「本業の収入減は覚悟の上」わざわざ地方で副業をする中高年のスゴイ熱量
■本業の給与が削減されても副業をしたい中高年の狙い
厚生労働省が「副業・兼業の促進に関するガイドライン」を公表したのは2018年1月のことでした。
多くの会社が就業規則を作成する際に参考とする「モデル就業規則」が改訂され、第68条に「労働者は、勤務時間外において、他の会社などの業務に従事することができる」といった内容が新たに追加されました。
これにより、多くの企業が副業・兼業を解禁し、長年同じ組織のなかでキャリアを積んできた人が、本業以外の仕事を通じて活躍できるようになりました。
少子高齢化に伴い労働人口が不足していくことが予想されるなか、副業・兼業を通じて、高度な技能などを持つ人材が複数の企業で活躍することは、労働供給対策のひとつにもなります。
起業や人材交流の活性化などを通じたイノベーションの創出や、都市部の人材が副業という形で地方でも活躍するきっかけとなれば、社会全体、あるいは地方の経済活性化にもつながると考えます。
本稿では、副業・兼業の受け入れを行っている、北海道の余市町役場と、地域貢献副業プロジェクト事業を行っているみらいワークスの子会社であるスキルシフトに協力をいただき、副業・兼業という形態で、地方で働くということについて述べます。
■1:給料が減っても副業をしたい中高年は多い
日本総合研究所では、2019年3月に、民間企業かつ東京都内のオフィスに勤務する中高年男性45〜64歳(東京圏に所在する4年生大学あるいは大学院を卒業)にアンケート調査を実施しました。
この調査によれば、「実際に副業・兼業をやってみたい」と希望する男性は、約7割にのぼりました。かなりの高率ですが、さらに驚いたのは次の質問への回答です。
■約4割は「1割減も覚悟の上」減っても、将来の新しい道につなげたい
A:
「週1日程度」(24.7%)
「週2日程度」(19.7%)
「週3日程度」(6.0%)
3つの回答をあわせると、全体の約半数の男性が業務時間および給与を削減してでも副業・兼業を行いたいという希望を持っていることがわかります。
給与減額の許容割合としては、多い順に、
「0%〜10%未満」(38.8%)
「10%〜20%未満」(25.1%)
「20%〜30%未満」(18.6%)
減額割合が多くになるにしたがって、許容できる男性の割合は少なくなっていますが、約4割は「1割減も覚悟の上」というのです。多少の減額はしても、将来の新しい道につなげていきたい、あるいは、自分の今までのスキルの活用などへの意欲から、副業・兼業にチャレンジしたいという強い意欲を持つ方は思いのほか多いという印象です。
■2:副業・兼業の受け入れを始めた地方自治体
数は多くはありませんが、一部の地方自治体では副業・兼業の受け入れを行うところも出てきています。北海道の余市町も、副業・兼業の受け入れを行った自治体のひとつです。
余市町では、ワインやフルーツなど、特産物などが豊富であるにもかかわらず、全国的な認知度が低いという課題を克服するために、2019年9月に、兼業・副業で、外部の人材を2人、戦略推進マネージャーとして受け入れることにしました。
余市町の戦略推進マネージャーは、余市町の食資源など豊富な資源を活用したブランド戦略を策定し、余市町の魅力を積極的に発信し、「余市ブランド」の価値を高めることが期待されています。
副業・兼業の仕事は、月4日程度、報酬は、旅費を含めて月14万円と定められています。現状分析やブランド戦略立案、情報発信などが主な業務であり、成果を出すことが重視されています。余市に往訪するのは2カ月に1回程度と定められていますが、成果が出ていればこの限りではなく、打ち合わせなどもリモートワークで勤務を行うことが可能とされています。
余市町総務部企画政策課・阿部弘亨課長は、余市町で副業・兼業の受け入れを行った「効果」について次のように話します。
「余市の強みであるワインや水産物、農産物などをアピールするためのイベントや、事業者の方々向けの発信方法に関する勉強会の開催など、今まで取り組むことができなかったことを実現していただき、専門的人材の受け入れの効果を実感しています」
外部の専門的な人材を受け入れたことで、今までにない効果が得られている状況がうかがえます。
また、今後、他の地方自治体も含めて、どのようなスキルを持った人材が貢献できるかといったことについて余市町総務部企画政策課・渡辺法子主幹に聞きました。
「今後は、人材育成の分野で、子どもたちをどう地域に根差していくかという視点で、地域と学校を結び付け、地域の魅力を持った学校づくりができるコーディネーター的な役割が担える人材などが求められるのではないでしょうか」
