人類で初めて「AIと融合」し、サイボーグとして生きる決断をしたピーター・スコット-モーガン博士(写真提供:ピーター・スコット−モーガン)

イギリスのロボット科学者であるピーター・スコット-モーガン博士は、全身が動かなくなる難病ALSで余命2年を宣告されたことを機に、人類で初めて「AIと融合」し、サイボーグとして生きる未来を選んだ。

「これは僕にとって実地で研究を行う、またとない機会でもあるのです」

彼はなぜ、そんな決断ができたのか。人間が「AIと融合」するとはどういうことか。それにより「人として生きること」の定義はどう変わるのか。ピーター博士が自らの挑戦の記録として著わし、発売直後から世界で話題騒然の『NEO HUMAN ネオ・ヒューマン――究極の自由を得る未来』が、6月25日、ついに日本でも刊行される。

本書の邦訳を担当した翻訳家の藤田美菜子氏に、ピーター博士の「壮絶で幸せな生き様」を解説してもらった。

希望に満ちた「現実世界のサイボーグ」

「サイボーグ」と聞いて、あなたは何を連想するだろうか?


『NEO HUMAN ネオ・ヒューマン――究極の自由を得る未来』(画像をクリックすると、特設サイトにジャンプします)

石ノ森章太郎の『サイボーグ009』では人間兵器として改造された主人公。懐かしの海外ドラマ『600万ドルの男』では、瀕死の事故からサイボーグとして蘇生され、スパイにスカウトされる主人公。フィクションの世界では、悲惨な境遇の持ち主として描かれることが多いかもしれない。

しかし、「現実世界のサイボーグ」は、もっと希望に満ちた存在だ。

本書『ネオ・ヒューマン』の著者、ピーター・スコット-モーガン博士が、「人類初のフルサイボーグ」になることを決意したのは、難病ALS(筋萎縮性側索硬化症)の患者として「ただ生き延びる」のではなく、「人生を思い切り楽しむ」ためだった――。

経営戦略コンサルタントとして、若くして大きな成功をおさめたピーター博士は、50代を前にアーリーリタイア。同性のパートナーであるフランシスと世界中を旅しながら暮らす、悠々自適の生活を手に入れる。

しかし、人生のお楽しみはまだこれからというタイミングでALSを発症。博士が58歳のときだった。

ALSといえば、かのスティーヴン・ホーキング博士が患った病気としてご存じの読者も多いだろう。よく知られているように、全身の筋肉が段階的に動かなくなっていき、最終的には自分の体に「閉じ込められた」状態になる病気だ。意識は完全に保たれているにもかかわらず、まばたきをしたり目玉を動かしたりする以外、外部との意思疎通もままならなくなる。

それゆえに、ALSは「最も残酷な病気」などと形容されることが多い。しかしピーター博士は、絶望するより先にこう考えた。「それって、本当なのか?」と。

これは決して「現実逃避」などではない。「鋼(はがね)のメンタル」というようなものでもない。人生の中で何度も大きな挫折に遭遇しているピーター博士は、そのたびに真正面から傷つき、眠れない夜を過ごしてきた。

そんなとき、ピーター博士が必ず頼りにするのは、「思考」という武器だ。

7歳にしてアインシュタインに魅せられたピーター博士は、科学者のマインドセットを何より重んじ、つねにあらゆる前提や常識を疑う。そして、あらゆる選択肢や仮説を検証し、「変化を起こす」ための道を追求しつづける

だからこそ、どれほどの強敵を前にしても、ピーター博士にとって「敗北」はありえない。考えることをやめさえしなければ、必ず戦況を変えることはできるはずだからだ。

さまざまな「迫害」に勝利し続けた波瀾万丈な人生

これまでにも、ピーター博士の行く手には、さまざまな敵が立ちはだかってきた。

ゲイであるからという理由で少年時代のピーターを迫害したパブリックスクールの校長。20歳にして出会った「運命の男性」フランシスとの交際をかたくなに認めようとしない両親。名門コンサル会社で、若手ながらに目覚ましい業績を上げるピーター青年の昇進を阻もうとする狡猾な同僚。旧弊なイギリス社会で、ようやく「シビルパートナーシップ(同性間のパートナーシップを法的に認める制度)」の実現が進むなか、横槍を入れようとする聖職者たち。

