32歳年上の男の部屋に行った夜、起きてしまったコト
これは男と女の思惑が交差する、ある夜の物語だ。
デートの後、男の誘いに乗って一夜を共にした日。一方で、あえて抱かれなかった夜。
女たちはなぜ、その決断に至ったのだろうか。
実は男の前で“従順なフリ”をしていても、腹の底では全く別のことを考えているのだ。
彼女たちは今日も「こうやって口説かれ、抱かれたい…」と思いを巡らせていて…?
▶前回:3年前にフラれた彼氏から、突然の連絡。いきなりメッセージを送ってきたのは、最低な理由からだった…
ケース11:デートにいつも遅刻する女・江原幸奈(25歳)
「ヤバい、またやっちゃった…」
一平:もう、別れよう
ロック画面に表示されている、彼氏からのメッセージを読んだ瞬間。全身から嫌な汗が噴き出した。
ベッドサイドに並べた複数の目覚まし時計に目をやると、時刻は2時20分を指している。15分早く設定しているので、実際は14時をちょっと過ぎたところだろう。
「土曜日に大阪から両親が来るから、一緒にランチでもしない?今回だけは遅刻厳禁だよ」
1週間前、付き合って半年になる彼からの提案に胸が踊った。そして迎えた土曜日の今日。約束の12時から、すでに2時間以上も遅刻しているのだ。
恐る恐る電話をかけると、一平は電話に出るなり、大きなため息をついた。
「ごめん、今起きた…。LINEも電話も気づかなくって。今すぐ準備して向かうね」
「…もう、遅いよ」
遅刻しても毎回「待ってるね」と優しく言ってくれた彼の声が、今日は冷たかった。
「母さんと父さん、大阪に帰ったよ。今日で何回目の遅刻だと思ってるの?さすがに、両親が来た日くらいはちゃんとしてよ…」
「本当にごめん!でも、目覚ましもかけてたの。昨日も早く寝たんだけどね」
「…俺の両親に会いたくなかったんだろ」
すると「違うの!」と激しく否定する私の声をさえぎって、彼は吐き捨てるようにこう言ったのだ。
「約束も守れないような、非常識な人間とは付き合えない。俺は最後まで幸奈がわからなかった。…別れよう」
何度も繰り返してきた恋の終わり。一平に「ごめんね」とだけ送ると、私は枕に顔を押し付け、声を出さないようにして泣いた。
…こうやって遅刻を繰り返した末、私はいつも振られるのだ。
なぜ幸奈は、毎回デートに遅刻してしまうのか…?
「すみません、今から向かいます…!」
一平から別れを告げられて、およそ1年。私は新しい恋なんて全然できず、フルフレックス制の会社で仕事に邁進していた。
数年前から時事系のWEBメディアで、ライターとして働いていた私。しかし今日も、撮影スタジオに向かって走っていた。
海外で活躍する有名なジャーナリストの取材日ということもあり、気をつけていたつもりだったが…。この日も遅刻してしまったのだ。
約束の11時から30分も遅れてスタジオに到着すると、怒り狂う上司の横で、無精ひげを生やした男性が微笑んでいた。
「まあまあ、そんなに怒らなくても」
遅刻した私をフォローしてくれたのは、ジャーナリストの村山洋二という男性だった。白髪の混じった前髪の間から、柔和な目がのぞいている。
彼の顔を見て、私は言葉を失った。同時に過去の記憶がよみがえってきたのだ。
◆
自分が“当たり前のことができない人間”だと知ったのは、今から13年前のこと。
「いい加減にしなさい!」
母は、毎朝ベッドから起き上がれない私の布団をはぎ取って、こう言っていた。
「何度遅刻したら気が済むの!どれだけ成績がよくても当たり前のことができなかったら、人生終わってしまうんだから!」
幼い頃から私は朝が弱く、午前中の授業をよくサボっていた。いや、サボっていたわけではない。本当に起きられないのだ。
起きようとすると全身が痙攣し、めまいがした。
見かねた母が家庭教師を雇ってくれたおかげで、成績は常に上位だったが、クラスでは“協調性がない子”として浮いていた。
「いいじゃないか、ねぇ?成績はいいんだし」
そんな私に対して、唯一優しく接してくれたのは父だけだったのだ。
ドキュメンタリー映画の監督だった父は、私を有名私立中へ進学させようと躍起になっている母を横目に、映画や本を通して、私の知らない世界のことを教えてくれた。
「朝起きられなくたっていい。幸奈は勉強が出来るし、文章の才能もあるんだから」
しかし広告代理店で規則正しく働く母と、不規則に働く映画監督の父はすれ違い、私が中学へ進学した頃に離婚した。
母に引き取られたのち、私は中高一貫の女子校に進学。相変わらず午前中の授業には出られなくて、家庭教師を頼りながら、なんとか大学に進学したのだった。
一方の父は、離婚を機に紛争地でのドキュメンタリー撮影のため、イラクに拠点を移してしまったのである。父が日本を去ると知ったときは、本当にショックだった。
唯一の理解者だと思っていた人に、捨てられたような気がしたのだ。
そうして「私を理解してくれる人は誰もいない…」と心に傷を残したまま、大人になったのだった。
◆
取材が終わったあと。洋二さんは気まずい雰囲気を察してか、私をカフェに誘ってくれた。
「そうか〜。幸奈さんのお父さんも、ジャーナリストだったんだね」
「はい。父だけが私の理解者だったんですが、母との離婚をキッカケに日本を離れちゃって」
彼は私の言葉に耳をかたむけながら、優しく頷いている。
「あの…。今日は遅刻してしまい、本当にすみませんでした」
「いいんだよ、気にしないで」
そのとき、洋二さんと大好きだった父が重なって見えたのだ。そして気づけば、今まで誰にも言えなかった病気のことを口にしていた。
「私、自律神経系の病気があるんです。朝起きられないのも、それが原因で…」
この日を境に、洋二さんとプライベートでも会うことが増えていった。彼は57歳のバツ1で、私と同じ25歳の娘さんがいるという。
さらにお互い代々木上原に住んでいたので、彼のマンションで仕事の相談に乗ってもらうようにもなった。
中学生の頃からずっと“父親という存在”を求めていた私にとって、洋二さんは心から信頼できる人だったのだ。
…あの日までは。
2人の間に起きた、ある事件とは?
