公費から出ている保育士の人件費詳細について、注目を浴びている。今年度から通知が改定され、私立の認可保育園の保育士の人件費額が、地域ごとにわかるようになったが……(写真:yamasan/iStock)

保育士の待遇改善が課題となるなか、公費から出ている保育士の人件費の詳細について国が初めて公表し、注目を浴びている。今年度から通知が改定され、これまでは全国平均でしかわからなかった私立の認可保育園の保育士の人件費額が、地域ごとにわかるようになった。保育園を運営する事業者、園長、保育士、保護者はどう受け止めたか。

年収300万円程度で長時間労働の保育士たち

「処遇改善に努めている園が正当に評価されることを望みます。保育士の賃金を不当に低くするような事業者が淘汰されるとよいのですが」

東京23区内で社会福祉法人が運営するA認可保育園の園長(60代)が語る。保育園運営会社大手の傘下の認可保育園で年収300万程度の低賃金で長時間労働という状況に、バーンアウトして辞めた保育士が何人もA保育園に転職してきたからだ。

A保育園の保育士の年収は、新卒採用で380万円、中堅クラスは440万円、経験15年以上のベテランになると600万円を超える。そればかりではない。現場に余裕を持たせるため、行政が定める保育士の配置基準(年齢ごとの園児数に対する保育士数)よりも多くの保育士を雇い、休暇を取りやすくしている。同園長が続ける。

保育士の賃金を抑え、経営者や園長だけが年収1000万円、2000万円ということは珍しくありません。周辺の保育園では玩具も十分に買わず、保育士はおもちゃ作りをさせられ、残業代も出ない。それでは保育士が辞めるのも当然で、このような事業者を放置してよいはずがありません。通知が改定されたことで、園ごとの人件費のかけ方を検証しやすくなりました。本当に保育を大切にしている事業者なのかどうか、皆が見抜いていかなければなりません」

保育士が手にする賃金の金額は、全産業平均と比べ月に10万円も低いと問題視されてきた。ただ、そもそも認可保育園には保育単価の「公定価格」に基づいて計算された運営費を指す「委託費」が支払われている。そのなかで人件費も積算されているが、実際に支払われる金額は事業者の判断に委ねられている。保育士の賃金が適正かどうかを探るには、保育士1人当たりの賃金がいくら「公定価格」で見積もられているのかを知る必要があり、それが今回の通知改定で判明したのだ。

2021年度の人件費額(法定福利費や処遇改善費は含まない)は、全国平均で年394万円だが、全国平均だけを見ていては、実際の賃金との乖離具合がわからない。

改定された通知によれば、全国を8つに分けた地域区分ごとの公定価格(基本分)の人件費額は、最高額の特別区(東京23区)で年442万円、次いで高い横浜市や大阪市などの地域区分では年427万円が賃金分として運営費に含まれている(「令和3年度における私立保育所の運営に要する費用について」)。

ただ、あくまで通知の金額は保育単価である「公定価格」の基本的な部分であり、ほかにも一定の条件をもとにつく「加算」や国を挙げての処遇改善が行われている。

賃金の実績は?

2013年度から2021年度までの間に、国は保育士1人当たり月額平均で4万4000円、経験のある保育士は最高で月額8万4000円の賃金アップを図った。自治体も独自に処遇改善を行い、東京都は独自に月4万4000円の処遇改善をつけている。すると東京23区の保育士は、処遇改善費が最高額でつくと単純計算で年565万円の収入となる。


では、賃金の実績はどうか。内閣府「幼稚園・保育所・認定こども園等の経営実態調査」(2019年度調査)を見ると、東京23区の賃金の実績は、処遇改善費が入った金額でも平均で381万円でしかない。同じ東京23区の保育園が公費で受け取った金額と比べると、処遇改善の金額によるが131万円から184万円の差があることになる。

