閉会式のスピーチで本音を語った内村航平【写真:(C)Photo by AFLO SPORT】

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東京五輪実現へ閉会式で5分半のスピーチ「国民と選手が同じ気持ちじゃないと」

 日本、ロシア、中国、米国による体操の国際大会「Friendship and Solidarity competition」が8日、東京・国立代々木競技場で行われた。コロナ禍で入国制限が設けられて以降、五輪競技では国内に海外選手を招く初の大会。東京五輪実現へ、男子の内村航平(リンガーハット)は閉会式で国民の協力を求めた。合間に通訳の時間を交えた約5分半のスピーチには、世界を制した男の本音が込められていた。

 内村が突然切り出した。閉会式で照明が消えた体育館。選手を代表したスピーチで「めっちゃくちゃ、楽しかったです」と述べた後だ。「その中で少し残念だなと思うことが……」。スポットライトを浴びた世界的レジェンドは、少し間を置き、臆することなく胸の内をさらけ出して訴えた。

「しょうがないことなのかもしれませんが、ウイルスが拡大して国民の皆さんの中で五輪ができないと思っている人が80%を超えていると知って残念。しょうがないけど、できないではなく、どうやったらできるかを皆さんで考えて、どうにかできるという方向に考え方を変えてほしいです。でも、これは非常に大変なことは承知の上。それでも、国民の皆さんとアスリートが同じ気持ちじゃないと大会はできないと僕は思う。どうにか、なんとかできるやり方が必ずあると思います。どうか、できないとは思わないでほしい」

 思いの丈を吐き出すと、海外から来た選手やメディアからも拍手が送られた。「とにかくやりたい」と言っているわけでもなく、「やれ」と強要しているわけでもない。できるように「考え方を変えてほしい」と切に呼び掛けた。

 世界では感染者が再び増加。内村も「非常に大変なことは承知の上」と現状を理解している。それでも声を上げた。きっかけは2、3か月前に眺めたネットニュース。「オリンピックができると思うか、できないと思うかという支持率が出ていて、できないが80%超えていた」。スマホに記された文字によって、心にモヤモヤが充満していった。

 閉会式後の会見で数か月間の葛藤を明かした。

「そのニュースを見てから『これじゃいかんだろう』と。僕は何もすることができないけど、(今大会は)東京五輪に向けて世界にアピールするいい機会。この場で言わないと、たぶん届かないだろうなと。僕がSNSとかで言っても絶対に意味がないと思う。こういう場をお借りしていろんなところに発信していく方が皆さんに届くのかなと。本当に2、3か月思っていたことを出しました」

 ロシアの世界選手権個人総合金メダリスト2人など、世界のトップ選手たちが出場した。開会式では、国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長がビデオメッセージ。「今大会は感染対策による制限がある中でも、スポーツの大会を安全に開催できることを示す例になる」と願った。

 会場には五輪組織委員会の森喜朗会長、東京都の小池百合子知事、橋本聖子五輪相、日本オリンピック委員会(JOC)の山下泰裕会長ら関係機関のトップが集結。物々しい雰囲気はただの友好大会ではない。海外メディアもいるからこそ、内村は生の言葉をスポットライトの中心から届けた。

五輪実現にはトライ&エラーが必要、体操と同じ発想を

 今大会は国際体操連盟が主催し、日本、ロシア、中国、米国の計30人が出場。検温、消毒など徹底した感染対策が講じられ、来夏の東京五輪に向けた試金石とされていた。選手のホテルは国ごとにフロア貸し切りとなり、移動は食事会場だけ。一般の宿泊客との接触を避け、食事会場も国ごとに分けられた。大会会場は入場制限を設けられ、観衆は2094人。大型空気清浄器、入り口の全身ミスト除菌、顔認証検温装置……。できることはすべてなされた。

 しかし、徹底に徹底を重ねた中で、内村がアクシデントに見舞われた。合宿中に受けた10月28日のPCR検査で陽性反応。大会が中止になる可能性も頭をよぎった。結局、複数回の再検査で偽陽性に。2日間の隔離で練習ができなかったが「五輪に向けてこれくらいイレギュラーがあっていい。対策はやりすぎくらいでいいし、やりすぎくらいやった上でどれを引いていくか考えればいい」とプラスに捉えた。

 トライ&エラー。できなかった技をできるようにするには、どうすればいいのか。五輪開催にも同じような発想が求められることを強調した。

 五輪で個人総合連覇、団体金メダルにも導いたスーパースター。五輪の熱、意義、夢の舞台を目指す尊さは知っている。「生まれた国で五輪ができるのは幸せなこと」。東京五輪を見据え、両肩痛などの影響で種目別の鉄棒に専念。この日は、東京五輪への切り札となるH難度の大技「ブレトシュナイダー(コバチ2回ひねり)」を成功させた。

 15.200の高得点でこの日一番の拍手を浴び、スタンドに向かって右拳を突き上げた。観客の声援は禁止だが「立ち上がって声援を上げたいくらいの演技ができれば」と開会式で宣言した通りの演技。ファンの表情もマスク越しに熱を帯びた。

「さっきのスピーチでは僕の本音が全て出ていた。五輪に向けてこの試合がいいモデルケースになったと思う。他の競技の選手にも情報を共有できる。参考にしてもらえると思うので、国際大会を有観客でできたのは意味がある大会だと思う。あとは本当に国民の皆さんの支持が上がればと思います」

 この日の会場周辺では、横断幕を掲げ、スピーカーを手に東京五輪開催への反対運動をする人たちがいた。東京五輪はできるのか、できないのか。すべきなのか、すべきでないのか。「どう考えても……」と片方を否定するのは簡単だが、内村の言う「どうやったらできるか」をちょっと考えてみることも実は簡単なことかもしれない。(THE ANSWER編集部・浜田 洋平 / Yohei Hamada)