洋二さんのもとに通うようになってから、1ヶ月ほど経った日のこと。
いつものように、自宅近くの『ファイヤーキング カフェ』でお茶をしていると、彼はおもむろに小さな袋を取り出した。
「開けてみて」
それは、モンブランの万年筆だった。エレガントなホワイトの本体に「yukina」の文字が刻印されている。
「ええ!こんな高いもの、いいんですか?」
「もちろん、もうすぐ誕生日でしょ。少し早いけど」
そのあとは、いつものように洋二さんの部屋まで行き、彼が作ってくれたポトフを食べながら仕事や恋愛の話をした。
「朝起きられないせいで、毎回彼氏に振られるの」
「病気について話したことは?」
「一度もない。話したら、引かれちゃうんじゃないかって思って…」
「そんなんで引くような男はダメだな。俺は幸奈のすべてを受け入れるよ」
そう言うと、彼は突然私の肩に手を乗せ、そのままソファへと押し倒してきたのだ。
「えっ、ちょっと待って!何するの…!?」
嫌悪感がこみ上げてきて、思わず洋二さんを大きく突き飛ばす。
「…俺は、幸奈を愛している。付き合いたいと思ってるよ」
「ふざけないで!」
自分でもビックリするほどの大きな声が出た。彼は尻もちをついたまま、目を丸くしている。
「どういうつもりか知らないけど…。私は、洋二さんをお父さんみたいだと思って信頼してたのに!」
彼は悲しそうな表情を浮かべ、目を伏せている。ムカムカしていた私は、そのまま洋二さんの部屋を飛び出したのだった。
◆
それから2日後。
私は代々木上原にある『エンボカ 東京』に、高校時代からの友人・佐知を呼び出した。彼女は私の病気についても知っている、たった1人の親友だ。
「それは、幸奈が悪いよ」
洋二さんとの間に起きた事件について彼女に話したところ、あきれ顔でそう言われてしまった。
「男の家へ頻繁に行くってことは『抱かれてもいい』っていう合図なんだよ?むしろ、今まで手を出されなかったのが不思議だね」
「でもさ。うちのお父さんと、ほとんど年齢変わらないんだよ?」
「そんなの関係ないよ。彼の方は、最初から幸奈のことを“娘として”なんて見てなかったと思うな」
デザートピザを食べながら、佐知は厳しい口調で言う。
「まあ、娘と同い年の女に手を出すのは、どうかと思うけどね…。でもさ、ちょっと考え方を変えてみて。彼は幸奈の病気のことを知っても、理解してくれたんでしょ?」
「うん」
「じゃあ、同じことを一平くんにも言った?」
「言ってないけど…」
キョトンとしている私を、佐知がまたもやあきれた顔で見ている。
「たぶん一平くんも、幸奈の病気のことを聞いて、引いたりしないと思う。つまり幸奈のことを理解してくれる男は、他にもちゃんといるってこと!」
その瞬間、心がほどけていくのを感じた。同時に、いつも遅刻する私を何時間も待ってくれていた、一平の姿を思い出す。
「連絡してみなよ、一平くんに」
彼女はそう言うと、優しい目で私を見つめてくる。佐知の言葉に、ずっと心の奥にあったしこりが取れたような気持ちになった。
一平に連絡して、自分がどうしたいのか。そして何を話すのかさえ、まだ決まっていない。
それでも私はスマホを手に取り、彼の連絡先を1年ぶりに開いたのだった。
▶前回:3年前にフラれた彼氏から、突然の連絡。いきなりメッセージを送ってきたのは、最低な理由からだった…
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