80年末からオウム・酒鬼薔薇の世紀末まで 日本のダークな犯罪史を俯瞰する不動産ホラー『呪怨』最新作
変えることのできない過去の怖さを描く『呪怨』シリーズ
過去と未来だったら、過去の方が怖い。少なくとも未来には何があるかわからないから、具体的なことについて怖がることができない。それに、未来のことであればこれからの行動で変えていくことができる。まだ自分たちの力で、変更することができるかもしれない。
しかし、過去に起こってしまったことはどうにもならない。今からタイムスリップして変更することはできないし、人間の力ではどうにもならない。ましてや、自分が関係していない具体的な昔の因果が自分の方に向かってきたら、打つ手がない。人間の力が及ばず、変更することができない。にも関わらず過去は常に我々のそばにあり、度々現在の生活に影響を及ぼす。それが過去の怖さである。
『呪怨』シリーズは、この過去の怖さをうまく利用して作品世界を広げてきた。舞台となるのは呪いの家。平凡な一軒家ながら、住んだ者や関わった者に災いが降りかかる。「前に住んでいた人間がどんな人かわからない」「以前家の中で何があったかわからない」「ひょっとしたら事故物件かもしれない」という、貸家に住んだことがある人なら一度は感じたことのある手触りをテコに、過去から連なる因縁が現在に襲いかかる様を描いてきたシリーズである。因果が積み重なりがちな不動産というものは、根本的におっかないものなのだ。
「日本近過去犯罪史」を俯瞰する、不動産ホラー最新作
その最新作が、7月3日からNetflixで配信開始となった『呪怨:呪いの家』だ。物語の始まりは1988年。心霊研究家の小田島(荒川良々)の元に、1本のカセットテープが届く。送り主はタレントの本庄はるか(黒島結菜)。夏木ゆたかが司会を務めるオカルト番組で小田島と共演した本庄は、自分の家の中で聞こえる不気味な音声を録音し、小田島に解析を求める。
一方、とある高校に転校して来た高校生の聖美(里々佳)は、うまく同級生たちと馴染めないでいた。そんな中で、初めて同じクラスの女子たちから「近所にある"猫屋敷"と呼ばれる空き家に肝試しに行こう」と誘われる。これでうまく馴染めるならと猫屋敷に向かう聖美。しかし、彼女を予想外の事態が襲う。
まず、このドラマシリーズの極めて秀逸な点が1988年から1997年のおよそ9年ほどの期間を描いた作品だという点である。近過去、それも昭和の末期から平成の前半にかけてを舞台としているのだ。この時代は、日本が圧倒的に景気の良かった時期であると同時に、なんだかよくわからない事件がそれなりにたくさん起こった時代でもある。
校内暴力やヤンキー文化の影響も色濃い80年代末から、オウムと酒鬼薔薇聖斗に象徴される世紀末まで、『呪怨:呪いの家』は日本のダークな犯罪史を俯瞰する。劇中に流れるニュース映像の形で女子高生コンクリート詰め殺人事件やチェルノブイリ事故、一連のオウム事件や阪神淡路大震災が登場するし、ストーリーが進むうちに東電OL殺人事件や名古屋妊婦切り裂き殺人事件など同時代の未解決事件を彷彿とさせる展開も挟まれる。
それでいながら、『呪怨』シリーズの基本構成はちゃんと踏襲されている。「夫に殺された妻」「よその男に片思いする妻」「天井裏に詰め込まれた女」「殺された女の身ごもっていた子供」といったモチーフは劇中の10年近い歳月の間に何度もリフレインされ、シリーズのファンが見ればピンとくる要素も大量に盛り込まれている。
さらに、地上波のドラマでは到底不可能な恐怖演出も頻発する。「普通なら途中で暗転したりして、この先は見せないだろう」と思うようなポイントでも、このドラマは逃げないのである。「そこまで見たくない!」と思うものの、しかし続きが気になってどうしても見てしまう。昭和末期〜平成初期の犯罪史と『呪怨』シリーズのお約束的要素をうまくマッシュアップしつつ、物語のパワーでグイグイ引っぱるから、めちゃくちゃ怖いのに見るのをやめることができない。恐ろしいドラマである。
