『嫉妬こそ生きる力だ』

ある作家は、そんな名言を残した。

でも、東京という、常に青天井を見させられるこの地には、そんな風に綺麗に気持ちを整理できない女たちがいる。

そして、”嫉妬”という感情は女たちをどこまでも突き動かす。

ときに、制御不能な域にまで…。

静かに蠢きはじめる、女の狂気。

覗き見する覚悟は、…できましたか?

▶前回:積極的に姑との同居を提案してきた嫁。彼女が密かに企む、恐ろしすぎる計画




知らんぷりする女


別に、結婚しているから羨ましいんじゃない。

旦那さんが外資系投資銀行勤務のエリートで、玉の輿に乗ったからって、嫉妬してるんじゃない。

私だって、もう35歳。

世の中は不条理に満ちている。生まれながらに全然平等じゃない。そんなことはもう十分すぎるほどにわかってるつもりだ。

だけど…。だけどどうしても、愛莉だけは許せない。

私たちは2人とも、フリーランスのライター。お互い、それなりに名前は売れている。

けれど、私のほうが人一倍努力しているし、私のほうが絶対に実力もある。

それなのに愛莉は、“働く女性の代表”みたいな顔をして、多くの人から注目を浴びる。

美人ライターとして取材を受けるなんて、おかしい。

絶対におかしい。

…だから、これくらいしても許されるよね?

愛莉は恵まれ過ぎているんだから、ちょっと嫌がらせするくらい、許されるよね?


美人セレブ妻・愛莉に嫉妬した女は、彼女にとんでもない嫌がらせをする…




愛莉との出会いは、2年前に遡る。

私が新卒から10年近く勤めたていた出版社に、愛莉が契約社員として入社してきたのだ。

愛莉は女子大を卒業後、すぐに結婚。企業勤めの経験がなく、気が向いたときだけ企業の受付やアパレル店員のような仕事をしていたそうだ。

けれど、暇つぶしではじめたブログの人気がでたことをきっかけに、知り合いにこの仕事を紹介されたという。

最初は編集アシスタントとして、ほとんど雑用みたいな仕事をしていた。だけど、彼女にとって雑誌の世界の裏側を覗けるということはとても楽しいことだったらしい。仕事は案外きっちりこなしていた。

そして、徐々に文章を書く仕事ももらうようになっていった。

最初は素人に毛が生えた程度だったけれど、少しずつ筆力が上がっていったことは、私の目から見ても明らかだった。

「愛莉、やったじゃん!初連載!」
「ありがとう〜!!嬉しい」

私は正社員の編集者で、愛莉は契約社員の編集アシスタント。立場の差は明確だったけれど、同い年で裏表のない愛莉とはすぐに打ち解けた。

でも、1年後。

「みなさん、1年間本当にお世話になりました。とっても貴重な経験をさせて頂きまして…」

愛莉は、契約を延長することなく、きっかり1年でこの会社を去ったのだ。

― せっかく慣れてきていたんだから、もっと続ければいいのに…。もったいない。

最初はそんな風に思っていたけれど、彼女がフリーランスのライターを名乗り始めていたことを知ったのは、すぐあとのことだった。

知らぬまにフォローされていた彼女のSNSアカウントのプロフィール欄には、“フリーランス・ライター”の文字。大量の自撮り画像のポストに、5Kを超えるフォロワー。

「フリーランスのライターって…」

そのアカウントを見たとき、ちょっと冷めたような気持ちで彼女を見ると同時に、胸のざわつきを感じたことを今でもよく覚えている。




なぜなら、私も同じく独立を考えていたから。

会社という枠に縛られず、自由に仕事がしたい。自分が書きたいと思うことだけを書いて生きてみたい。そんな想いがずっとあった。

12年をかけて培った編集者としてのキャリアと人脈を武器に、それをそろそろ実現しようかと思っていた頃だったのだ。

そんなとき、彼女が一足先に“フリーランスのライター”を名乗りはじめた。

もちろん、キャリアと実力においては負けない自負はある。

けれど、つい最近重い腰をあげて育てはじめた私のSNSアカウントは、まだフォロワー70人。フリーランサーとして、個人のSNSは仕事が舞い込むチャンスを持つ、大事なツール…。