都内の場合、東京都が独自の処遇改善費を出すことと引き換えに個々の保育園の財務情報や支払い賃金の実績の提出を求めているため、各園の実態を把握することができる。それらの情報は都が運営するサイト「こぽる」で公開されている。

「こぽる」で大手の賃金の動向を見ると、行政から支払われる委託費が最も高いはずの東京23区でも、年間賃金が平均300万円台というケースが少なくない。

ある経営コンサルタントは「保育で儲けようとする事業者は、保育単価の高い都市部や補助金を多く出す自治体を狙って進出します。人件費を抑えれば、利幅が大きい」と話す。そこで筆者は、すべての地域区分について、国による処遇改善費がついた場合の賃金との差を計算すると、単価が高い地域ほど公費との差が大きいことがわかる。

保育士の処遇改善を考えると、指標になるのは賃金の額だけではない。人員体制の手厚さも、働き方を大きく左右する。

保育園には、園児の年齢ごとに園児数に対する保育士の最低配置基準が定められており、0歳では子ども3人に保育士1人(「3対1」)、1〜2歳は「6対1」、3歳は「20対1」、4〜5歳は「30対1」となっているが、基準通りでは人手が足りない。

現場に余裕を持たせるため、認可保育園では1カ所当たり常勤2人に加えて非常勤2.3人の保育士を多く雇っているのが現状だ(内閣府「幼稚園・保育所・認定こども園等の経営実態調査」2019年度)。

都内では保育士不足が常態化

ただ、配置基準に沿った人件費が保育園に支払われることから、配置基準以上に保育士がいたとしても支払われる人件費総額は変わらない。冒頭のA保育園のように人件費を十分にかけ、現場のことを考え多く保育士を配置するとともに1人当たりの賃金水準が高い保育園もあるが、そうした保育園は決して多くないのが現状だ。利益を優先する保育園では配置基準ギリギリでしか保育士を雇わず、かつ1人当たりの賃金を低くすることで、最も利益を出そうとする傾向がある。

東京23区内で株式会社が運営するB認可保育園では保育士不足が常態化しており、保育士のCさん(40代)は、憤りを隠せない。

「これまで“保育士はどうせ低賃金だ”と割り切っていましたが、本当はそうでないと知って驚いています。保育士が多いことで1人当たりの賃金が低いならまだしも、私の職場では保育士の配置がギリギリ。だったら通知に近い年収がもらえるはずなのに、私の年収は約380万円です。差額の約180万円はどこに消えているのでしょうか。会社が儲けるために保育園があるわけではない」

B保育園では人員に余裕がないため、保育士自身や保育士の子どもの体調不良で急な欠勤があると、たちまち配置基準違反の少人数態勢になってしまうという。保育士歴20年のCさんでも「いくら保育士歴が長くても私1人で3歳児を20人も見切れません。けんかの仲裁に入っていると、保育室の向こう側でほかの園児が高いところに登ろうとする。いつケガしないかと冷や冷やしています」と話す。

保育士の体制は園児の安全に直結し、保護者にとっても見過ごすことはできない。都内の別の認可保育園に子どもを預ける母(30代)は、通知改定によって保育士の人件費額が明らかになり、驚きを隠せない。

「行政から出ている保育士の収入が会社員の平均より高いとは思いませんでした。待遇が悪くて先生はすぐ辞めて入れ替わってしまい、子どものケガが多くて心配です。保育士の待遇改善なしに子どもの安全は守れません。私たちが働いて納める税金と保育料をきちんと人件費に充てて安全な保育をしてもらうよう、事業者に要請したいと思いました」

人件費が他の目的に流用されすぎる問題

このように、地域区分別の人件費の金額が明示されることで問題点が浮き彫りになってくる。国会では、3月4日の参議院の予算委員会で通知改定について内閣府に提案してきた片山大介議員の質疑(「ついに判明した『不当に低い保育士給与』の実際」)に続き、4月の衆議院の内閣委員会でも早稲田夕季議員が保育士の賃金の公費と実際の差額について問題視した。