過去からの恐怖が二重構造で迫る、絶妙な手触りの傑作
前述のように、過去に起こったおぞましい物事は非常に怖い。自分の力が及ばない状態で、怪異が一方的にこちらに向かって襲いかかってくるのだから当然である。時代設定が1988〜1997年の間に置かれている『呪怨:呪いの家』では、この「過去の怖さ」を存分に味わえる。
というのも、時間にして20〜30年ほど前の物事を下敷きにしているので、過去の事件がちっとも風化していないのである。同時代を生きた人々がまだ多く生存しており、記憶の傷口が固まりきっておらず、「あの頃はこうだった」という思い出話がボロボロと出てくる。そんな時期のおぞましい物事が、このドラマを通して見ているうちに自分のすぐそばににじり寄ってくる。
単純に陰惨な事件だけをフックアップしているのではなく、あの時代の空気感もうまく利用している。例えば90年代のサブカルを席巻した鬼畜系や悪趣味ブーム(小田島はそういう分野において仕事をしていることが、わかる人にはわかるように示される)や、80年代後半のオカルト的な精神世界ブームは、このドラマに強く影響を与えているのだ。そういった生々しい道具立ては、『呪怨:呪いの家』をより一層リアルな味付けにしている。
しかも『呪怨:呪いの家』の登場人物たちも、過去の因果に苦しめられる。呪いの家自体に詰め込まれた因果、望んでいないのに自分に背負わされた因果、自分の家族に付いて回った因果など種類は様々ながら、積み重なった過去が劇中でも登場人物を襲う。
一定年齢以上の視聴者は自分の生きてきた時間に起こった陰惨な事件や時代の空気感を思い出しながら、積み重なった過去から現れた怪異に苦しめられ恐怖する登場人物たちを見ることになるのだ。この「過去からの恐怖」の二重構造がもたらす手触りは、ちょっと他では体験できない生々しさである。
近過去の日本社会を俯瞰しながら、日本の不動産事情を下敷きにした怪異が登場人物たちを次々に襲う……。これこそは、日本人による日本人のためのホラーとして極めて理にかなった構造だと思う。ここまでローカル色の強いホラーが、Netflixというグローバルなサービスから出現したこと自体が興味深い。特にアラサー以上の年齢の人が見たら、独特な質感に震えることだろう。怖いのに見るのをやめられないという、ホラーならではのドライブ感を存分に味わえる一作だ。
(しげる)
作品情報
Netflixオリジナルシリーズ
『呪怨:呪いの家』
2020年/全6話
Netflixで全世界独占配信中
https://www.netflix.com/ju-on_origins
【出演】
荒川良々 黒島結菜
里々佳 長村航希 岩井堂聖子 井之脇海 テイ龍進 松浦祐也 土村芳
柄本時生 仙道敦子 倉科カナ
【監督】三宅唱
【脚本】高橋洋、一瀬隆重
【エグゼクティブ・プロデューサー】山口敏功(NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン)、坂本和隆(Netflix)
【プロデューサー】一瀬隆重、平田樹彦
【ストーリー】
1988年、心霊研究家の小田島(荒川良々)はオカルト番組で共演した新人タレント、はるか(黒島結菜)が経験した怪現象に興味を引かれる。同じ頃、あるトラブルによって転校を余儀なくされた女子高生の聖美(里々佳)は級友たちに誘われ、“猫屋敷”と呼ばれる空き家を肝試し気分で訪れることに。6年後、ソーシャルワーカーの有安(倉科カナ)は虐待されている子どもを救おうと、必死の行動を起こす。まったく接点のなかった彼らは一軒の家を中心に引き寄せられていく。彼らを呪いの連鎖で結び付けたその家の恐るべき真実とは!?