結婚直前、「会社の女の子を、妊娠させてしまった」と打ち明けられ…
女にとって、33歳とは……。
32歳までの“20代の延長戦”が終わり、30代という現実に向き合い始める年齢だ。
結婚、キャリア、人間関係―
これは、33歳を意識する女たちが、それぞれの課題に向かって奮闘する2話完結の物語だ。
30歳までに結婚したかった女・梨沙子(29歳)【前編】
土曜日の15時。
『マリアージュ フレール銀座本店』で、遅めのランチを終えた私は、時計をちらりと見た。
― そろそろ、ここを出なくちゃ。
目の前に座っている会社の先輩・愛美さんがソワソワしている私の様子に気づき声をかけてくる。
「梨沙子、時間大丈夫?混んできたし、もう出ようか」
そう言うと、愛美さんは店員を呼んでクレジットカードを渡した。私が財布を取り出すのを手で制し「今日は私からの結婚祝いってことで」と微笑んだ。
「入籍日、来月の11日だっけ?30歳の誕生日に入籍なんて、素敵ね」
「ありがとうございます。いよいよ30代だし、結婚もするしで…ドキドキしてます」
なんて言った瞬間、「ちょっと無神経だったかな」とヒヤリとする。愛美さんはすでに31歳。しかも、結婚どころか、彼氏さえいないのだ。入社以来、同じお茶の水女子大出身のよしみで気にかけてくれて、たまに食事する仲だけど、ここ1年ほど浮いた話は聞いたことがない。
しかし、彼女は涼しげな表情でこう言った。
「30歳なんて、なってしまえば、たいしたことないわよ。
少なくとも32歳までは、20代の延長戦って感じしない?ほら、うちの会社でも、32歳の社会人10年目までは若手扱いだし。30歳よりも33歳の方が節目な気がしてる」
愛美さんは立ち上がりつつ、「それまでは仕事一筋で頑張ろうかな」とつぶやいている。
一方の私もコートに腕を通しながら、頭の中で33歳になった自分を想像する。
― 雄介と結婚して3年かあ…そのころには、赤ちゃんを授かっているかもな。雄介との子ども、かわいいだろうなあ…。
愛美さんと別れ、丸ノ内線に乗り込む私の足取りは軽かった。
雄介との幸せな結婚生活を夢見る梨沙子。しかし予想外の展開が…
16時ごろ、荻窪の自宅に戻り、雄介を迎える準備を始めた。
私は、国内大手食品メーカーに勤めて8年目だ。長く暮らした35平米・1DKのマンションはいつも居心地よく整えているから、掃除は手早く終わらせることができた。
― よし。あとは雄介の好きなビーフシチューをつくって…。
ルンルンと段取りを組んでいると、インターホンが鳴った。モニターをのぞくと、まだ17時前だというのに雄介の姿が映っている。
「え〜、早く来るならそう言ってくれればいいのに!」
ぶつぶつ文句を言いつつ、オートロックの「解錠」ボタンを押す。
モニター越しに見えた雄介の表情は、心なしか暗いような気がした。
ほどなくして玄関の扉が開き、雄介が現れた。彼の姿を見て、私はいつも通りうっとりする。
― はあ、雄介ったら今日もイケメン。3年付き合っても見飽きることのない、このカッコよさよ…。
男性アナウンサーのように端正で清潔感のある顔立ちに、180cmの長身。昨年の冬にジルサンダーで購入したという黒いウールコートに身を包み、首にはカシミヤ素材のマフラーを巻いている。
「さ、雄介。そこは寒いから早く上がって…」
「ごめん、梨沙子」
しゃがみ込んでスリッパを並べていた私は、突然言われた予想外の言葉に顔を上げた。次の瞬間、雄介の短い黒髪が、私の鼻先をかすめる。
気づけば彼は、玄関のたたきに額をこすりつけて土下座していた。
「会社の女の子を、妊娠させてしまった」
雄介が何を言っているのか、理解できなかった。でも、初めて見る彼のこわばった表情をみて、重要な話なんだ、ということを認識した。
この3年間、雄介と私の関係はうまくいっていたと思う。
彼は、東大出身で、今は外資系不動産ファンドに勤めている。32歳にして、年収2,000万を稼ぐ彼と、大手とはいえ日系食品メーカーで営業として働く私は、普通に生きていると接点があまりない。
私たちが付き合うことになったきっかけは、お食事会だった。私は学生時代にサロンモデルをやっていたから、当時のツテでハイスペックな男性との出会いの場に呼んでもらえることが度々あったのだ。
「梨沙子ちゃん、メーカーで営業やってるんだね。かわいいのにバリキャリなんだ」
隣に座った雄介との初めての会話を、今でもよく覚えている。
何で生計を立てているのかよくわからない港区女子と並ぶと「お茶大出身、大手メーカー勤務」という私のスペックはプラスに働いた。当時29歳だった雄介にも好印象だったようで、彼からのアプローチで付き合うことになったのだ。
けれど、付き合ってから、結婚に持ち込むまでが大変だった。
付き合い始めたとき、私は27歳で、彼は29歳。30歳までに結婚したい私と、「結婚によって自由を奪われたくない」なんて言っていた雄介。それとなく結婚の話題を軽く振っても、はぐらかされてばかりだった。
私は、タイミングを見計らっていた。そして、付き合って2年目の終わりにそのチャンスが訪れる。
