北欧スウェーデンは、1800年代初頭から1992年まで中立を国是としてきました。一方で冷戦時代には万一に備え、国内各地に洞窟をくりぬいた秘密の飛行場を建設していました。その内の一つは現在、博物館として公開されています。

地下飛行場を転用したスウェーデン航空博物館

 強固な岩盤をくり抜いて造られた地下の秘密基地から、戦闘機が発進して敵機を迎撃する――そのような戦争映画のような航空基地がスウェーデンで実際に存在していました。当時は国家の最高機密とされていたものの、冷戦終結とともに基地としての役割を終え、機密も解除されたことで、そのうちの一つは2008(平成20)年から博物館として公開されています。


地下飛行場を転用した航空博物館に展示されるサーブ35「ドラケン」(手前)とサーブ37「ビゲン」(細谷泰正撮影)。

 博物館の場所はスウェーデン第2の都市、ヨーテボリ近郊です。ここは重要な港湾であるとともに、ボルボなど多くの企業が拠点を置く重工業都市でもあります。このヨーテボリを防衛するために航空基地が建設され、戦闘機部隊の「F9航空団」が配置されていました。

 東西冷戦が激化する中、飛行場に隣接する岩山の下にトンネル状の地下基地が建設され1955(昭和30)年に完成しました。中立とはいっても旧ソ連の侵攻も考えられたため、核攻撃などを想定し、指令所や格納庫部分は地下およそ30mの岩盤の下に造られています。地下部分だけで2万2千平方メートルの広さがあります。

 しかし前述したように、冷戦終結とともに地下基地の必要性がなくなったため、軍の管理から外され、2021年現在は、スウェーデン国立軍事史博物館の傘下組織である軍事遺産管理団体が運営する航空博物館として利用されています。なお飛行場は民間空港として使用されているため、この博物館には自家用機で訪れることも可能です。

 地下格納庫ではスウェーデンで飛行していた軍用機と民間機が展示されているほか、レーダー管制室も当時の様子が再現され、展示されています。

地下飛行場に展示されるスウェーデン独自の戦闘機たち

 展示機の一部を以下、ご紹介します。

・サーブ29「トゥンナン」

 胴体の形状から空飛ぶ樽とも呼ばれるスウェーデン初のジェット戦闘機として1948(昭和23)年に登場しました。当時としては最先端の技術であった後退翼を装備し、同じ機体をベースに戦闘機型、攻撃機型、偵察機型が開発されたことで、スウェーデン製戦闘機のマルチロール(汎用)化の先鞭となった機体でもあります。1961(昭和36)年には、アフリカで起きたコンゴ動乱に国連軍戦闘機としても派遣され、実戦を経験しています。


ヨーテボリ近郊にある地下航空博物館の入り口(細谷泰正撮影)。

・サーブ32「ランセン」

 東西冷戦のさ中、スウェーデンはバルト海を隔て旧ソ連と対峙していました。総延長2000kmに及ぶ海岸線のどこにでも1時間以内に到達して敵の侵攻を阻止することを目的に開発され、攻撃機型と全天候戦闘機型が生産されました。なお、攻撃機型には化学兵器や核兵器の搭載も計画されていましたが、スウェーデンで核兵器が製造されることはありませんでした。エンジンはイギリスのロールス・ロイスが開発した「エイボン」をスウェーデン国内でライセンス生産して搭載しました。

・サーブ35「ドラケン」

 高高度を高速で侵入してくる敵の爆撃機を迎撃するために開発されたスウェーデン初の超音速戦闘機です。有事の際には舗装を強化した道路を滑走路として使用する要求がダブルデルタと呼ばれる独自の形状を編み出しました。「コブラ」と呼ばれる機首上げ機動を初めて可能にしたほどの高い飛行性能を持ちます。

・サーブ37「ビゲン」

 前述の「ドラケン」よりも短い滑走距離で道路から運用可能な全天候戦闘機として開発されました。そのため、戦闘機では珍しくエンジンの逆噴射が可能です。「コデルタ」と呼ばれる前翼付きの三角翼を最初に採用した機体で、このコンセプトはその後の戦闘機に大きな影響を与えました。

なぜここに? 洞窟内にある日本由来の機体

 ヨーテボリの航空博物館には、日本由来の機体も展示されています。それが「ボーイング・バートル川崎KV-107」です。同機は、アメリカの回転翼機メーカーであるバートル(現ボーイング・ロータークラフト・システムズ)が開発したV-107の製造販売権を、日本の川崎重工業が買い取って生産したヘリコプターで、メインは自衛隊向けの輸送・救難用だったものの、一部は外国にも輸出されました。

 スウェーデンでは1960年代に空軍と海軍の両方で導入し、救難や対潜水艦作戦用として1990年代初頭まで運用していました。ヨーテボリの航空博物館には、2機が展示されています。


サーブ35「ドラケン」やサーブ37「ビゲン」などとともに展示されるサーブ29「トゥンナン」(細谷泰正撮影)。

 スウェーデンは、地理的にドイツや旧ソ連(ロシア)など、軍事大国の近くに位置しながらも、第2次世界大戦はもちろん、冷戦の真っただ中においても中立を貫きました。それを可能にしたのが優れた技術力と独自の防衛政策であることは確かです。

 加えて、この国は冷戦終結から20年が経過した2010(平成22)年まで、兵役の義務が存在していました。博物館として開放されているとはいえ、地下深くの格納庫を訪れると、兵役の義務とともに同国の国防への覚悟を実感することができます。

 同国は高福祉国家としても有名ですが、人口はおよそ1000万人。経済規模では東京都よりも小さいスウェーデンが、一貫して独自の戦闘機を造り続けてきたことは称賛に値すると筆者(細谷泰正:日本オーナーパイロット協会理事)は考えます。