しかしピーター博士は、どんな敵にも屈することなく、いつも最後には高らかに勝利を宣言してきた

2005年には、イギリスで初めて「結婚式」を挙げたゲイカップルとして、全国のメディアから注目を浴びている。

経営コンサルタント時代の1994年に、『会社の不文律』(ダイヤモンド社より邦訳刊行)という世界的なベストセラーを出していることも注目に値するだろう。この本は、企業の変革や成長を妨げている「暗黙のルール」をひもといたもの。まさしく「常識をひっくり返して変化を起こす」ことを信条とするピーター博士の本領が発揮された一冊だ。

ちなみに、同書の刊行時には、『ライフ・シフト』のリンダ・グラットン氏が次のような賛辞を寄せている――「凡百の組織改革本とは一線を画した本。1990年代の“マネジメントのバイブル”にふさわしい」

そんなピーター博士の前に「ラスボス」として立ちはだかったのがALSだった。

ALSだけではない。ALSは「手の施しようのない病」であるという固定観念にとらわれた医療業界や社会そのものが、「発症から5年生存できれば御の字」という前提に立って、ALS患者から「人生を楽しむ」という選択肢を奪っている

そう確信したピーター博士は、この現状に猛然と立ち向かう。

「ALSになっても消化管は問題なく機能しつづける。したがって、胃に直接チューブで栄養を送り込むことで、容易に命をつなぐことができるはずだ。これはきわめて一般的な措置にすぎない。

また、肺を膨らませる筋肉が衰えるだけで肺そのものは機能しているのだから、ポンプで空気を送り込んでやれば呼吸の問題も解決される。

(中略)私の目には、しかるべきテクノロジーを用いて適切にケアをすれば、ALSは死に至る病には見えなかった。どちらかといえば慢性疾患に近い病気ではないか」(『ネオ・ヒューマン』より)

「いまとは違う自分」になりたいと闘うすべての人に

じわじわと進行する病気をおとなしく受け入れるのではなく、先手を打って病気に対抗するために、ピーター博士はサイボーグ=「ピーター2.0」になることを選択した。

手始めに、胃には栄養チューブ、結腸には人工肛門、膀胱にはカテーテルを装着。さらには、人工呼吸器を使用しているALS患者の多くが「誤嚥性肺炎」で亡くなっている事実に注目し、自らの「声」を手放すことと引き換えに喉頭摘出の手術を受けるという、勇気ある決断をする(喉と気管を完全に分離するため)。

また、顔筋が動かせなくなることと、声帯を切除することによって失われるであろう「自分らしさ」を守るため、表情と声のサンプルもありったけ保存。テクノロジーの進化に合わせて、その時々で最先端のアバターと合成ボイスを構築できるよう、準備は万端だ。

これに、AIによる精度の高い予測変換を組み合わせれば、病気になる前の自分と変わらない自然さで、外部とコミュニケーションができるようになるだろうと博士は意気込む。

こうした前例のない取り組みへの熱意が、次第に医師たちにも浸透し、医療の現場すら変えていく様子は感動的だ。ALSが「最も残酷な病気」とは呼ばれなくなる日も、そう遠くはないかもしれない。

「宇宙に変化を起こす」のは、人類が「生まれながらにして持っている権利」だとピーター博士は言う。

本書は、人生をかけてそのメッセージを証明してきた博士の足跡そのものだ。1つひとつのエピソードが、「今とは違う自分」になるために闘うすべての人々に、勇気と強さを与えてくれることだろう。