雄介が親友の結婚式に参加したあと、「なんか結婚も、悪くないかもなぁ」とぽろりとこぼしたのだ。その一言をきっかけに、私は猛攻を仕掛けた。親に会わせたり、ベタだけど結婚雑誌を買ってみたり。
すると、なんとなく彼もその気になってくれたのか、私の猛攻開始から3ヶ月が経つ頃、ついにプロポーズをしてくれた。
なんとか婚約までこぎつけ、結納も済ませた。
それなのに……。
「妊娠って…なんでそんなことになったの?これから、どうするつもり…?」
どこかまだ自分ごとだと理解しきれていない私は、妙に冷静に彼に尋ねる。
すると、彼は、力なく「ごめん」とつぶやいた。
「責任取って、その子と結婚する。梨沙子、本当に申し訳ないけど…別れてほしい」
「別れる?なんでそんな話になるの?いや、嫌だよ……」
心臓がバクバクと音を立てている。言葉を尽くして雄介の説得を試みた。
けれど、彼の決断は変わらなかった。
一晩経っても、1週間経っても、1ヶ月経っても……。
◆
衝撃の夜から1ヶ月後。
私の実家に両家が集まり、緊急会合が開かれた。泣きながら謝る雄介の両親に、うつむいて押し黙っている私の家族。とんでもなく重たい1日だった。
結局、公正証書を作成し、500万円を慰謝料として受け取ることで、私は彼との婚約を解消することになった。
500万円は相場より高いらしいが、私の価値をお金に換算された気分になり落ち込んだ。
それから、しばらくは暗い海の底にいるみたいだった。
光は見えないし、息苦しくて…。
雄介と一緒に歩く未来がなくなったことによって、どっちの方向に進んでいけばよいのかわからなかったのだ。
入籍直前、想定外の婚約破棄に愕然とした梨沙子は…
30歳からの婚活
「梨沙子さん、どうですかこのお店。すっごく雰囲気いいでしょ?」
「…本当ですね〜、今日は晴れてるから気持ちもいいですね。連れてきてくださって、ありがとうございます!」
雄介の衝撃の告白から、3ヶ月ほど経った土曜日。
代官山にあるレストランのテラス席で、私は目の前にいる男性に無理やり調子を合わせていた。
失恋には新しい恋が1番の薬だと友人たちに言われ、最近は無理やり気持ちを奮い立たせて婚活をしている。
彼とはこの近くで行われた婚活パーティーで、先ほど知り合ったばかり。熱心に話しかけられ「近くにとっておきのお店がある」と言われたから、ランチすることにしたのだが……。
到着してみたら、少し前に流行った定番のレストランだったので、拍子抜けした。
20代前半では女子会やデート、お食事会と、何度もここを訪れたものだが、他にもたくさんの素敵なお店を知ったここ数年は、すっかり来ていなかった。
― そもそも冬にテラス席って、寒いし。
「梨沙子さんみたいな綺麗な人と食事できるなんて、ラッキーだなあ。婚活パーティーに来る女性で、あまりタイプの人に出会ったことないからさ」
上機嫌に喋る彼は、32歳・明治大学卒のメガバンク勤務。銀行と聞いて本部勤めを期待したが、入社以来ずっと支店営業で、丸の内で働いたことはないらしい。それでも婚活市場ではかなり人気があるのか、先ほどから自信ありげな発言も目立つ。
「ああいうパーティーに行くと、うちの支店のエリア職の女の子たちが、いかにレベルが高いかに気づかされるよね」
「はあ…」
「あ、もちろん梨沙子さんは別だよ?」
半笑いで受け流しながら、頭の中でついつい雄介のことを考えてしまう。
― 雄介だったら、このお店は選ばないし、こんな自慢げなトークしないだろうな。
◆
「あー、疲れた。愛想笑いして、調子合わせて。別に悪いお店じゃないけど、30過ぎて行く場所じゃないのよね。そこに、得意げに連れて行かれてもさあ」
彼と解散した後、渋谷のセルリアンタワーの『ガーデンラウンジ坐忘』に駆け込んだ。
近くに住んでいる友達を呼び出して、温かい紅茶を片手にひとしきり愚痴る。婚活を始めた最近は、女友達と過ごす時間が癒しになっている。
「婚活勧めた私が言うのもなんだけど、疲れるなら、しばらくゆっくり休むのもありだよ」
「別に、焦っているわけじゃないんだけどね。33歳までには、結婚していたいと思っているから。今は、リハビリのつもり…」
雄介と別れ、「30歳までに結婚する」という目標が潰えた瞬間、私の頭に浮かんだのは、愛美さんの“33歳が節目”という言葉だった。
失恋して焦った私は、30歳からの婚活について色んな人から情報収集をした。すると婚活でも、33歳を過ぎると急にハードモードになる、というのが現実らしい。
高齢出産のリスクを考えて32歳までの女性を希望する男性が多く、33歳になった瞬間、マッチングアプリの「いいね!」は、一気に減るというのだ。
― でも、私にはまだ時間がある。33歳の誕生日までに、結婚できていればいいわ。
1人でうなずきながら、紅茶をまた一口飲む。ティーカップをソーサーに戻す瞬間、ふと隣の席から視線を感じた。
「…あ」
目を大きく見開いて私を見つめていたのは、先ほどまで代官山で一緒にランチしていた彼だった。
▶他にも:プロポーズされた直後、彼のスマホに1通のLINEが。慌てた男が口にした衝撃の告白とは…
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