早稲田議員が公定価格と実際の賃金差について問うと、坂本哲志・少子化対策担当大臣が答弁したのは、処遇改善費が入っていない公定価格の基本分の人件費額から処遇改善費が入っている実績の金額を引いた金額だった。これでは差が小さく見えてしまう。坂本大臣が東京23区での差を「61万円」と答えたため、早稲田議員が反論した。

「大臣の答弁は、(公費から出る金額に)処遇加算費が入っていない額です。そこを比べられて61万円と言われても大分少なくなります。東京都独自の処遇改善費も含めると、最大で200万円近い差があることをしっかり認識していただきたい。委託費の流用も大変問題になっています。全国の実態調査を行うことを強く要望します」

ここでいう「委託費の流用」とは、「委託費の弾力運用」を指す。認可保育園の設置はかつて自治体と社会福祉法人にしか認められていなかったが、2000年に営利企業にも設置できるよう規制緩和された。それと同時に「人件費は人件費に使う」という運営費の使途制限が大幅に緩和され、人件費分が他の目的に流用されすぎるという問題が起こっている。

本来は委託費の8割以上を占める人件費比率が、営利企業を中心に5割程度しかない実態を受け、国会では委託費の弾力運用を見直すべきだという声が高まっている。今年に入ってからも衆議院では阿部知子議員、大西健介議員、吉田統彦議員が、参議院では田村智子議員が委託費の弾力運用について国会で取り上げている。

自治体の議会も紛糾している。筆者の知る範囲だけでも、これまでの間、宮城県仙台市の樋口典子市議、東京では杉並区の松尾ゆり区議、荒川区の横山幸次区議、品川区の田中さやか区議などが議会で委託費の弾力運用を問題視している。今回の通知改定をきっかけに問題追及に弾みがつき、6月7日には東京都小金井市議会で白井亨議員が市内の私立認可保育園の財務情報と人件費比率、賃金実績を集計して質疑した。

白井議員の調べによれば、小金井市の公定価格の人件費額は年424万円(処遇改善費は含まない)。一方の市内の認可保育園の賃金の実績(処遇改善費を含む)は社会福祉法人(NPO法人を含む)で約424万円、株式会社は約381万円だった(処遇改善費も含む)。本来その園で使うべき委託費が年間で5000万円を超えて流用されている保育園があることも白井議員によって指摘され、「保育の質の向上」について市の姿勢が問いただされた。

通知改定で地域別の人件費がわかったことは大きな前進だ。そもそも、この人件費額は必要な費用が見積もられて認可保育園に支払われている。保育園の人員体制と賃金実額の関係の実態を調査し、その賃金額に妥当性があるかどうかの検証が必要だ。

処遇改善のために税金が使われているのか検証すべき

また、東京都は保育士1人当たり月額で4万4000円もの独自の処遇改善を行っており、その恩恵を受けるはずの23区の賃金の実績はそう高くない。東京都に隣接する千葉県内を見ても、浦安市では月に最大で6万円、松戸市は最大で月7万8000円を独自に上乗せしている。それらが行政の意図したように処遇改善のために使われているのか、各地の賃金実績もより詳細に検証する必要がある。

今回の通知改定について、内閣府は「監査に使うものではない」と強調するが、人件費を削ってまでして儲けようとする事業者の排除のためにも、今後は監査基準にしていく必要があるのではないか。

保育園は主に税金を原資として運営されている。保育士の処遇改善のための正しく税金が使われ、保育士の処遇が改善されることは、子どもたちのための保育の質が向上することにつながる。

子育てに投じられている国の予算は全体で3兆2000億円。そのうち、保育園や幼稚園、認定こども園、小規模保育園などの保育に要する基本的な運営費は合計で約1兆4000億円に上る。税金の正しい使い道としても、保育の質の向上としても、保育士の人件費の問題は決して他人事ではなく、社会全体で目を向けていきたい。