトリュフチョコを、一緒くたにボウルに投げ入れた。

「みなさん、よく見てください〜。これらのチョコを全部粉々にしま〜す」

木の棒で、勢いよくそれらを割っていく。

鬱憤を一気に晴らすかのように。

ハート型のチョコはバリっと良い音がして粉々になり、デコペンのピンクが飛び散る。生チョコやトリュフチョコはねっちょりとペースト状になっていく。

すべて、すぐに原型をとどめなくなった。

「みなさん、そしたら、これをレンジでチンして、さらにぐちゃぐちゃにします!…で、レンジでチンしている間に、ごみを捨てましょう。

見てください、こんな手紙とか入ってたりするんですよ。茂人には私という恋人がいるっていうのに…。人の彼氏にちょっかい出す女って、どう思います?」

私は1枚のメッセージカードを取り出し、スマホで映して見せた。小さなメッセージカードにはピンクのペンでLINEのIDが書いてある。

それがカメラにしっかり映っていることを確認して、ビリビリに破いた。破片がこれでもかというほど小さくなるようビリビリに。

「茂人は、私の恋人なんです。…私だけのものなんですよ。どうしてちょっかいだそうとするんですかね」

レンジがチーンと音を立て、チョコが溶けたことを知らせる。

けれどそんなことはお構いなしに、私は無心になって手紙をひとつひとつ、粉々にする勢いで破いていった。

「みなさん、もう一度言いますね、茂人は私だけのものなんです。私だけのものなんですよ」

視聴者数がどんどん増えていく。

― …もっと、もっと増えて。そうすれば、より多くの人に、私が茂人の恋人だと知らしめられる。

「みなさん、もう一度言います。いや、何度でも言います。茂人は私のものなんです。次のチョコのラッピングを開けますね。…あ、これにも手紙が…」

私は、夜が明けるまで配信を続けた。

▶前回:友人の結婚式で放映された、サプライズムービー。そこに写っていた新婦のあらぬ姿

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