見栄と承認欲求で作りあげられたインターネットの世界。

ここでは誰もが『なりたい自分』になれる。

ハイブランドで全身を包み、華やかな日々をSNSに公開していた謎の女・カレン。

そんな彼女が、突然、この世を去った――。

死によってあぶり出される『彼女の本当の姿』とは…?




Chapter.1 消えた彼女


「カレン、亡くなったらしいよ」

道重玲香がそんな噂を聞いたのは、自粛期間が明けて久々に開催された知人たちとの食事会だった。

カレン、29歳。

彼女の情報はこれしか知らない。

29歳というのも、彼女が笑いながら自己申告していた数字から計算した年齢なので実際は違う可能性がある。雰囲気からして現在26歳の自分より年上なのは確かだ。

玲香は青山にある美容皮膚科の看護師をしながら、たまにモデルの仕事をしている。六本木や赤坂で開催される夜の集まりに、“華”として誘われることがよくある。

噂のカレンとは、3年前にとあるパーティーで出会った。同じような状況で何回か会い、話をしたこともある。

その縁でInstagramでもつながっていた。

しかし、彼女が亡くなったことを聞いても、玲香は不思議と「ああ、そうなんだ」としか感じられなかった。

彼女の死を悼みはするが、それはTVニュースで知る有名人の訃報と同じ。SNS上では“友達”だったが、カレンは謎めいた、遠い存在だったのだ。

― そういえば、最近更新なかったよね。

玲香は彼女のInstagramを眺めてハッとする。コロナ禍で誰もが自粛ムードだったので気づかなかったが、ネット上どころかもうこの世にもいなかったとは…。

ローズパープルのバーキンを右手に、左手の人差し指にはブシュロンのキャトル。ドレスはDOLCE&GABBANAがお気に入りで、それらは食事会やSNSの写真上の彼女を鮮やかに彩っていた。

カレンがどんな仕事をしていたのか、そもそも働いていたのかもわからないが、普通のOLの給料ではこんな豪華な生活は成り立たない。おそらく、支援者がいたのだろう。

― 何があったか知らないけど、かわいそうに…。

画面の中には、きらびやかな生活と加工で彩られた満面の笑顔。彼女がもうこの世に存在しないとは信じられない。…と言うより、実在していたのかとさえ思ってしまう。

それだけカレンは不思議な存在だったのだ。


そんな玲香のもとに、ある人物から連絡が来て…


正体不明のダイレクトメッセージ


カレンの訃報を聞いて1ヶ月経った。

一時期の界隈はその噂でもちきりだったが、話題の賞味期限が切れると、もう誰も彼女のことなど話さなくなっていた。

皆で線香をあげに行こう、とか、お別れ会をしよう、などという声は出ていたが、結局なにも開かれなかった。このご時世を理由に、誰も腰をあげなかったのだ。

顔見知りがひとりいなくなった、ただそれだけのこと。

夜の街は彼女がいなくとも十分華やかで、キラキラした時間はいつも通りに流れている。




その日もまた、玲香はモデルの友人から誘われたパーティーに行く途中だった。

勤務先である青山のクリニックの終業後、玲香は『西麻布 glam』に向けて、そそくさとタクシーに乗り込む。わずかな距離であるが、先方が行き帰りを持ってくれるという好意に甘えない理由はない。

