「昭和三大馬鹿査定」の一つにも挙げられた世界最大の大和型戦艦は「高い買い物」だったのでしょうか。当時のほかの艦艇や航空機、空母と比較すると、戦艦「大和」「武蔵」の「コスパ」が見えてきます。

大和型戦艦は「安上がりな戦艦」?

 旧日本海軍の象徴とも言われる大和型戦艦。現在でも世界最大となる基準排水量6万4000tの巨体に、これまた世界最大となる46cm砲を主砲に備えた戦艦としても知られています。

 しかしそうした存在感もありながらも、太平洋戦争中に活躍できず沈んだ大和型戦艦「大和」「武蔵」の2隻は、多くの批判も受けました。1987(昭和62)年、当時の大蔵省の田谷廣明主計官は大和型戦艦を税金の無駄遣いである「昭和三大馬鹿査定」と断じ、「航空機時代の到来を見通せずに、大艦巨砲主義を固守した」と批判しているほどです。しかし大和型戦艦はそもそも“高い買い物”だったのでしょうか。


旧日本海軍が建造した世界最大の戦艦「大和」(画像:アメリカ海軍)。

 日本海軍は大和型戦艦を建造した第三次海軍軍備補充計画(マル3計画)で、大和型2隻に2億7102万円の予算を割いています。同じマル3計画で、翔鶴型空母2隻と航空隊整備に計2億4426万円を割いており、当時の海軍が航空機を軽視したわけでもないでしょう。大和型戦艦2隻の建造予算は、マル3計画全体の33%に達しますが、筆者(安藤昌季:乗りものライター)はその性能に対して安上がりな戦艦と感じます。

 マル3計画で大和型は、国家機密上の理由で3万5000t戦艦・1隻当たり1億793万円として予算請求されています。しかし実際は6万4000tで、1隻1億3551万円です。排水量は3万5000tから1.83倍の6万4000tに増えましたが、予算は1.26倍しか膨らんでいないということです。

 もし、大和型戦艦を取りやめて、他国と同等の3万5000t戦艦を多数建造しようとしても、大和型2隻の予算では3万5000t戦艦3隻を建造することはできません。そもそも1936(昭和11)年当時、戦艦や大型空母を建造できる施設は国内に4か所だけなので、大和型を取りやめても翔鶴型空母を取りやめない限りは、戦艦の建造数は増やせません。

 大和型戦艦の建造コンセプトは「圧倒的な質(高性能)の戦艦で、数に勝る米国に対抗する」というものですが、その方針は予算上からも、妥当なものと言えるでしょう。

航空機や空母は割に合わなかった?

 では、大和型戦艦を取りやめて、基地航空機の拡大に予算を割くのはどうでしょうか。大和型戦艦は皇紀2597年にあたる1937(昭和12)年の予算、つまり「九七式戦艦」です。この年度の予算で用意できるのは九六式艦戦や、九六式陸攻となります(マル3計画の航空隊整備は1937(昭和12)年〜1940(昭和15)年までの計画なので、年度が代われば九七式艦攻や九九式艦爆なども増やせるでしょうが)。増えるのは開戦時には型落ちとなる機種が多く、搭乗員が増える利点しかなさそうです。

 では、大和型戦艦の代わりに航空機を搭載できる空母を建造したら、有利になったでしょうか。検討してみましょう。


翔鶴型空母1番艦の「翔鶴」(画像:アメリカ海軍)。

 まず軍艦の1t当たりの建造単価で比較してみると、大和型戦艦は1t当たり2117円、翔鶴型空母は1t当たり3291円、同じ年度の潜水艦(乙)は1t当たり6220円と大差があります。空母は高い軍艦なのです。

 また、空母は艦載機がなければ「ただの船」ですから、艦載機の価格を考慮する必要があります。1939(昭和14)年のマル4計画では、艦上戦闘機が1機13万7000円、艦上攻撃機や水上偵察機は1機14万7000円とされています。

 翔鶴型空母は艦上戦闘機18機(補用2機)、艦上爆撃機27機(補用5機)、艦上攻撃機27機(補用5機)を搭載しているので、1214万8000円が搭載航空機の価格となります。ただマル4計画の当時は、マル3計画時よりも9%程度物価が上がっているので、マル3計画時の物価に換算すると、翔鶴型の航空機は1105万円程度でしょう。

空母は艦載機にお金がかかる

 つまり、翔鶴型空母1隻を戦力化するには、建造費の8449万円+航空機1105万円=9554万円程度は必要です。大和型2隻(2億7102万円)を取りやめて、代わりに翔鶴型3隻を戦力化するなら2億8662万円が必要ですし、前述した建造施設の問題もありますから、現実的には史実の大和型2隻、翔鶴型2隻を翔鶴型4隻に変えられる程度です。

 なお、この航空機1105万円とは「九六式」の艦載機をマル三計画時に調達した場合の推定値で、この価格では太平洋戦争開戦時の零戦、九九式艦爆、九七式艦攻は用意できません。艦載機をモデルチェンジする場合も、撃墜された機体を補充する場合も、その都度お金がかかります。このように空母は艦載機に多額を要することもあり。平時の日本空母は予算不足から、実際には航空機を定数以下しか搭載していませんでした。

 ちなみに平時であっても、機体の寿命は1年程度といわれ、空母の艦上戦闘機に至っては、わずか100時間程度の飛行で寿命を迎えます。この「自然消耗」は馬鹿にできません。例えば日本海軍の陸上攻撃機は計3713機製造されましたが、使い古されて廃却された機体は2264機で、撃墜された1261機より多いのです。航空機は「製造した数=戦力」ではないからこそ、航空隊は年度ごとに部隊の定数分の航空機補充予算が組まれているのです。

 もちろん、戦闘での消耗も馬鹿になりません。例えば、初めての空母戦である珊瑚海海戦で、日本側は142機の艦載機を保有していましたが、全体の68%である97機を失っています。仮に大和型の代わりに翔鶴型を建造しても、艦載機補充は困難と思えます。

 大和型建造時に「近いうちに世界大戦が起こる」と予見する人は少なかったでしょう。建造を秘密にしたことで抑止力としては機能しませんでしたが「予算がかかりにくい巨大戦艦を建造」した日本海軍の発想は妥当と思える次第です。