高級チョコをあげる女 vs. 何も用意しない女。バレンタインの結果は?
同じ会社、同じ部署。そこで働く、27歳・同い年の美女ふたり。
世渡り上手のあざとい女子と、真面目過ぎて融通が利かない女子。
彼女たちは見た目から性格、そして行動まで、何もかもが“正反対”なのだ。
そんなふたりが恋に落ちたのは、同じ会社のイケメン次期社長!?
美女ふたりからアプローチを受ける御曹司は、一体どちらの女性を選ぶのか。
◆これまでのあらすじ
大手製菓会社の広報部で働く27歳・美人OLの紗良と七瀬。正反対の2人の前に現れたのは、会社の次期社長であり御曹司の英琉だった。
▶前回:容姿と性格が真逆の美女ふたり。そこに御曹司が配属されて…?
Vol.2 それぞれのバレンタイン
〜紗良「私のチョコを喜ばないなんて…」〜
「一ノ瀬です。これから3ヶ月間、よろしくお願いします」
広報部へやってきた社長の息子・英琉は、部長に促されて簡単なあいさつを済ませた。
その姿を部署内の女性社員たちは、獲物を狙うようなギラギラとした目で見ている。彼のことを品定めしているのが、誰の目にも明らかだった。
― みんなわかりやすいなあ。ていうか、怖くない?うーん、せっかくオシャレしてきたけど、ちょっと作戦変更かなあ。
私は、何でもないふうを装って、それでいて少しだけ上目づかいで、その様子を眺めていた。
英琉はさわやかに笑っているけれど、この異様な雰囲気を感じ取っているのだろう。体の前で組んだ手の指先には、グッと力が入っている。
デスクに座って仕事を始めてからも、周囲の視線に居心地の悪さを感じているようだった。
そんな彼を気の毒だとは思う。
けれど私は、“あえて”英琉とまわりの女性社員たちをしばらく静観することを決め込んだ。どのタイミングで彼にアプローチをしかけるのが効果的かを見定めるためだ。
◆
すると、その1週間後。
「私、一ノ瀬さんのことランチに誘ったんだけど、うまくかわされちゃったー」
「え、私もー!彼って、結構ガードがかたいよね」
思っていたよりも早く同僚たちのあいだで、こんな会話が繰り広げられるようになった。
― よし、行くなら今だよねっ!みんなと同じことをしても、御曹司の印象に残らないじゃない?
「一ノ瀬さん。何かわからないことがあったら、いつでも聞いてくださいね♡」
私は給湯室で来客用のマグカップにマリアージュ フレールの紅茶を注いで、英琉のデスクにそっと置いた。
社内報に、彼が好んで飲んでいると書かれていた高級紅茶。私はそれをここぞのときのために、自分のデスクの引き出しに忍ばせていたのだ。
「ありがとうございます。もしかしてこの紅茶って…?あ、えっと…あなたは?」
「紗良です、村上紗良。よろしくお願いしますっ♡」
まわりの女性社員たちとの違いを見せつける紗良に、英琉は?
英琉と私のファーストコンタクトは、なかなかいい感じだった。
「村上さん、ありがとうございます!これって、マリアージュ フレールですよね。マルコポーロかな…?僕、好きなんですよ」
「本当ですかー?私も好きなんです。一ノ瀬さん、異動してきてからちょっとお疲れなんじゃないかなと思って」
両手を胸の前で重ね、首をかしげてこう言うと、英琉は一瞬心を許したかのような表情を浮かべて答えた。
「いえ、みなさん親切にしてくださるので。僕も早く慣れないと…。あ、じゃあ早速、このイベントのことを聞いてもいいですか?」
「もちろんです!私でよかったら、何でも聞いてくださいっ♡」
それからというもの、英琉は教育係の七瀬の手が離せないときは、私のところへ質問にくるようになったのだった。
― まわりの女子たちみたいにガツガツいかないけど、“さりげなく”気にかけてるアピールよ!
この作戦のおかげで、私は英琉との距離が少しずつ近づいている確かな手ごたえを感じていた。
だが、ちょうどこの頃から、バレンタイン当日に控えているオンラインイベントの準備で、広報部内は一気に慌ただしくなってしまったのだ。
◆
英琉と会話をする機会もグッと減り、迎えた2月14日。
誰もがイベントの対応に追われ、昼食さえまともに取ることができていない。そんななか、部署内にいる男性社員が仕事を引き受けてくれた私には、小一時間ほど余裕ができた。
そこで私は、英琉を探して、とっておきのチョコを渡すことにしたのだった。
私が彼のために用意したのは、日本初上陸のブランド、イヴァン・シュヴァリエのショコラアソート。フランス産のバターがたっぷりと使われたガナッシュや、そばの実が混じったプラリネサラザンの8個入り。
世界各国のスイーツに詳しい英琉のことだから、きっと喜ぶに違いない。廊下の先に彼の姿を見つけた私は、小走りで駆け寄った。
「あの…一ノ瀬さん。これ、受け取ってください!」
しかし、英琉はチョコを受け取ると、あまり見もせずにジャケットの内側にサッとしまった。どこかへ急いで向かおうとしているのか、引き止められて困ったような顔をしている。
「あ、ありがとうございます。わざわざお気遣いいただいて…」
そして、心なしかいつもより早口でこう続けた。
「村上さん、今ってお手すきですか?それなら、スタジオの片づけを手伝ってもらえませんか?長谷川さんが、1人でやってるんですよ」
「えっ?あ、はい…」
― よりによって、七瀬の手伝いって…。ていうか、私からチョコをもらって喜ばないなんて、一ノ瀬さんってちょっと失礼じゃない?
