更新を重ねるごとにファンを増やし、誰もがTwitterで19時の更新を待つようになっていた『100日後に死ぬワニ』。

ワニくんを友だちのように慕う読者も多く、あたたかい目で100日間見守られてきましたが、最終話が更新されたあとに訪れたのは、バッシングの嵐。

いろんな意味で悲しい結末を迎えた『100ワニ』でしたが、そろそろ、何が起きていたのかを知りたい…と思う読者も多いはず。

ということで、作者・きくちゆうきさんにお話を聞いてきました。

〈聞き手=ほしゆき〉


【きくちゆうき】漫画家・イラストレーター。代表作は『100日後に死ぬワニ』(小学館)

連載から100日経つけど、みんな覚えてる?

ほし:
きくちさん、顔出しNGかと思っていたのでお会いできてうれしいです!よろしくお願いします。

きくちさん:
よろしくお願いします。

ほし:
100日後に死ぬワニ』の連載が終わったのが、2020年3月20日でしたよね。

もうワニくんが死んでから100日以上経ってる…

きくちさん:
そうですね、6月28日でちょうど100日でした。


みんなあんなに「ワニ」の話をしてたのに、最近は聞きません…

ほし:
きくちさんは、なぜあのような、「死」をテーマにした漫画を描こうと思ったんですか?

きくちさん:
終わりが来ることを意識したら、日々を大切しようと思えたり、他人に優しくなったりできると思うんです。

「死」に触れることで、「生き方」を少しだけ考えてみる。そんなきっかけを伝えられたらいいなと思っていました。

ポップだけど「死」を常に意識できるようになる方法を考えて、ああいった漫画になりました。

ほし:
たしかに、好きな人に告白できないワニくんを見て、「あと○日しかないのに!」って思ってました。ふだんの自分の生活でもそういう意識を少し持てるようになったかもしれません。

きくちさんのなかでは、そもそも「死」が重要なテーマなんでしょうか?

きくちさん:
そうですね…結構重要かもしれません。

ほし:
最終話、いつも更新されている19時を10分以上すぎても更新されなかったので、ネットがざわざわしましたよね。

あれは何があったんですか…?

きくちさん:
本当は、10分だけ遅らせる予定でした

でも思った以上に皆さんがいろんなラストを想像して盛り上がってくれてたので、もう10分遅らせることにしました(笑)。


あれはやはり狙いだったんだ…!

ほし:
更新を遅らせることには、どんな意図があったんですか?

きくちさん:
ワニを待っているネズミたちと、読者が同じ目線になってほしかったんです。

ほし:
なるほど、ネズミくんたちと読者の感情をリンクさせたかったってことか。

きくちさん:
だから最終話の1コマ目は、「おせえな」って台詞からはじめました。

たしかに、これは“みんなの”言葉でしたね

ほし:
私も更新を待っていたうちのひとりでしたが、あの20分はすごく奇妙な感覚でした。みんな、ワニくんが死ぬのを待ってた。

「死ぬ姿を見たい」って感情が自分にあるのか、と思って…


「ちょっと怖かったです」

きくちさん:
みなさん、友だちみたいにワニの日常を見守っていてくれたじゃないですか。

でも、一般的には「死なないこと」がハッピーエンドとされるけれど、『100ワニ』ではそうとも言い切れないですよね。

ほし:
友だちみたいに思っていたのに、死ななかったらガッカリしちゃうって、不思議ですね。

きくちさん:
そうですね。あの20分でそういう矛盾を感じていただけていたのなら、やった意味があったなと思います。

結末は最初から決めていて、変えるつもりはなかったんですけど、みなさんがいろんなラストを想像してくれていたので、そのハードルを超えたいって感情と日々葛藤してました。

「電通案件」の4文字が、まさか自分に向けられている言葉だとは思わなかった

ほし:
100日目が更新されたあと、「電通案件(電通が制作に関わっているのではないか)」と炎上してしまったこと、残念でしたよね…

きくちさん:
最初トレンド入りしてる「電通案件」の4文字を見たときは、まさか自分へ向けられた言葉だと思わなかったんですよ

何これ?って。

でもみんなからのリプライを見ていたら「電通案件って僕のことか!?」って気がついて…怖かったです。


「何もしてないのにこんなに叩かれるんだ…って」

ほし:
実際にはとくに関わりがなかったんですか?