地方自治体で、副業・兼業が広がれば、地域ごとに抱える多様な課題を解決できる人材へのニーズは高まると考えます。ニーズが増えれば、求められるスキルの内容も多様化し、都市部に勤める多くの方が活躍できるのではないでしょうか。
■3:副業・兼業を受け入れる地方の中小企業
副業・兼業の受け入れ人材を求めているのは、地方自治体だけではなく、地方の中小企業も同様です。スキルシフト(東京都港区)では、副業・兼業の受け入れを行う(契約形態は業務委託契約)、地方の中小企業と都市部の人材をマッチングするサービスを提供しています。
同社では、ホームページ上で、副業・兼業の募集を出しており、その中には仕事内容や報酬(月額謝礼)などが記載されており、希望する人材が登録をすれば、直接応募ができるようになっています。報酬や出身地で仕事を検索することもできます。(*注)
中小企業が募集している副業・兼業の仕事は、「人事・組織開発」「経理・財務」「情報システム」といった管理部門の仕事も含めて「企画系」の職種が幅広くなっています。特に、「経営計画」「新規事業企画」「商品開発」といった専門性のある人材を募集する企業は相対的に多くなっています。たとえば、下記のような案件が紹介されています(実際には企業名も明記されている。募集完了案件含む)。
■豚肉食材の事業計画のブレーン、月額謝礼「5万円」
▼募集事例1
会社所在地「熊本県」、求めるスキル「経営企画」、業種「サービス業」、期待すること「熊本県菊池市で放牧飼育されている豚肉を食材とした事業計画のブレーンとなっていただける方」、月額謝礼「5万円」
▼募集事例2
会社所在地「埼玉県」、求めるスキル「広報・PR」、業種「IT・インターネット」、期待すること「コロナ渦中の地元企業を活性化するため、マーケティングによる広報やPR活動が得意な方」、月額謝礼「3万円」
副業兼業の人材に求めるスキルとしては、定型化されたことを行う労働力というよりは、むしろ、既存の従業員では思いつかないようなアイデアの創出など、新たな価値を提供してくれる人材へのニーズが高いといえます。
スキルシフトの親会社であるみらいワークス(東京都港区)の岡本祥治社長は、副業・兼業を行う人に対して次のように助言します。
「従業員として業務をこなしているのではなくて、一つ一つの業務にお金が発生している以上、仕事の効率に対する感覚を変えなければいけません。副業・兼業で報酬を得る以上、仕事に対するプロフェッショナルな意識を持ち、また自ら学ぼうというスタンスも非常に大切です」
副業・兼業に取り組む上では、日頃から、自分のスキルを磨いておくことだけではなく、仕事に対する意識や心構えを変えていくことの大切さを感じます。
加えて、岡本社長は、同社のマッチングの特性からこう話します。
「スキルシフトは、(副業・兼業希望の)個人が応募し、その応募内容を見た企業側が複数の人材候補から採用する仕組みです。スキル以外に自分なりのストーリー(出生や幼少期を過ごしたという地域性、子どもの頃の夢など)を持ってエントリーしてくる人も多く、多様なマッチングが生まれています」
副業・兼業の効果というと、一般的には本業への相乗効果や意欲の向上などがさまざまな調査結果から指摘されています。しかし、副業・兼業をやる本当の意義は、自分にとって仕事の意味や人生における仕事の位置づけを考えることにあるのかもしれません。
■国や地方自治体が副業・兼業を行う人に、交通費を助成する制度開始
副業・兼業を推進し、日本全体で経済効果を出していくためには、地方と都市部の人材の副業・兼業を通じて結びつけ、そのためには、テレワークなど多様な働き方ができることが必要です。
最近は、新型コロナウイルスの感染症対策をきっかけに、今まで進んでいなかったテレワークの導入などに目を向ける企業も増えていますが、そのような変化は、副業・兼業の推進を加速させることにもつながると感じます。
2020年度には、地方での副業・兼業を促進するために、主に、東京、神奈川、埼玉、千葉から他の地域へ副業・兼業を行う人を対象に、交通費の半額を国や地方自治体が助成する制度を始めることが予定されており、一部の自治体では補助金制度が開始しています。
今後、地方と都市部の人材の副業・兼業が進み、働きがいを持つ人が増えるとともに、日本全国が元気になることを期待しています。
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小島 明子(こじま・あきこ)
日本総合研究所 創発戦略センター スペシャリスト
女性の活躍推進に関する調査研究及び環境・社会・ガバナンス(ESG)の観点からの企業評価業務に従事。主な著書に「女性発の働き方改革で男性も変わる、企業も変わる」(経営書院)
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(日本総合研究所 創発戦略センター スペシャリスト 小島 明子)