痴漢や盗撮、強制わいせつ…ある日、自分の夫や息子が性犯罪の加害者になってしまったらーー。想像すらしたくない話かもしれません。

とはいえ日々、女性が被害者となる性犯罪が起こっているのは周知のとおり。なかでもここ10年で検挙数が倍増した盗撮事件の多さは群を抜いています。連日のようにメディアで盗撮事件が報じられていることから、実感している人も多いかもしれません。そして、あまり報じられていませんが、事件の背景には、苦悩する加害者の家族の存在もあるのです。


もし家族が加害者になっていたとしたら…?(※写真はイメージです。以下同)

「加害者の父親や母親は、『親の育て方が悪かったんだろう』『親の顔を見てみたい』と言われ、妻であれば『夫へのケアが足りていなかったのでは?』『性的に満足させていなかったのでは?』など、容赦ない中傷やいわれのない非難の声を浴びせられます」

そう語るのは、『盗撮をやめられない男たち
』(扶桑社)を上梓した精神保健福祉士・社会福祉士の斉藤章佳さん。これまで2000人以上の性犯罪加害者の治療に携わってきた斉藤さんが勤める榎本クリニックでは、性犯罪の加害者家族をサポートする「家族支援グループ」を運営しています。
今回、その事情を詳しく教えてもらいました。

性犯罪の原因は、親の育て方やセックスレスとは関係ない



「結論から言えば、親の育て方や夫婦の性生活が、加害者の問題行動と直接的な相関関係があるというエビデンス(証拠)は存在しないんです。男の性欲がたまりにたまって盗撮や痴漢という問題行動に及ぶわけでなく、ストレス発散や歪んだ承認欲求、支配欲求や優越感を満たすための行為だからです」

とはいえ、息子や夫が性犯罪の加害者になるのは、家族にとっては晴天の霹靂。加害者の母親と妻は、被害者と同じ女性であることからも、息子や夫が犯した行為に怒りを抱き、「なんでそんなことをしたんだろう?」という苦悩に襲われます。さらに母親、妻、それぞれの立場では苦しみも異なるのだとか。

●加害者の母親を苦しめる「私の育て方が悪かったのか」という呪縛



「加害者の母親が抱える苦悩として多いのは、『自分の育て方が間違っていたんじゃないか?』という子育て自己責任論の呪縛です。盗撮加害者には20代から30代が多いので、その親世代となると50代や60代となります。

彼らは、父親は終身雇用の会社員、母親は専業主婦という家族モデルが大多数だった世代。父親は夜遅くまで働いて、母親はワンオペ育児に明け暮れるといったところです。普段の生活はもとより、いざ息子が事件を起こしても、夫は『俺は仕事が大変で家にいなかったら』と妻に責任を丸投げする構図が頻発します。

ただでさえ息子が犯した事件にショックを受けているのに、加害者の母親は自分の夫の無理解や無関心、サポートのなさに絶望し、『私の育て方が間違っていたのか』という子育て自己責任論に追い詰められるのです」

●「手のかからないいい子」が問題行動を起こすことも



一方で、「うちの子は手のかからないいい子だったのに、まさか大人になってからこんな問題行動に走るようになるなんて……」という母親も少なくないのだとか。

「この場合のいい子は、あくまで親にとっての『いい子』であって、実は子どもは自分の欲求や欲望を巧妙に隠しながら、親の期待を先取りしてニコニコ仮面をかぶっていたというパターンもあります。こういった親の発言を聞くと、問題があることが問題なのではなく、子どもが親に問題を表出できないことが問題なのだと強く感じます」

●「盗撮さえしなければ……」加害者の妻が離婚しない理由




では、夫が性犯罪加害者となってしまった妻の場合はどうでしょう?

「妻の会の参加者の多くが、『夫は盗撮さえしなければ本当にいい人なんです』と口にします。彼らは普段は真面目に働いて、家事も子育ても積極的にこなすイクメン。彼女たちにとって夫は盗撮加害者にならなければ、非の打ちどころのない存在なのです。

これを読んでいる人には『そんなことしたら即離婚よ!』と思う人もいるかもしれませんが、特に子どもが幼い場合は『こんないいパパを私の一存で子どもたちから奪っていいのだろうか』という葛藤にも悩まされています。そのため『逮捕、即離婚』とはならないケースが非常に多いのです」

●妻に向けられる「セックスレスだから夫が性犯罪に走った」という偏見



さらに、彼女たちの肩に重く押しかかるのが「性欲原因論」だといいます。

「これは『セックスレスによって夫が問題行動に走ったのでは?』という誤った憶測です。そもそも日本人カップルの半数がセックスレスといわれる現代、夫婦生活がないのは珍しいことではありません。セックスレスと盗撮に因果関係を見いだそうとする議論は荒唐無稽です」と斉藤先生はピシャリ。

「この前提として、日本社会には『夫の性欲は妻が受け止めるべき』という男尊女卑的な価値観がいまだ根強くはびこっています。そしてこの考えは、女性にも内面化されています。そのため夫が逮捕されたばかりのときは、妻も『盗撮=性欲のはけ口』と捉え、『浮気や風俗だったらまだよかったのに!』と口にする人も少なくありません」

●「病気だから仕方がない」は免罪符にならない




理解しがたい夫の行動に対する驚きと失望、「性欲原因論」による「妻としての責任」という二次被害、子どもにとっての良きパパを奪えないという葛藤、同性・同年代の被害者が受けた苦痛…妻たちは二重にも三重にも苦しみ、その苦悩を誰とも共有できない孤独な状態に陥ります。

「こうした状況で妻は、夫とともにクリニックを受診し、『盗撮をする背景には性依存症という病気がある』『適切な治療を受ければ、再発防止ができる』と説明を受け、光明を見いだします」

ただ、その説明は非常に慎重に行わなければいけません。

「『病気だから罪を犯しても仕方がない』ということではないですし、被害者にとっては病気であろうがなかろうが、傷つけられたことに変わりはありません。どんな理由があっても性犯罪は許されません。しかし加害者家族にとっては、自分が再生するための道が少しだけ見える瞬間でもあるのです」

●家族の支えが治療や再犯防止の大きな力になる



榎本クリニックのデータによると、配偶者がいる加害者のほうが、未婚者に比べて治療継続率が高いことは、過去のプログラム実績からも明らかなのだとか。

「もちろんそれぞれの家族がさまざまな事情を抱えているので、事件がきっかけで離婚したり、別居することはやむを得ませんが、家族のサポートはかけがえのないものなのです」

性犯罪のニュースを聞くと、つい私たちは「親に問題があったんじゃないの?」「妻がしっかりしていないから」など一方的な憶測や思い込みでバッシングしてしまうこともあります。しかし性犯罪の再発を防ぎ、新たな被害者を生まないためにも、正しい理解のもと加害者家族の支援の必要性を知ることも大切なのです。

<構成/アケミン>

●教えてくれた人
【斉藤章佳さん】



精神保健福祉士・社会福祉士。大船榎本クリニック精神保健福祉部長。1979年生まれ。大学卒業後、アジア最大規模と言われる依存症回復施設の榎本クリニックでソーシャルワーカーとして、長年アルコール依存症をはじめギャンブル・薬物・性犯罪・DV・窃盗症などさまざまな依存症問題に携わる。専門は加害者臨床で、現在までに2000人以上の性犯罪者の治療に関わる。新刊『盗撮をやめられない男たち
』(扶桑社)が発売