イニエスタは時間と空間を操る。手品のような妙技にスタンドがどよめき
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7月26日、ノエビアスタジアム神戸。ガンバ大阪戦で、ヴィッセル神戸の背番号8をつけたアンドレス・イニエスタ(36歳)は、ひとり超然としていた。コロナ禍を経て再開されたJリーグでも、輝きは変わっていない。
圧巻だったのは、75分のプレーだ。
日本代表の井手口陽介が必死に立ち塞がって、完全にパスコースは消されたかに見えたが、イニエスタは数段、その上をいっていた。自らボールを動かし、一瞬で外側にパスコースを作り、インサイドにスルーパスを通す。そのボールは寸分違わず、古橋亨梧に届き、決定機となった。
イニエスタの才能をバルセロナのトップチームで開花させた指揮官、フランク・ライカールト監督は語っていた。大袈裟に言えば、イニエスタは空間も時間も操ることができるのだ。
ガンバ大阪に敗れ、厳しい表情を見せるアンドレス・イニエスタ(ヴィッセル神戸)
試合についていえば、神戸は優勢に攻めたが、ガンバの人海戦術の守備を崩せず、0−2と敗れている。
まず、単純なパスミスが多すぎた。コンディションの悪さからくるものか、息が合わず、パスが流れてしまったり、ずれてしまったりすることが、決して少なくなかった。それによって、相手に息をつかせる余裕を与えていた。
「失点シーンは改めて確認する必要はあるが、相手にひとつのチャンスをモノにされてしまった。我々は点を取るために全力を尽くし、たくさんのチャンスを生み出していたのだが……」(神戸/トルステン・フィンク監督)
得点源であるはずのドウグラスは、完全に沈黙。また、古橋のゴールに向かう迫力はJリーグでは屈指で、この夜も存分に力量を示していたものの、エースとしては決め切る力が足りなかった。結果、守備の隙をつかれる形で一撃を喰らっている。たとえば1点目は、3列目からバックラインの裏へ、中央を一気に斜めに通された失態だろう。とどめを刺された2点目も、中盤が防壁にならず、バックラインの前で易々とシュートを打たれていた。
攻めながら一発でやられる、というのは神戸の負けパターンのひとつと言える。
ただ、イニエスタはサッカーの醍醐味を示していた。
5分、相手ボールを奪った後のショートカウンターだった。イニエスタは、前に出ていたGKの位置を視野に入れ、計算し、センターサークル付近から頭上を抜くシュートを選択している。わずかにバーの上だったが、ビジョンと発想と技術のどれが欠けても成立しないプレーだ。
堅く城門を閉ざして守るガンバに対し、チームは攻めあぐねていたが、イニエスタは何度も容易に崩している。
18分、イニエスタは山口蛍とのパス交換でコースを作り、ボックス内の小川慶治朗に線を引くようなパスを出した。そこには「前を向いて受けろ」というメッセージが込められていたが、それは伝わらない。その直後には、古橋とのワンツーだけで軽々と防御線を越え、右サイドの裏に走るサイドバックの藤谷壮にピンポイントで合わせている。この妙技には、スタンドでどよめきが起こった。まるで手品のように、なにもないはずのところに何かを生み出せるのだ。
単純なワンツーが、これほど有効なものなのか。
そして、イニエスタのプレーが一気に異次元に入っていくのは、62分に1点をリードされた後だろう。しつこくマークする敵を子供扱い。フリックパスやターンだけで先手を取り、目も体も頭もついていかせない。まるでコーンを相手にプレーしているような落ち着きだった。相手はたまらずにファウルに及ぶしかない。
72分、強烈なプレスから奪い返したボールを、左寄りで受けたイニエスタは、さらりと完璧なコントロールを見せる。そして前線でフリーの田中順也を照準に捉え、鮮やかにパスを通した。しかし左足に持ち替えて放ったシュートは、やはり決まらない。
84分にも、中盤でボールを受けたイニエスタは、右サイドバックと阿吽の呼吸を見せる。猛然と走り出した先に、コースや強度が精緻にプログラミングされたようなパス。折り返されるが、無情にも合わなかった。
「アンドレスは、顔が穏やかに見える。おとなしいと思われるかもしれないが、神戸にアンドレスほどの負けず嫌いはいない。敗北にはすごく怒る。それは屈辱的なことで、だから彼は勝利者なんだ」
昨年、神戸を率いたフアン・マヌエル・リージョはそう語っていた。
イニエスタは、まさに勝つためにゾーンに入っていたのだろう。バルサで栄光をつかんできた勝利者の真骨頂。冒頭のシーンも、静謐なのに鬼気迫っていた。
神戸はあえなく敗れたが、希望はある。
イニエスタの別格さは、チームメイトに大きな恩恵をもたらすだろう。プレーの正しいリズム、テンポを与え、それは必ず結果につながる。事実、古橋など多くの選手に影響を及ぼし、プレーを改善、成長させている。
これからもイニエスタは時代を彩るスペクタクルを生み出すことになりそうだ。