「ありがとうございました」

店には5分もしないうちに到着した。

隠れ家的な存在感を醸し出し、ひときわ目をひく漆黒の壁。その特徴的な外観にピンときて、カレンとの初対面はこの店だったことをふと思い出す。

玲香は店の前でパーティーに一緒に参加するモデルの友人・芽衣に連絡しようとスマホを手に取った。

すると、Instagramに通知が届いていることに気づく。画面を見るとそれは見ず知らずのアカウントからの送信許可申請だった。

いつもなら無視して放置してしまうが、約束の時間よりも少々早めに到着してしまったせいで、不意にメッセージを開いてしまった。

『reika様。突然連絡差し上げて申し訳ございません。私、karen0227の妹でございます。』

karen0227とは、カレンのInstagramの表示名だ。

「妹って…」

彼女に妹がいたことは初耳だ。そもそも家庭環境も家族構成も学歴も何もかも知らなかったのだが。

『ご存じかもしれませんが、姉は2021年10月1日に永眠いたしました。

葬儀は親族のみで行い、現在故人は故郷の墓に両親と共に眠っております。ご友人の方々へのご連絡が遅れて申し訳ございません。』

― 友人じゃないんだけどね…。

丁寧な文章に恐縮しつつ、心の中で否定する。

確かにInstagramの投稿でタグ付けをしあったり、写真でともに写っていたので、ネット上ではそう見えてしまうのかもしれない。

罪悪感を抱きながらメッセージを読み進め、最後の言葉に玲香は絶句した。


カレンの妹からの連絡。そこに書いてあった言葉とは…


『つきましては、reika様にお願いしたいことがございます。お時間があるときにでもご連絡頂けたら幸いです』

「えっ!」

思わず声に出して驚く。お別れ会の幹事をやるようにでも言われるのだろうか…。どうやら面倒なことになりそうな予感がした。

メッセージ画面から目を離すと、芽衣がちょうど到着する。

「どうしたの?怖い顔して」

スマホを見る顔が鬼のような形相だったらしく、いぶかしげに尋ねられた。

「いや、別に…」

気を取り直してパーティーに参加したものの、そのメッセージが頭から離れず、いつものような楽しさを感じることはできなかった。



それから数日――

自分だけではないと思い、玲香は『カレンの妹から連絡が来た』という知人を探したが、同じようなメッセージを受け取ったという者は見当たらなかった。

「怖いけど、連絡するしかないのかな…」

よく送られてくる見知らぬ男からのメッセージのように無視すればいい、そう心に言い聞かせてもスルーができないのは、彼女がもうこの世にはいないからだろう。

無視をしたら何か罰が当たりそう…。そんな呪いのようなものを感じてしまう。

『ご連絡遅れて申し訳ございません。道重玲香です。カレンさんの件は存じておりますが、お願いとは一体どのようなことでしょうか』

できるだけ機械的に言葉を選んで返信すると、すぐに返事が来た。

『ご連絡ありがとうございます。詳細は直接お話いたしますので、お時間あるときに姉の自宅までお越しいただけないでしょうか』

メッセージとともに、待ち合わせ場所としてカレンが暮らしていたという住所が添えてある。

まどろっこしい誘いにいら立ちながらも、その住所に玲香は思わず目を見開いた。




「すごい…カレンさんって、こんな部屋に住んでいたんですね」

南青山の高層マンションの3LDK。玲香でもその名を知る超高級物件。そこが生前のカレンの居城だったようだ。

「ひとりで住むには広すぎますが、姉は買い物が好きでしたからモノを保管するにはちょうどよかったのかもしれませんね」

部屋を案内しながら、カレンの妹で、明奈と名乗る女は柔らかな笑顔を見せた。

ショートカットの穏やかな雰囲気の女性で、カレンとまったく印象は違うが、一重で涼しげな目元がうっすらその面影を宿している。

ここに来たのは好奇心のほか、何でもない。玲香にとって謎の存在・カレン。知りたいことがたくさんあったからだ。

彼女の素性、生い立ち、交友関係。そして一番知りたかったのは――。

失礼を承知で、玲香は無垢な振りをして尋ねた。

「あの、突然お亡くなりになられた理由って…」

「申し訳ございません。遺書の…本人の意向でお答えはできないんです」

即答だった。そう言われてしまったら、これ以上何も追求できない。

「そうですか…」

にわかに気まずい雰囲気が流れる。明奈は故人を想っているのか遠い目で窓の外を眺めていた。

玲香は彼女を一瞥し、視線をおもむろに部屋の中へ逃がす。

壁にはバスキア風の前衛的な絵画。シンプルなインテリアだが、大きな天然石の置物やバカラのペンダントランプが高級感を演出している。

そしてなぜか洋服や靴、バッグをはじめとする彼女が持っていたグッズの数々が、部屋中にこれ見よがしに展示されていた。

― 本物、だったんだ。

このマンションもそうだが、そのすべてがカレンの本当の持ち物であることに、玲香は実は驚いていた。

「それで、玲香さんをお呼び出した理由というのが…」

数々の高級品を眺める玲香の背後から、明奈がささやく。玲香がぎこちない微笑みを返すと、彼女は真剣な表情で口を開いた。

「玲香さん。形見分けの作業を、お願いできませんでしょうか?」

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