誰よりも先にバレンタインチョコを渡して、英琉に自分のことを印象づけようと思った私は、彼の予期せぬ反応に軽いいら立ちを覚えたのだった。
〜七瀬「私が食べたこのチョコって…?」〜
2月14日のバレンタイン当日に、人気ユーチューバー3人を会社内のスタジオに呼んで、動画の生配信をすることになっていた。
部長イチオシの企画で、自社の売れ筋商品を使い、チョコレートケーキ作りに挑戦するオンラインイベントだ。
正直に言うと、バレンタイン当日にケーキ作りの生配信をしたところで、視聴者がどれくらいいるのかわからない。だが、これまでにない試みでもあるので、やるからには成功させようと、私やほかの部署の関係者も意気込んでいた。
その矢先に、社長の息子・一ノ瀬英琉が異動してきたのだった。
教育担当を任された私は、例のユーチューバーたちとの打ち合わせに彼を同席させた。すると、2人の女性は英琉に好意的で、もう1人の男性はかつて留学していたことがあるというフランスの話で、その場は大いに盛り上がった。
一緒に仕事をして間もないけれど、彼は意欲的だし、人当たりもいい。だから私は、英琉にこのイベントをサポートしてもらうことに決めたのだ。
「一ノ瀬さん、ユーチューバーさんたちとの細かなやり取りは、お任せしてもいいですか?」
「わかりました。不明点があったら、長谷川さんに…あ、それか村上さんに確認しますね」
― ちょっと待って、どうして紗良に…?
いきなり出てきた紗良の名前に驚く七瀬…
「あの…。村上さんでもいいですけど、彼女は正式な担当ではないので、できれば私に聞いてください」
「そうですか?では、長谷川さんに指示を仰ぎますね」
紗良は、仕事ができないわけではないけれど、どこか人任せなところがあってイマイチ信用に欠ける。それに、彼女のことだから、英琉に近づくための手段として仕事を利用しかねない。
そう思った私は、彼の提案をそれとなく取り下げたのだった。
英琉はふと不思議そうな顔をしてみせたが、何かを察したのか、すぐにいつもの人懐っこい笑顔に戻った。
そして、バタバタと忙しなく迎えたイベント当日。
午前中に1人、午後に2人のユーチューバーの生配信は何とか無事に終了。出演者や司会者を丁重に見送るとドッと疲れが出てしまい、思わず大きなため息が漏れた。
「長谷川さん、お昼まだですよね?僕、何か買ってきます」
「でも、まだスタジオの片づけがあるので。終わってからで、大丈夫で…す」
そう言いかけるとグーッと大きくお腹が鳴り、手で慌てて押さえる。
「ちょっと行ってきます!長谷川さんは、少し休憩していてください」
「…すみません」
― そういえば一ノ瀬さんもまだ食事してなかったな。それに、何だか気を使わせちゃったみたい。
◆
それから10分後。
走って買い物に行ったのか、軽く息を切らせた英琉がスタジオに戻ってきた。
「はい、お好きなものをどうぞ!って言っても、そこのコンビニで買ってきただけですが」
「こんなにたくさんっ!?えっと、じゃあ一ノ瀬さんからお先にどうぞ」
英琉は、弁当やおにぎり、サンドイッチ、肉まんなどを2袋分も買い込んできた。
明らかに2人分ではない量の多さに思わず笑ってしまうと「食後にこれも」とベージュの小さな箱が差し出された。
「これは?」
「…実は、さっきもらったチョコなんです。これ、日本初上陸のブランドなので、結構レアで。今日の頑張りのご褒美に、一緒に食べませんか?」
そういえば、今日はバレンタインだ。
英琉がもらったチョコを一緒に食べるのは、相手に悪い。けれど、鼻孔をくすぐる甘い香りに、つい手が伸びてしまった。
― このチョコ、濃厚なのに上品な甘さですごくおいしい…!一体、誰からもらったんだろう?
オンラインイベントも、空腹でクラクラしていた今も、彼がいてくれて助かった。私は、チョコの甘さと一緒に、心がほぐれていくのを感じていた。
と、そこへやってきた紗良が、私たちの手元を見てボソッとつぶやいた。
「それ……!もしかして、私の…?」
▶前回:容姿と性格が真逆の美女ふたり。そこに御曹司が配属されて…?
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