きくちさん:
まったく何も。

でも「電通案件じゃないよ!」って言うのも、「電通さんとの仕事」が悪いことみたいだから違うよな、おかしいよな…と思っているうちにどんどんいろいろな憶測を書かれてしまって…

ほし:
はじめから広告代理店が絡んでいたのでは?と疑われたのは、書籍化、映画化など大規模なメディアミックスが、短期間で実現していたから…ですよね?



きくちさん:
そうですね、いろいろな展開を最終話直後に発表したので、「最初から大手企業が動いていたはずだ」と思われてしまいました。

実際はそうではなくて、単純に制作して下さる皆さんの熱量がすごかったんです。いきものがかりさんから「MVをつくりたい」というお話をいただいたのも、最終話の約1カ月前でした

ほし:
1カ月前!?

きくちさん:
通常、1カ月でレーベルを通して楽曲を完成させるのはけっこう無理な話らしくて。

でも「最終回に公開しよう」という熱意によって、実現できたことでした。

ほし:
その努力が、逆に疑惑になってしまったのか…切ない。

「宣伝のタイミングが早かった」という声もありましたが、それはどう思われますか?

きくちさん:
たしかに、「余韻が欲しかった」などの意見については、作品に感情移入してくださってたみなさんを残念な気持ちにさせてしまって反省すべき点ですし、今後は気をつけなければいけないなと思いました。



きくちさん:
ただ、制作サイドの人から、「連載しているうちに(コラボカフェやグッズなどの)告知をしてほしい」という声もあったんですが、それは全部断っていたんです。

ほし:
ビジネス的な展開を匂わせることで、読者をガッカリさせてしまうと思ったからですか?

きくちさん:
そうです。読者のことを考えて、連載中は作品の商業展開を見せたくなかったんです

最終的に、連載後に告知をした結果炎上してしまいましたが…

誤字じゃないよ。「春に来たって感じ〜」という最後のメッセージ

ほし:
最後に、気になってたことをお伺いしたいんですが…

最終話で送られたLINEのなかのセリフは、どうして「春が来た」ではなくて、「春に来たって感じ」という表現だったんですか?



きくちさん:
新しい季節は、“当たり前に来るもの”ではないと思うんです。次の季節に向かって、生きる選択をした人しか、夏には行けない。

ワニも最期、ひよこを助けるときに「死ぬかもしれない」と思ったはず。でも助けることを選択しました。

その先にあるのが「死」でも「生」でも、自分の意思で未来を選ぶことが、大事なんだと思います。

ほし:
そういう意図があったんですね…

ちなみにきくちさん、次回作のテーマや構想はあるんでしょうか?

きくちさん:
そうですね。テーマがあるとすれば…



きくちさん:
「人間」です。

ほし:
人間…! さまざまなことを経験したきくちさんが描く「人間」についてのマンガ…ぜひ読んでみたいです。

発表するのは、やはり『100ワニ』と同じようにTwitterですか?

きくちさん:
そこは未定です。

一気に注目されたことはありがたかったですが、代償も大きかった。SNSではいろんな言葉が飛んでくるし、画面の先にいる相手のことを考えず感情をぶつけてくる人が多くなっている気がします。

「言いたいことを言えなくなってしまった窮屈さ」を感じました。

ほし:
たしかに、最近のSNSにそういう感覚を持つ人は多いかもしれません。

きくちさん:
ワニの“100日間”でいろんな人間模様を見ることができましたし、そこで感じた“人間”を表現できればと思っています。



『100ワニ』の連載がはじまる前は、Twitterのフォロワーが1万人。

100日目を迎えるころには200万人を超えていたというきくちさん。

フォロワーが急増していく日々から着想を得た、「人間」をテーマにした次回作が楽しみです(今度は不本意なバッシングがありませんように…!)。

きくちさんは『100ワニ』のようなマンガだけではなく、かなり幅広いタッチを描くイラストレーターさん。そんなきくちさんの世界を体感したい人は、ぜひきくちさんの公式サイトをチェックしてみてください!

〈取材・文=ほしゆき(@yknk_st)/編集=天野俊吉(@amanop)/撮影=中澤真央(@_maonakazawa_)〉