フォロワー数が負けているだけ。そんなことを脅威に感じる必要は全くないはずだったのだが、愛莉のアカウントは私の心にモヤモヤとした違和感を残した。

…そしてこの違和感は、のちに形になって現れはじめたのだ。


フリーランスのライターとして独立した愛莉が、思わぬ快進撃に…


愛莉のSNSには毎日、仕事の様子がポストされる。

<これから打ち合わせ♪>
<取材の帰り道。へとへとだ〜>
<これから原稿3本書く!!!>

詳細はアップされないものの、仕事が充実していることだけは伝わってきた。

― あれっぽっちの経験値なのに、…もうこんなに仕事もらえてるの?もしかして、ちょっと盛ってる?…それとも、よからぬ方法で仕事もらっているとか?

愛莉の素直でまっすぐな人柄を考えれば、投稿内容が真実であることに違いないことはすぐにわかった。けれど、どうしても捻くれた考えが頭をよぎってしまう。




それからほどなくして、私も念願だったフリーランスへと転身した。

こつこつと増やしてきたSNSのフォロワーは、もうすぐ890人。まだまだ愛莉には届かないけれど、これまで培ったコネクションで、ありがたいことに仕事には困っていない。

愛莉のSNSはミュートにして、精神衛生もキープ。念願のフリーランスを謳歌しようとしていた矢先。

「わ、久しぶりじゃん〜」

ある大手出版社での打ち合わせの帰り道、エレベーターホールでばったりと愛莉と遭遇してしまったのだ。

「愛莉、久しぶり…。何してるの?」
「私も会社やめてからずっとライターの仕事してて。今日は取材だったんだ〜」

記念に撮ってもらったんだと言って喜々として見せてきた写真。そこに写っていたのは、私がこの業界を志すきっかけとなった、大好きで大好きで心から尊敬する作家さんだった。

「…え、愛莉この人に取材したの?」
「うん。なんか編集長がやってみる?って話くれて。私この人知らなかったんだけど、有名らしーね」

身体を巡る血液が、一気に温度を上げた。

なんで…。

なんで愛莉が?大した学もなければ、経験もない。絶対に私の方が能力は高いし、努力だってしてきた。

…なんで愛莉が?

そのあとのことは、よく覚えていない。


平等


気づいたら、出版社のすぐ近くのカフェでミュートにしていた愛莉のSNSを血眼になって見ていた。別に、何か思惑があったわけじゃない。

けれど、何か粗を探したくなったのだ。

すると、愛莉も1人でこのカフェにやってきた。ホットコーヒーとチョコクッキーを買い、カウンター席に腰掛けた。どうやら仕事を始めるようだ。

私には気づいていない。

そのとき、ふとある考えが浮かんだ。




「あ、もしもし…」
「はい」
「おたくのカフェの、カウンター席に座っている白いニットを着た女性なんですけど…」
「…はい」
「さっき、お金払わずにチョコクッキー盗んでましたよ」
「え?本当ですか?」
「はい。なんか変な恨みを買うのも嫌だったので、非通知の電話ですみませんが。では」

その後、愛莉が店員から呼び出され困り果てている姿を、私はコーヒーを飲みながらゆっくりと鑑賞した。

レシートを捨ててしまっていたのか、購入したものであることをなかなか証明できないでいるようだ。

疑いはすぐに晴れるだろう。でも、別に構わない。

さっきまでの充実していたような笑顔は、彼女の綺麗な顔からすっかり消えていたから。

すーっと、心が落ち着いていく…。

だって、おかしいもの。彼女だけがいい思いをするなんて。

少しくらい嫌な思いをしてもらわなくちゃ不公平でしょう。

そういえば、愛莉はよくリアルタイムでカフェやレストランの投稿をする。またモヤモヤすることがあれば、彼女の居場所を特定して…。

新しいストレス発散方法を見つけた私は、精神の平穏を得た気がした。

「さて、仕事でもしよう」

私はようやく、新しく決まった連載『本当に怖い、女の話』の原稿を書き始めた。

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ハイスペック美女に嫉妬して、女はとんでもない方法で彼女を懐柔し始める…