イラスト:タムラサチコ

写真拡大

新型コロナウィルス感染の拡大で仕事や職場を失った、生活が一変したーーいまそんな体験を持つ方は少なくないのではないでしょうか。派遣社員として旅行関係の会社に勤めていた筆者もその一人。仕事を失ったショックも癒えぬまま、次の働き口を探してはみるものの……(「読者体験手記」より)

* * * * * * *

会社にとっては単なる歯車のひとつ

この数年、私は調子に乗っていたのだと思う。そのことを自覚できただけでも、今回の“派遣切り”は良い経験だったと痛切に感じている。

今年3月末までの3年あまり、私は何かに取り憑かれたように働いていた。朝5時前から起きて仕事の調べ物をし、通勤電車の中でアイデアを固め、休みの日も翌週の準備をし、典型的なワーカホリックに陥っていたのだ。時給で働く派遣社員なのになぜそこまでやっていたのか。振り返ると本当に中毒だったとしか思えない。

会社からの評価は高く、金銭面での待遇もほかの派遣社員より断然良かった。4月から9月までの契約更新の手続きも終え、昇給も確定しており、長くこの会社と付き合っていくのだろうと、本気で信じていた。そんな矢先に派遣切りが起きたのだ。

3月中旬、同じ会社で働く派遣社員全10名に「3月末日で契約終了」を告げる一斉メールが届いた。一瞬動揺したものの、私の脳内では防衛機能が働いたようで、すぐに否認が始まった。「表向きは全員の契約を切ると言って、後で私にだけ継続の連絡が来るに違いない」と。

もちろん、そんな都合の良い話は存在しなかった。数日後、就業先からの電話で「深刻な不況のために契約終了」という揺らぐことのない事実に直面した。自分は単なる歯車のひとつにすぎなかったことを、この時にようやく理解したのだ。

就業先は旅行に関わる会社で、世界情勢や景気に左右されやすい業界ではある。日本各所を襲った大型台風、香港での長期にわたるデモ隊と警察の衝突、オーストラリアで起きた大規模な森林火災など、近年の数々の惨事が旅行の妨げとなり、業績は悪化していた。それでも、東京オリンピックというビッグチャンスで穴埋めができると大きく構えていたのかもしれない。

ところが、今年に入り新型コロナウイルスの流行が追い打ちをかけた。ヨーロッパやアメリカで感染が拡大するにつれ、外務省が渡航中止勧告を出す前からツアーは自粛ムードに。また、ダイヤモンド・プリンセス号でのクラスター発生をきっかけに、近年好調だったクルーズ旅行にも暗雲が垂れ込めた。

最後の砦である国内旅行へのシフトチェンジを図ったが、日本も感染者が増え、周知のとおり旅行どころではなくなった。会社は正社員のリストラも実施しており、相当な経営難に陥っていることは間違いない。

就業先から「数ヵ月かけて会社を立て直すから、是非また一緒に働きたい」と言われ、たとえ社交辞令だったとしても、その言葉には励まされた。

最初は機会が訪れれば復職できると考えていたが、4月に入り緊急事態宣言が発出され、新型コロナウイルスの収束に1年以上かかると予測する専門家も現れ、とても数ヵ月で旅行業界が活気づくとは考えられない。復職という選択は現実味に欠けている。日に日に自分が非力に思えてきた。虚無感に見舞われ、ふとした瞬間に涙を流していることもあった。

クビになったと友人に伝えられなくて

派遣切りについてパートナーと親には伝えたが、友達には話していない。いや、話せずにいる。好きな業界で働いていることや、派遣社員ながら収入も安定していることを誇りに思いながら日々を送っていた。友達に言えないのは、憐れみの目で見られたくないというプライドが邪魔をしているからだ。そのくせ、事実を隠していることへの罪悪感も押し寄せてきて、自尊心と絡み合い、時間が経つごとにどんどん複雑な心境になっていく。

ともに契約終了となった元同僚が、「子どもにクビになったと言えない。仕事を続けているフリをしてしまう」とLINEで正直な気持ちを明かしてくれた時、ああ、私だけではなかったのかと、少しホッとしたのを覚えている。

でも、私は彼女にすら「友達に隠している」と伝えられなかった。また、同時期に幼馴染みも他社で派遣切りにあっており相談を受けたのだが、「私も同じ状況だよ」の一言が言えず「なんとでもなるよ」と答えていた。真実を伝えられない自分のプライドの高さに、悲しいくらい嫌悪を覚えた。

この間、次なる勤務先探しという課題も突きつけられている。私は、有期雇用より正社員に近い無期雇用契約だ。休業手当もあり条件が整っている分、今回のように契約終了となっても可能な限りブランクを作らずに、別企業で働くのが約束事。ところが、そう簡単には進まない。

次の仕事を紹介され、面談に向けて話を進めていたのだが、緊急事態宣言を機にいったん取り下げられてしまった。その次に斡旋された求人もキャンセルに。元同僚たちも似たような状況で苦戦している。

自宅待機の日々が続き、生活は大きく変化した。今までパソコンに向かっていた早朝に散歩をするようになり、日記をつけるゆとりが生まれ、家族との会話も増え、皮肉にも金銭面を除けば暮らしは豊かになっている。桜、菜の花、藤と季節折々の花が、すぐ近所でリレーのように咲くことも今年初めて知った。ベランダで天体観測をし、月や星の動きを意識するようにもなった。

何の疑問も抱かず、ただひたすらに労働に明け暮れていた、これまでの私はいったいなんだったのだろう。自分は有能だと思い込み、路頭に迷うことはないと根拠のない自信を持っていた己が滑稽である。将来的な不安はないと言ったらになるが、ポッカリと空いたこの期間に自分を見つめ直すことができた。折を見て、友達に現状を伝えられたらと思うのだが、まだその勇気は出ない。

※婦人公論では「読者体験手記」を随時募集しています。

現在募集中のテーマはこちら

アンケート・投稿欄へ